第二話 その2「天羽片穂と申しまふっ」
間違いない。白いワンピース、黒髪のロングヘアー、そして裸足の少女がベンチに体育座りをして地面を見ている。人違いをする余地もないほど完璧にあの少女だった。
正直、自分でもかなり驚いている。推理なんて言えないほど安直な考えでまさか正解を当ててしまうとは思っていなかった。
少女を見つけるためにこの公園に来たのはその通りなのだが、実際はいたらいいな、程度の軽い願望のような感覚でここのベンチで休憩しながらまたどこを探すか考えようと思っていたのだ。
それでも少女を見つけることが出来たなら運がいいとしか言いようがない。
司はゆっくりと少女の方へ歩き、声をかける。
「あ、あの………」
どんな言葉を掛ければいいのか分からず、言葉に詰まる。そんな司の声を聞いて下を向いている少女がピクリと反応する。
「は、はい………なんでしょうか…」
顔を上げた少女の目には涙が浮かんでいた。よく見ると、裸足で外を歩いたせいで足は砂だらけで、真っ白だったワンピースも所々に汚れがある。
司の部屋から出てから三十分ほどしか経っていないが、無一文で行く場所もなく歩き回り途方に暮れて行きついた公園のベンチでうなだれるには充分な時間である。
少女は話しかけてきた人物が司であることに気付くと慌て始める。
「あ…ご、ごめんなさい…」
悲しみで胸が塞がる女の子にどんな声をかければいいのか司には全く分からなかった。
今朝と同じ沈黙が流れようとしていた。
しかし、そこで何も言えなかった自分が情けなくてこの子を探しに来たのではないか、と司は無理やり声を出す。
「行く場所……ないの?」
司の問いかけに少女は地面を見ながら答える。
「はい…」
「じゃあ……帰る家は?」
「…………今は……ないんです」
動揺は隠せなかった。こんな女の子が帰る場所もないなんて。一体自分に何が出来るのかわからない。でも、それが見捨てる理由になんてならない。
一呼吸置いて、司は右手を差し出す。
「俺の家、おいでよ。豪華な物はないけど、女の子一人休ませてあげることぐらいならできるからさ」
これからどうしていくかなんて何も考えていなかった。今この子を助けてあげて、それで自分がどうしたいのかも分からなかった。
ただ、目の前の泣きそうな女の子を無視することは司には出来なかった。
そして、何よりも心の奥底で何かを感じるのだ。見捨ててはいけない。この子を助けなくてはならないと。
少女は司の右手を見てからもう一度司を見上げる。
「……いいんですか?」
「俺なんかの家でいいなら構わないよ」
少女は、司の手を取り、立ちあがった。そして、今にも流れてしまいそうな涙を流す前に袖で拭きとり、
「ありがとうございます!」
少女は、笑った。
太陽のような笑顔とはまさにこのことだった。美しい笑顔で、眩しくて目を逸らさずにはいられなかった。鼓動が速くなる。
人生でここまで綺麗な笑顔を見たことがあっただろうか。きっと、なかったはずである。
少し頬を赤くした司とその赤面を見つめる笑顔の少女は、ゆっくりとマンションに向かって歩き出す。歩いている途中で司は少女が裸足であるのを思い出す。
「裸足だけど、足、大丈夫?」
「はい!大丈夫です!小さい頃、裸足で遊んだことだってあるんです!」
少女は再び笑顔で答える。
「そ、そうか。なら、いいんだ」
また司は目を逸らす。司はどこまで近づいたらいいのかわからず、微妙な距離感のまま二人はマンションへ帰ってきた。
司は扉を開け、駆け足しで家の中に入っていくと、汚れた足を拭けるように司はタオルを洗面所で濯ぎ、玄関で待っている小女へ渡す。
「はい。それで足拭きな。あと、ワンピースも汚れているみたいだし、俺の服でよければ貸すから、洗濯してあげるよ」
「あ、ありがとうございます」
少女はタオルを受け取ると足を拭き、司の部屋へ入ってくる。今まで女性を部屋に招いたことのない司は緊張しながら少女の着替えになるような服をタンスの中に探す。
が、高校通学のためにワンルームで一人暮らししている彼女いない歴=年齢の男は急に同年代の女の子が着られるような服を持っているわけもないので、仕方なく司は高校指定の紺色のジャージを取り出し、少女に手渡す。
「悪いんだけど、高校で使ってるジャージしかなかったから、これで我慢してくれるかな」
「全然構いません。あの……でも、ど、どこで着替えればいいですか?」
少女は目線を斜め下に移しながら、恥ずかしそうにジャージを抱きかかえて司に囁く。
「そ、そこのドア開けるとバスルームだからそこで着替えてくれるかな」
司も少し顔を赤らめて物恥ずかしそうに玄関横の扉を指さす。
司の住むワンルームではユニットバスとして浴槽が設置されていて脱衣所と呼べる場所が無いため、普段はリビングに寝巻きを投げ捨ててそのまま風呂へ入っているのだが、今回ばかりは事情が違う。
窮屈で着替えにくいとは思うが、我慢してもらうしかない。
「は、はい」
少女が着替えのためにバスルームに入っている間に司は急いで散らかった部屋を片付け始める。
彼女持ちではない一人暮らしの男の家に清潔感などは微塵もなく、コンビニ弁当のゴミと洗ってない食器、脱ぎ捨てた洋服が床に散らばっている。
高校の制服はとりあえずハンガーにかけてはいるが、掛け方は雑で清潔感があるようには幻にも見えない。
とりあえず司は洋服とゴミをそれぞれかき集めタンスに洋服を詰め込み、ゴミを袋にまとめて部屋の隅に置く。
ちょうどゴミの処理を終えた時に、ガチャと扉が開き、薄汚れたワンピースを抱えたジャージ姿の美少女が出てくる。
司の身長は少女よりも二十センチほど大きいので着ているジャージもかなり袖や裾が余ってしまっている。
「ちょっと、大きいです…」
余った袖をぶらぶらしながらすり足で歩いてくる。そんな姿でさえも司の目には天使のような美しさに見える。
先ほどの若干の緊張が抜けきらないまま司はリビング中央のテーブル周りを少し片付ける。
ワンルームでは、大きなテーブルは置くことができないので、司の家では円形の折りたたみ式の低めのテーブルを使用している。
「まぁ、そこに座りなよ」
司の誘導に対して少女は言われるまま司の正面に正座をする。司はコホン、と少し咳払いをしてから話を始める。
「じゃあ、色々と訊きたいことがあるんだけど、いいかな?」
少女の頷きを確認して、司は続ける。
「なら.まず、自己紹介からだな!俺は佐種司っていうんだ。君は?」
少女が少しでも話しやすいように司は精一杯明るい口調で問いかけた。
そして少女も、自分の精一杯の元気を振り絞ってそれに答える。
「わっ、私、
少し空気が重くなったように感じた。
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