第20話 ラノベ? いいえ、ギャルゲです。
女の子に声をかけては軽くあしらわれ、声をかけては冷たくされて、声をかけては無視されても懲りずにナンパに精を出す伊藤は、きょろきょろしているうちにハーデス達に気付き、近付いて来た。
「よお、奇遇だな」
やむなく声をかけた山本に伊藤は意気揚々と答える。
「お前らも来てたのか。ここは俺の狩場なんだよ」
伊藤の口から出た『狩場』という言葉。確かにプールやビーチでは開放的な気分になり、女の子の気も緩みがちになる。また、少数ではあるがナンパされに来るという女の子もいると言う。だがしかし、ここでも例のあの呪いの言葉が生きているのだ。
『但し、イケメンに限る』
残念な事に伊藤はイケメンでは無い。それともう一つ、彼は大きなミスを犯していた。
「ふーん、狩場ねぇ……で、狩りってのはお前一人でやってんのか?」
山本がコーラに刺さったストローを咥えながら聞くと、伊藤は胸を張って「もちろんだ」とばかりに大きく頷いた。
「バカか、お前は」
山本が呆れた声で言った。プールに来る女の子は基本的に数人のグループか、彼氏と二人で来ている。物量作戦では無いが、グループにはグループを。一人で女の子のグループに声をかけるなど愚の骨頂である。まあ、イケメンであれば腹立たしい事に一人でも成果は上げられるのだろうが。
それを聞いた伊藤はとんでもない事を口走った。
「山本、古戸、一緒にナンパしようぜ!」
「あんた、バカでしょ」
美紀が心の底から軽蔑した顔で伊藤に言った。更に何か言おうとしたのだが、山本がそれを制する様に割って入った。
「あのな、俺達は女連れで来てるんだ。そんな俺達がナンパなんかすると思うか?」
「………………」
帰す言葉が無い伊藤は少し黙った後、逃げる様にその場を立ち去った。
「ちっくしょー、お前らばっか幸せになりやがって! 俺だって幸せになりてぇよ!」
こんなセリフを残して。ハーデスと山本、そして望美は苦笑いするしか無かったが美紀だけはそうで無かった。苦笑いどころか目を輝かせている。
「『女連れ』って言ったよね? それって、私が山本君の女って事だよね? いやー、実際言葉にされると何と言うか……照れるよね」
一人だけ違う世界に行ってしまった美紀。山本が『女連れ』と言ったのを、この上無く自分に都合良く解釈している。山本は単に「女の子が一緒だ」と言いたかっただけなのだが。まあ、美紀が山本の彼女なのは紛れも無い事実であるし、下手に突っ込むとまた美紀がわけのわからない事を言い出しかねない。
「そうだな、ちょっと照れるな」
山本は蕩けそうな顔の美紀に笑顔を返した。ただ、実に残念なことに、その笑顔は引きつっていて、かけた言葉は棒読みのセリフの様だった。
そんな二人のやり取りを望美は羨ましそうに見ていた。美紀の様に自分の気持ちに正直になれたら……と思いながら。
「そろそろ行こうよ!」
ジュースを飲み終わった美紀が席を立ち、山本の手を引っ張った。
「よっしゃ、行くか!」
それを受けて山本が立ち上がった。
「じゃあ、ボク、ゴミ捨てて来るよ」
ハーデスが空になった自分の紙コップと山本の紙コップを二つ重ね、美紀の紙コップを取ろうとした時、手が触れた。望美も美紀の紙コップを自分の紙コップと重ねようとして、手を伸ばしていたのだ。一瞬二人の動きが止まったが、望美は思い切って自分の気持ちに正直にハーデスの手の上に手を重ね、手を握った。
「あ……」
突然の出来事に戸惑うハーデス。望美は勇気を出して手を握ってみたものの、真っ赤になって俯いてしまった。
「一緒に行こうか」
ハーデスは美紀の紙コップの下にもう一方の手に持っていた二つの紙コップを重ねた。その際、握られていた手を返して望美の手をしっかりと握った。望美の手にも力が入り、二人の手はしっかりと繋がれた。
プールを堪能した帰り道。駅で山本・美紀と別れたハーデスと望美は二人並んで歩いていた。
「今日はありがとう。楽しかった」
嬉しそうに話す望美。心の底には二人きりで来れなかったのが悔やまれるが、それは自分が美紀に今日の事を話したのが原因なので仕方が無いし、美紀の山本に対して素直な気持ちをぶつけているのに刺激を受けて、望美も自分の心に正直にハーデスの手を握る事が出来たのだ。しかも彼はその手を握り返してくれた。
込み上げるハーデスに対する想い。望美は足を止めた。
「どうしたの?」
それに気付いたハーデスが振り返り、望美に尋ねるが、彼女は立ち止まったまま俯いて黙っている。
「島本さん……?」
心配になったハーデスが近寄ると、望美は顔を上げ、口を開いた。
「古戸君……あのね、私……」
それ以上は言葉に出来ない望美。顔は赤く、足が震えている。いくら女性慣れしていないハーデスと言えど、この状況で彼女が言いたい事がわからない筈が無い。
「島本さん……」
だが、ハーデスもそれ以上は言葉に出来なかった。
学園物のライトノベルの主人公に憧れ、冥界の王の座をタナトスに押し付けて人間の高校生となったハーデス。三人の女の子の好意を受け、思い描いていた通りのラノベ主人公的学生生活を送ってきたのだが、元来優しくて真面目な彼は一人の女の子を選ぶ事が出来なかったのだ。
ハーデスが女の子を選べない理由、それはやはり愛する妻ペルセポネの存在だった。複数の女の子に想いを寄せられながらも結局は本命と言うか、落ち着くところに落ち着く。それがトゥルーエンドなのだ。だが、ペルセポネは人間の世界には居ない。このままではハーデスが進むのはハーレムルートでしか無い。
ハーレムルートと言えば聞こえが良いのだが(そうか?)、そのルートは所詮おまけルート的なものでしか無い。お目当てのHなイベントには辿り着けないのだ。ライトノベルの主人公に憧れて人間の高校生となったハーデスだったが、彼が過ごしてきた学生生活は、選択肢を抜け、女の子の好感度を上げて……そう、ライトノベルでは無く、ギャルゲーの主人公の生活だったのだ。
大事な局面で望美と言う選択肢を選べなかったハーデスと望美の間に気まずい沈黙が流れる。
「古戸君、じゃあまた明日ね」
いつの間にか望美の家に到着していた二人。彼女は無理に笑顔を作って手を振った。この時、いつもハーデスが感じていた視線が二人に刺さっていたのだが、彼はそれに気付く事は無かった。
次の日、ハーデスは望美と顔を合わすのが怖かった。彼女はどんな顔をするのだろう? 自分はどんな顔をすれば良いのだろう? 悩んだが、時間は待ってくれない。いっそ学校を休んでしまおうかとも考えたが、問題を先送りにするだけで何の解決にもならない。覚悟を決めてハーデスは学校へ向かった。
教室では山本が伊藤に捕まり、愚痴を聞かされている。やはり機能は残念な結果に終わった様だ。美紀は望美と談笑している。それはいつもと変わらない光景だった。しかし、自分の顔を見ると望美の笑顔が曇ってしまうのではないかと思うとハーデスは望美に声をかけるのを躊躇った。しかし、ハーデスが教室に入ったのに気付いた望美は自分の方から声をかけて来た。
「古戸君、昨日はごめんね、変な感じになっちゃって。きっとまだ答えは出てないんだよね? そりゃ優子ちゃんはかわいいし、玲子ちゃんは綺麗だもん、迷っちゃうよね。でも、私も負けないから」
健気な笑顔を見せる望美。普通の男なら間違いなくやられてしまうことだろう。しかしハーデスは「うん、ありがとう」と、気の抜けた返事しか返せない。すると山本が珍しく少し苛立った様に言った。
「古戸、そんな顔してんじゃねぇよ。望美が笑ってんだ、お前も笑うのが礼儀ってモンだろうが」
「そーだぜ古戸、お前は恵まれた立場なんだからよ、もっと幸せそうな顔しろよ」
山本の真っ当な意見に対し、伊藤の単なるやっかみの言葉。当然の様に美紀から罵声が浴びせられた。
「そんな事ばっかり言ってるからアンタはモテないのよ!」
そんなハーデス達の様子を見つめる女の子が一人。玲子だ。彼女は視線を彼等から外し、呟いた。
「お遊びはこれまでね……」
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