Gregory Of Storia~恋愛編~

姫宮未調

迷いしモノ


━━本の世界は現実ではないから安心する。いづれ終わりがあると分かっているから……。


「奈緒子! 帰ろうぜ! 」


毎日毎日女の子に言い寄られながら、彼は私を誘う。一緒にいる女の子と帰ればいいのに。

幼馴染みで、昔から一緒にいるからと律儀に高校生になっても誘ってくる。


「え~、たまにはあたしと帰ろうよ~。葛西さん、毎日ずるい! 」


こうなるから嫌。巻き込まれるだけ。


「もう子どもじゃないのよ。じゃあね」


「おい! 奈緒子! 」


私みたいな地味な幼馴染み(女)に構ってないで、彼女でもさっさと作ったらいい。再度呼ばれても、振り向いてなんてやらなかった。



◇◆◇◆◇◆◇◆



「……あれ? 」


イライラしながら歩いていたら、見知らぬ路地にいた。


「ここどこ? 」


歩調を緩めながら周りを見渡す。すると、一件の古本屋が目に入った。無意識に足がそちらに向かう。


昔から本が好きだった。ライトノベルとか言う小説には興味はない。文藝や純文学といった、本格的なものが好き。


引き戸をゆっくり開ける。ガラガラと、おばあちゃん家のような懐かしい音を立てた。

中はどこの古本屋とも変わらない。古い木の棚に並ぶ、古い本たち。……この古い紙の、インクの匂いが堪らない。

有名作家や見知らぬ作家の名前が立ち並ぶ。大半は読み尽くした。見知らぬ作家の、薄い冊子には一体どんなことが描かれているのだろう。


「……お気に召して頂けたかな? お嬢さん」


夢中になっていた私の背中から声がして、ビクッと肩を強張らせた。恐る恐る振り返る。


「びっくりさせたかい? 申し訳ないね。嬉しそうに見てくれていたようで、私も嬉しくなってしまってね」


そこには、不思議な空気を纏った美女がいた。明るい紫のミニドレス調ワンピースが、店の雰囲気に溶け込んでいて絵になっている。


「い、いえ。無言で入ってきてしまってすみません」


「ここは古本屋だから、好きに入って問題ない。……しかし、"売り物"はないがな」


私は思わず瞬きをする。


「古本屋……なんですよね? 」


「ああ、"古い本を置いている店"、だからな」


変な言い回しに首を傾げた。


「では、どんなお店なんですか? 本の宝物庫、ってだけじゃないですよね? 」


「くっ……、あははははははは! 」


心底おかしそうに笑い出す。何故笑われたのかわからず、戸惑ってしまう。


「いや、申し訳ない。そんな風に言ってもらって嬉しいよ。私は本を愛して止まなくてね。閲覧は自由なんだ。図書館とでも思ってくれ」


自負するつもりはないが、私も本が大好きで、読んでない本なんてライトノベルくらいしかないほどだ。落差はあれど、この人となら話が合いそうだと思った。


「それで、どう気に入ったんだい? 」


「はい! 大概の名前の知られた作家さんの作品は読んで来ましたが、ここには"知らない作家さん"の作品も数多くあって、どんな世界が広がっているんだろうって考えてしまうくらい! 」


美女は目を細める。


「そうか……。"知らない作家さん"ね。そりゃそうだ。何せ、"世にでなかった"のだから、知らなくて当たり前だ。知っているかい? 文豪と呼ばれた者たちの時代、実は多くの実力派の物書きたちがいたことを。その多くは本を出せないほどに貧困で、文豪と呼ばれた者たちよりも短命だったことを。……ま、すべてではないがね。人によっては酷い人見知りで、外界との接触をしなかったものもいた」


"世はまさに文豪時代"、そんな時代に埋もれてしまった人が大勢いたのは想像に難しくない。


「……ここはそんな埋もれた迷子たちがやってくる場所なんだ。作品とは、作った人の思いが大小あれど込められているものだ。作ったからには誰かに読まれたいという、熱い思いがね。読まれずに朽ち、消えるにはあまりに勿体ない。だから、せめて私が読みたいと思うのさ。描いた者たちの思いをしっかりと受け止めたい。ここはそんな場所なんだよ」


「本をそこまで愛せる方に出会えて幸せです! 」


美女はますます笑みを深くする。


「そうかい、そうかい。それはよかった。私は本が"大好物"だからね。美味しい作品に出会いたい」


そんな形容をする人は少なからずいる。

……ドキッとした。いつの間にか、美女の顔が間近に迫っていたから。


「……ここの子たちは食べ尽くしてしまってね。そろそろあまぁいデザートを食べたい気分なんだ」


「よ、読み尽くしたんですか? すごい! 」


軽く見渡しても、かなりの数が見てとれる。


「造作もないことさ。そうそう、ここは持ち出し厳禁だが、"一冊だけ持ち帰る"ことが出来る本があるんだ」


すっと奈緒子の前に出された、羊皮紙の古めかしい本。



『Gregory Of Storia』



「グ、グレゴリー、オブストーリア? 」


「そう、グレゴリーオブストーリア」


「グレゴリーって色々な呼び方がありますけど、悪魔……の名前ですよね? 」


美女の笑みが怪しくなった気がする。


「そうだね、流石は読書家さんだ。だが、グレゴリーにも色々いてね。このグレゴリーは"美食家"なんだ。新しい料理を所望している」

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