失楽園のネクロアリス 外伝

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ヘレネーの旅

ミルタのあとにヘレネーは来たり

「愛しているの、たとえなんと言われようとも、あたしは世界を愛している」


 月種と呼ばれる万能の極大存在が、つかみ取ろうと伸ばした手は、ついぞ取られることはなかった。

 その情報の塊である〝なにか〟は、ゆっくりと重力に引かれ、落下していく。


「べつに、あんたたちが嫌いなわけじゃない。傲慢だし、不遜だし、子どもみたいだし、でもそれは、あたしだって同じだから、嫌いじゃない──でも、ちっとも好きじゃない」


 〝なにか〟は、人間のような姿をしていた。

 手があり、足があり、頭がある。

 ただし、それは情報の集積にほかならず、人と呼ばれる類のものではなかった。

 かつては神と同じものだったが、ほかの神の怒りを買い、考える情報の連なりへと変換されてしまったのだ。

 その〝なにか〟の末端が、蛍光色の数列となって、宇宙の深淵へとほどけていく。

 光芒を引き連れながら、〝なにか〟は落ちていく。

 惑星に向かって、厚く垂れこめた暗雲が覆いつくす、死にかけの星へと向かって。


「まあ、だから縁切りしましょうという話よ。ほっといたらあんたらは、駄々をこねてあたしを搾取するんでしょうし、それはまっぴらごめんだし……でも、たぶん避けられない運命よね。だったら自分から、前倒ししてやろうっていう、それだけのことなの」


 余暇を楽しませてちょうだい、愚かな姉妹たち。


 そう呟いて、〝なにか〟はついに失墜した。

 墜落し、堕ちて変わった。

 全知全能。

 神にも等しき存在は、かくして人並みの力しか持たない凡夫となって、その惑星に落ちたったのだ。

 こうして、月の女王ミルタは、美しいだけの女ヘレネーになり果てたのである。


 これは、はるかな過去の、むかし話。

 女神が楽園を追放され、自ら零落し、やがて不自由を得る、そんな物語──



「ドントシンク! フィール……まあ、難しく考えないの。つまりはあたしが、休暇をエンジョイするだけの話よ!」


 ……そういう話である。

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