狙撃手・芙蓉帆花の暗愁

赤魂緋鯉

縛られた世界 1/3

 私の名前は芙蓉帆花ふようほのか。殺し屋をしている。


 殺し屋にもいろいろなタイプがいるが、私の場合は『主人』に子飼いにされていて、その指示を受けて人を殺すタイプだ。


「いい加減……っ、毎回こういうことするの……、止めろ」


 そんな私は今、私を照らすスポットライトだけが光る、真っ暗な部屋に黒いスポーツブラと白いパンツだけの姿で監禁されている。

 手首に革製の拘束具を巻かれ、天井から拘束具に繋がっている鎖で、胸を反らした形で吊るされていた。


 膝の上の方にも、手首と同じように巻かれた拘束具が床と繋がれ、膝が伸ばせないので、中腰の体勢で尻を突き出した状態のままでいるしかない。


 なんでこんな事になっているかと言うと、これが『主人』の趣味だからだ。

 ソレは時々、使用人を使って帰宅直後の私を連れ去り、いつもどこか分からないここに監禁する。


 こんな状態にされていることから分かるように、そいつはつらさに喘ぐ私を録画して、それを見て楽しむとんだ変態野郎だ。


 あーあ、今すぐにでもその汚い脳みそにマグナム弾ぶち込みたいわー。


「それはできないね、君が裏切る可能性を考慮すると、縛っている方が安全だからね」


 嘘つけ、てめえの趣味だろ。顔に出てるぞセクハラキモオヤジ。


 そんな事を言ってるコイツだが、毎回画面越しでの会話だけで、一回も直に会おうとしない。


「で、誰を殺したら良いのか……、早く説明しろ……。んうっ……」


 あ、足が震えてきた……。またあいつのオカズを増やしてしまった。


「それはこいつだ」


 アレがそう言うと、目の前にあるモニターに私の尻が映し出された。汗ばむ尻に下着が食い込んでいた。


「ふざけんな……、テメエ……ッ」


 とりあえず、私の尻を生中継している小型カメラを蹴り倒しておいた。


 足の届く距離にあってよかった。


「なにも蹴ること無いじゃ無いか」


「どうせ……っ、部屋中に置いてあるんだから……っ、一個ぐらいいいだろ……っ」


 私は、暗闇の中にある、どれかのカメラに向って睨みつけて言った。

 画面のアレは、限界が来て息が荒くなっている私をとても悦んで見ている。


 くっそ……。絶対いつか殺してやる……。


 今度はちゃんとターゲットの、……ん、女の子? の画像が出たが、大体入浴中か半裸の写真だった。


 ……こいつは私以外も盗撮してんのか。


「ほんじゃ、資料を君の部屋に置いておくから」


 画面のアレがそれだけ言うと画面が消え、いつもの様に三十分ほど放置された後、私は横にいた誰かにスタンガンで気絶させられた。



 次に目が覚めた時、私は自宅のベッドの上に居た。私の部屋は割と上の階にあって、それなりに値の張る買いマンションだ。


 ……まあ私が買ったわけじゃ無くて、アレの持ち物だけど。


 下着の色が変わってるから、アレが着替えさせたんだろう。


 うわ、なんか脚から臭いがする。何しやがったあのカス。


 とりあえず、部屋中の盗撮カメラと盗聴器を捜索し、全て壊してからシャワーを浴びることにした。

 アレは私が気絶している内に、私の部屋にいくつかのカメラと盗聴器を仕掛ける。なんで、毎回チェックしないと、私の生活はアレに二十四時間のぞき放題になる。


 最初に気がついた時には、部屋を焼き払ってやろうかと思ったね。


 風呂場に入ると正面の鏡に私の全身が映る。それは乳以外には無駄な脂肪はついていない、引き締まったものだった。

 仕事をミスって拷問されたりしたせいで、体中が古傷だらけになってる。


 シャワーヘッドから出てくる湯をから被ると、黒いセミロングの髪が前に垂れ下がって、私の視界からそれを隠す。


 私はかなり地味に左右の目の色が違う。左が黒色で、右が茶色だ。

 それは超視力の『体質』を持つ母親と、筋肉の精密制御ができる『体質』を持つ父の間に生まれたせい、らしい。


 いまいちはっきりしないのは、信じられない事に、親が当時四歳の私を担保に借金をして、そのまま持ち逃げしたせいでいろんな所をたらい回しにされ、記憶が曖昧になってしまったからだ。


 まあその過程で、稼業である殺しの技術が身についたわけだが。ちなみに両親は最近見つかって殺されたとアレから聞いた。


「はあ……。職場変えてえ……」


 私はそうぼやいてから、シャンプーを頭にかける。相当汚れていたらしく、泡が全然立たなかった。


 ……何かかけられたな、これ。


 ソレが何かは、腹が立つから考えないようにしつつ、シャンプーを洗い流した。


 水滴がしたたる髪をかき上げると、手に白い抜け毛がついていた。


「また本数が増えてる……」


 私の髪の毛は、右耳の上辺りに白髪の束がある。多分、ストレスで出来た若白髪だと思う。

 最初は一本だったそれは、何故か周辺に固まって生えてきて、いつの間にかはっきりとした筋になってしまった。で付いたあだ名が「白い流星」。


 マジで誰だよこんなん付けたの。17にもなって、中二病くさいコードネーム名乗るの嫌なんだよ。



 風呂から出て体を拭いた私は、ヤツが唯一用意した服を着る。それは襟が緩いティーシャツで、下は外行きのしかないせいで、下着しか履いてない。


 冷蔵庫から出した水をラッパ飲みした私は、対面式キッチンのテーブルの上に、紙の資料が置いてあるのに気付いた。

 そこには十代にしか見えない若い女の、基礎的な情報とその趣味嗜好等が大量に書かれていた。


「……キッモ。ストーカーかよ」


 私は苦虫をかみつぶしたような表情で、この場にいないアレをそう吐き捨てた。


『随分な物言いだね、後で教育が必要かな?』


 気がつかなかったが資料の下に、スマートフォンがあって、そこから私の発言を聞いていたらしい。


 ……今度は何をやらせるつもりだ。


 まあそのことは今置いといて、とアレは興奮した口振りで言って、次の仕事の話を始めた。


『ターゲットが後一時間弱ぐらいで、資料の地図に書いてある地点を通る』


「なんで分かるんだよ」


『私がそうなるように準備したからだ』


 向こうでどや顔してるのが分かる声で、アレは自慢げに言った。


 地図を見るとその地点は、この近くの高台のマンションから狙撃できる地点だった。


 って、コイツどこを通ってんだ? ずれたカーナビアイコンか?


 そこはビルの屋上で、そいつは、どうやら屋上伝いに移動してるらしい。


『では失敗の無いように』


 仕事のあとに、私にするであろう行為を想像しているのか、ふひひひ、とアレは気持ちの悪い笑い声を上げて通話を切った。


 「あーあ、また白髪が増えそうだ……」

 頭を押えつつそうぼやいて深いため息を吐いた後、私はトイレに行って、裏蓋を開けたままのスマートフォン便器に叩き込んだ。


 そのタイミングで、胃の中の物がせり上がってくる感覚があった。


「あ……、ヤバイ」


 私は久々に便器の中に食った物を吐く。ネットで調べたら、これもストレスのせいらしい。


 この生暖かい酸っぱさは、いつになっても慣れない。あー、気持ち悪い。


「ハッ……、ハッ……。畜生……っ」


 しばらくの間、私はぐったりと便座に体を預けていた。


 その後、口の中をゆすいでから、玄関横にある物置に置いてあるギターケースを引っ張り出した。当然、中身はギターじゃなくてスナイパーライフルだ。

 これは私の知り合いが調整した改造品で、射程が普通のそれよりもかなり長い。

 そんな特別仕様の得物を分解・整備をしてから、使念のためスコープのレンズを拭いた。


 マガジンに弾丸を詰めてから、時間つぶしにストレッチをしている内に、仕事の開始時間の午後11時が近くなっていた。


「さて、ぼちぼち行くか」


 そう言った私はティーシャツを脱いで、アレの趣味のウエットスーツのような戦闘服を着た。


「体の線出過ぎなんだよ、これ」


 私は自分の体を眺めてそうつぶやいた。胸部は防弾仕様のアーマーで胸を覆ってるけど、下半身は下着の形がくっきりと浮かんできている。

 私を気絶させてる間に3Dスキャンでもしたのか、サイズに余分な部分が全く無い。その上、やたら生地が高性能で余計に腹が立つ。


 腰にホルスターで拳銃を左右に2丁吊って、アーマーの背中側についてるケースに、もう2丁を入れる。

 その上からジャケットを着た私は、さらにその上からカモフラージュ用のコートを着てジーンズを穿くと、最後に後ろ髪を束ねた。


 フルフェイスヘルメットを被ってケースを背負うと、一応戸締まりをして下の駐輪場に降りた。そこに駐めてある私の愛車は、マニュアルの赤い大型二輪だ。


 道路まで押して歩いてからエンジンをかけると、愛車はけたたましいうなり声を上げる。


 私は座席に跨ってサイドスタンドを蹴り上げると、アクセルを吹かして夜の町へと繰り出した。


 狙撃地点のマンションの屋上に着いた私は、カモフラージュの服を脱いで、ライフルのセッティングをした。


 狙撃の邪魔になるメガネをはずすと、いつものように黒い方の目に眼帯をした。

 その眼鏡は、私の極端に良い左の視力を調節するものだ。ちなみにいつだったか測ったら、右は2.0ぐらいで、左は10.0ぐらいだったはず。


 私は好物であるブルーベリー味のガムを口に含み、俯せになって狙撃地点辺りをうかがう。すると時間通りに若い女が、ビルの屋上を飛び移りながらやってきた。


 本当に人間の動きかアレ……。


 セーラー服に太刀を背負ったその女の身のこなしは、どこぞの忍者みたいな超人的なものだった。


 彼女は狙撃地点で立ち止まり、携帯電話をとりだして通話を始めた。


 なんだか険しい表情で話している、彼女の黒いタイツに包まれた脚のすねを狙う。なんで頭じゃ無いのかは想像がつく。多分アレが自分のコレクションにするためだろう。


 軽い哀れみを覚えつつ、私は狙いを絞って打ち抜こうとしたとき、


「はーいストップ。だ、勝手に壊そうとすんじゃねえ」


 チンピラみたいに威嚇する、若い男の声が私の後ろからした。

 とっさに、手元に置いといた拳銃でそいつを撃とうとした。だけど振り向いた瞬間に、私は銃型のスタンガンを食らった。


「畜生、もう三回目だぞ……っ!」


 そんな悪態とともに、私の意識は闇に飲まれた。


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