5話 冥暗

「あれ、今日沙穂さほいないのか?」

「うーん、何か来ないっぽい。ていうかいっくん連絡付かなかったの?」

 連絡付かないから瑞希みずきに訊いてるんじゃないか……ていうか、俺の方が優先度高いみたいに言われてるんだけど、それはないだろ?

 今日は沙穂と瑞希と俺の3人で街を回る予定だった。西久保にしくぼはバイトがあったし、清瀬きよせは妹の授業参観に行っているらしい。暇になったのが俺たち3人だけ、ってはずだったんだけど……。


「私の方にはね、特に何も来てないよ? ていうか、繋がらないんだよねぇ」

 不思議そうに「いつもはけっこう返信早いのに……」と呟く瑞希に「それってやばいんじゃないか?」と言う。

 えっ、とポカンとした顔で言った瑞希の顔から、血の気が引いていく。

「やっぱそうかな……!?」

「すぐ行った方がいいよな」

 俺も、言っているうちに段々不安が募ってくる……!

「沙穂の家ってどこだ!?」

「駅からちょっと行った、ちっちゃい公園の近く!」

 走り出しながらも、何度も電話をかける。呼出音がしばらく続いて、そのまま呼出時間が終わって通話が切れる。それを何度か繰り返しながら、祈る。


 頼むから、無事でいてくれ……っ!

 もう誰も、俺の前からいなくならないでくれ……っ!


 * * * * * * *


 一樹いつきと瑞希が沙穂を捜すことになる、その前の夜――一樹が森の中で季節外れの桜の花びらを見かけた日の夜。

 沙穂はひとり、その森に程近い公園に立っていた。

 虫が鳴き始めている。夜空には三日月が昇っている。街灯にも明かりが灯り、周りには静寂が訪れて久しい。噴水も止まり、本当に静かになった公園の中で。

「確かめなきゃ、だよね……」

 そう呟きながら、周りを見回して森の中へ足を踏み入れる。


 一樹が見たという

 それには覚えがあった。沙穂も十数年前に森の中で見ていたのだ。その日は一樹が都会に引っ越していく前日……ゆうがいなくなった、かくれんぼをした日。

 沙穂も、森の中で花びらを見ていた。

 更に森の奥では、花が咲いた桜の木を。


 そして。


 ■が■■■■にあった■■■■に――――


「――――――――っ!!!?」

 思い出せない。

 記憶が欠落している。

 それでも、わかる。

 その日は優がいなくなった日。かくれんぼをしていた日。途中で優を見かけていた。そして、話した。でも、その後は……!? 記憶がない。あるはずなのに、思い出そうとすると耐え難い恐怖に襲われる。

 まだそこまで寒い季節ではないはずなのに、身体が震えだす。ガチガチと奥歯の鳴る音が、俄かには自分のものだと信じられない。

 まるで自分の意志など働いていないように、足が動く。感覚などないのに。

 この先に、ある。

 何が? わからないけど、


 そして、森の木々が道を開いて。

 目の前には――この賀宮山かみやま市にずっと昔からある古びた洋館。そしてその庭では、三日月に照らされた季節外れの桜の木。

 だが、沙穂の目はに釘付けにされていた。


「な、何で……?」

「久しぶりだね、沙穂ちゃん」


 と同じ姿で話しかけてくる姿が、恐ろしかった。

 夜の森には、沙穂ともう1人、そして――――

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