不穏な恋人たち
高瀬涼
不穏な恋人たち
「私たちって付き合っているのかしら」
「たぶん、そうだと思うよ。世間では片方が好きって言えば付き合えるシステムらしいし」
「私とあなた、どちらか『スキ』と口に出して言ってみたかしら」
「……言って、ないかな?」
よく、わからない会話をしながら、濃い緑色のブレザーを着た男女が駅までの道程を歩いている。
二人は同じ高校に通う男女だった。
そして、この前付き合うことになった。
原因――、いや、付き合うに原因はいらない。付き合う、きっかけになったのは、他でもない。家庭科の調理実習だった。
火事になりかけて、先生とか生徒がパニックになりかけたとき、冷静に校庭に立っていたのは二人だったからだ。二人は火を消すより早く、避難したのだ。
我が身かわいさ、である。
結局、家事はそれほど大きくなく、消火器一本で済んだ。
後から思えば恥ずかしいことだが、二人は全く意に介さない。
「あの火事で付き合う感じになったけれど、付き合うことで何がどう変わるかわからない」
「奇遇だね。僕もだよ」
男子生徒は、前を行く違う高校の二人を見た。
男女のカップルだ。
手を繋いで楽しそうに会話している。
女生徒に真似をしようと提案してみたら、快くOkが出たので男子生徒は彼女のちいさな手を握った。
女生徒も骨ばった手を握り返す。
しばらく無言で歩いた。
もくもくと歩く。
「ねえ。もうすぐ付きそう」
「そうだな。特に進展はなかったな」
「どうしてかしら。握りが足りないのかしら」
「そんな力技なのか」
「違うでしょうね」
「じゃあ、また明日学校で」
「ありがとう。学校で」
「ふと、思いついたのだけど」
「何を」
「普通の恋人たちは、連絡先を交換しているみたいだけど。私はあなたの携帯番号知らない」
「君の場合知っている番号のが少なそうだな」
「余計なことを言わないで。教えてくれるの」
「別に教えあわなくていいよ。だって、学校で会えるからね」
「それもそうね。帰るとこを邪魔したわ」
「じゃ、また」
男女は繋いでいた手をぱっと離した。
赤面することもなく、別れる。
これでもお互い結構相手のことを気に入っているのだが、それはそれで自分で発見していくものだ。
おわり。
不穏な恋人たち 高瀬涼 @takase
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