第6話 7月19日。寝不足と『ゾーン』
そうそうお気楽トンボでもいられなかった。
熱帯夜だからというのもあるが、休日の睡眠不順の影響で真夜中過ぎに目が覚めてしまった。今はもう二時半だが、眠れるだろうか。
こうしてる間も昨日描きかけた自作ゲームのキャラクター絵をどう描こうか、彩色は? などとばかり考えている。
キャラクターが着ている衣装でも、本当は完全にオリジナルでデザインして描けたなら、それはきっと素晴らしい。完全オリジナルキャラクターの誕生だ。
だが、実際はそうそう出来るものでもない。例えプロの漫画家やデザイナーであっても。
ほとんどの絵描きは現実のファッション誌だとか、絵描き用の参考書などを読み漁って描くべき対象を探りながら描こうとする。
現代が舞台の庶民のキャラクターならファッション誌のコーディネートや実際に誰かの写真、あるいはネットの画像検索などから。
中世の甲冑や剣、SFのパワードスーツや宇宙服などもそれに対応したデザインや構造の参考書や映画のワンシーンなどから。
デザインの知識も無く資料も見ずに勘だけで描けてしまう人はよほどのセンスの持ち主だ。天才と言ってもいい。
だから、余人であり凡人である僕は衣装のデザインを決めるのも、少なくとも何かモチーフが必要だ。
今描いているものは現代の日本人なので、中世の甲冑とかSFの宇宙服とかよりは馴染みがあって描きやすいだろう。
それでも普段ファッションに大した神経もお金も注がない僕には新たに描くだけでそこそこ難儀なことだ。
一からデザインしようとしたが、どうもしっくり来ない。
もう少し粘ってみるつもりだが、上手くいかないようならご多分にもれず。
既に手元にある服をモチーフにしよう……。
それも、ある意味ごくごく個人的な愉しみだが、自分のお気に入りの服をモチーフにしようか、などとも考える。
理由は二つ。
一つは単純に有るものをちょっとアレンジして描くだけなので絵描き初心者にはハードルが低いこと。
そしてもう一つは自作品の登場キャラクターと同じ服を着せることで愛着を深める為だ。
フィクションの世界と我々現実世界に生きる者との共通のシンボルやシグナルがあるだけで、次元と精神を隔てた世界の間に親近感という名の『橋』がかかる。
アニメやゲームのコスプレをする人を例にすると分かり易いだろうか。
彼らはフィクションの世界の大好きなキャラクターの姿形を模すことで作品世界のキャラクターになりきる、変身願望が充たされる。
そして同時に、『自分は作品世界と繋がり、キャラクターへの愛情を表現する』のだ。
愛を公然と表現出来ることは、TPOさえ弁えればとても素晴らしいことだと思う。何かに愛情を注げれば、それだけで。情熱の火と自己を表現することの輝きがその双眸に灯ることだろう。
さて、話を戻して自作ゲームに登場させるキャラクターの衣装だが、要はそういった『親近感』や『愛着』を持って作っていたいのだ。あのキャラクターは自分の精神の欠片を具現化した存在……そう思えれば作品世界と確かに繋がっていられる。創造主とその創作物と言うよりは、一人の人間とその分身のような。
どこか対等で、激励し合える存在。
それに、ただてさえ自分の作品を気に入って熱心に観てくれる人などそうはいない。
創作者である自分ぐらいは、作品の第一の、熱烈なファンになってあげたい。僕はそれを信条にしている。
己を慰撫するだけではなく、そうして作品に尽くす。
それが僕なりにモチベーションを高める方法であり、創作活動の魅力のひとつだ。
――もう三時半だ。そろそろ眠れるだろうか?
>>
>>
時間が経ち、今は夕方。結局寝付けないままぼやけた頭で事業所に通った。現在、移動時間という名の執筆時間中。
ボーっとした頭では例のサイトでの勉強も効率が悪いかもしれなかったが、焦ることは何も無い。地道が近道。
事業所でフォトアルバムを造り、近況レポートを書き、発声練習と朗読練習をして、最後に描きかけの絵を描き進めた。
……どこかでちゃんと事業所について説明しないと謎のままになりそうだ。
まあ、それも暇が出来た時にでも。決して社会的に見て悪い場所や環境ではない。はず。
さて、僕は今朝から久方ぶりの感覚を味わっている。
まだ生活のリズムが取れず、生活の目標が見えず心身ともに不安定で弱々しい生活態度だった頃、よくなった感覚。
とにかく強い感傷の念に浸るのだ。
外から受ける刺激を含め、自己の内界でスピリチュアルなモノにそっと触れられるような、そんな感傷的な感覚。
そういう状態の時は、感情が強く、しかし静かに溢れやすくなり、涙脆くなる。
だが、不思議とその感覚を帯びている状態の時、僕は極限まで感性が研ぎ澄まされる。
研ぎ澄まされる感性で、詩歌を沢山書いたり、物語の世界が普段とは違う美しいイメージで想像出来たりするのだ。
よくアスリートが精神の集中状態に入ることを『ゾーン』に入ると言うが。
さしずめ、僕のこの感覚は『感傷のゾーン』と言ったところだろうか。寝不足や精神的に落ちた時、しかし鬱思考に苦しむほどではない時によくなっていた状態。
詩や切なげな物語を考える時などに多くて、その状態の時は良いものが書けた。もう六年ぐらいはなっていない。
詩歌はもうスクラップブックにして纏めはしたものの(何故かワープロソフトで打った文字を印刷して大学ノートに黒いテープでぺたぺた貼り付けてある。見映えはちょっと気色が悪い)、発表の機会は見当たらない。
そして、生き甲斐や社会復帰を目指して行動を始めた辺りから、この『感傷のゾーン』にはほぼ入らなくなった。
どうやら睡眠不順などでバイオリズムが乱れると入るらしい。
とはいえ、日常生活に支障が出るだろうし、事業所にまともに通えなくなるので、創作活動の為に『感傷のゾーン』が欲しくなったとしても無闇にやろうとは思わない。
だが、そういったゾーンのお陰で僕は処女作『暁が教えてくれたもの。』を書くことが出来た。技巧はお粗末だが、詩的な表現や冒頭の描写のスピリチュアルな感じは自分でも良かったと思っている。
今後は、病気からくる『感傷のゾーン』無しでも詩的で、瑞瑞しい作品を作れるようになろう。今晩も早く寝て睡眠を整え直そう。
心身の健康を保った状態で力作を生み出してこそ、ひとりの創作者。感性だけでなく、理知と技と経験を活かすことこそが僕にとっての成長なのだから。
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