幕間・『大富豪』について



 本来一人しか入れないくらい狭い聖域に、一華が強引に入ってくる。


「ちょ、せんぱ」


「いいから」


 『道化師クラウン』のカードに描かれた絵柄は、トランプのジョーカーのようにも見える。そのカードを持った久丈の手をそっと握って、


「『大富豪』というゲームを知ってる? ジョーくん」


 と、まるで関係のない話を一華が始めた。


「きゅ、急になにを……?」


「いいから答えて。知っているでしょう?」


 久丈が戸惑いながらも、着地点の見えないその会話を続けてしまうのは、一華の目がまっすぐ久丈を見ているからだ。その瞳が、真剣そのものだからだ。


「と、トランプのゲームですよね。3が一番弱くて、数が増えるごとに強くなって、キング、エースを超えたら、最終的に2が一番強いっていう……」


「私、アレ好きなの。はじめに与えられたカードが強いか弱いかによって勝負が決まってしまう。平等な勝負なんてものはない。限られた手札で試行錯誤しなくてはならない。人生みたいじゃない?」


「そうなんですけど……僕は苦手です。ツイてないから弱いカードしか来ないし。そりゃ先輩は豪運の持ち主ですから、強いカードばっかり来るんでしょうけど」


「私だって、いつも強いカードばっかりは来ないわ。でもね、やりようはあるものよ。弱いカードを束ねてペアで出せば、ソロは対抗できない」


「先輩なら強いカードをトリプルで出してきそうです」


「私はいつもソロだったから」


「……トランプの話ですよね?」


「それに、いつも強いカードばかり来ていると、いつか必ず負けることになる。それまでの最強がグルっと反転して、最弱になってしまう」


「『革命』……」


 同じ数字のカードを四枚揃えて場に出すと、それは起こる。以降は、3が最強に、2が最弱になる。昇順で強くなっていったカードが、降順で強くなる。


 王の支配を覆す現象。


「……だから、僕みたいな弱いカードを受け入れたんですか? そうならないために」


「ううん。もう遅いわ。私は弱くなった。ソロでどんなに強くても、ペアには勝てない」


「ペアになるカードは、同じ数字じゃないとダメです。僕と先輩じゃ、釣り合わないんじゃないですか?」


「いいえ、ジョーくん。一つだけ例外があるわ。それはどんなカードよりも強く、そして時にはどんな強さにも合わせられるカード」


 一華が久丈の手を両手で握る。彼の手中には、それ《・・》がある。


「僕はそんなんじゃ――」


「あなたは」


 否定しようとする久丈を遮って、一華は断言した。




「あなたは私のジョーカーになれる」




 ジョーカー。切り札。


 その言葉は、不思議な感覚を久丈に持たせた。自分が何者なのか――いや、自分が何者になりたかったのか、ようやくわかった気がした。


 自分は『勇者』にはなれない。でも――。


「王城の支配を破る。そのために、あなたの力が欲しい」


 久丈の握った手を、優しく開いていく一華。


 S++レアの『道化師クラウン』が、おどけた様子で笑っている。


「一緒に『革命』を起こそう。ジョーくん」


 子供のように瞳をきらきらさせて、双刃一華はそう誘うのだった。


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