ラ・ラ・ライトノベル

野々花子

月曜日

「この中に宇宙人、未来人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい。以上!」(涼宮ハルヒ)


――『涼宮ハルヒの憂鬱』著:谷川流(角川スニーカー文庫)より引用。



 ※※※※※※※※※※


 月曜日の朝のホームルームで担任が「転校生を紹介する」と言った。その言葉に続いて教室に入ってきたのは、焔のような紅い髪の美少女だった。彼女は「異世界からやってきました。魔王です」と名乗った後丁寧にお辞儀をし、自分がどのような目的でこの世界にやってきたかを語り出した。俺はまったく興味がなかったので小説を読んでいた。一応担任に見つからないよう机の下で本を開き、肘をついてうつむいている姿勢を作っていた。低くなった頭の上を魔王の自己紹介が通り過ぎていく。魔王、勇者、異世界、人間界の文化に興味があって、人間について学ぶために……聞き飽きたフレーズが続く。この一学期だけで、異世界からの転校生は何人目になるだろう。魔王に限っても五人以上はいた気がする。みな一様に、世界征服に飽いて、日本のアニメや漫画、カルチャーに興味をもって世界線を超えてやってきていた。そしてみんな絶世の美男美女で、俺たちに無い特殊能力があって、でも話すと良い奴で、少し残念な性格がチャーミングだった。魔王も勇者も女騎士も僧侶も魔法使いも吸血鬼もみんな、判で押したように。

 転校生はたまたま俺の隣の席になり、いきなり「わらわに教科書をみせてくれ!」と机をくっつけてきて、焔のように紅い髪からはこの世のものとは思えないいい匂いがする。当たり前だ、こいつはこの世のものではない。「人間たちは十代ですでにこんな勉強をするのか……! むむむ」とテンプレの独り言をつぶやいていたが無視した。

 授業が終わると俺は転校生の方を向いて、学校案内なら放課後に担任か学級委員に頼むよう先んじて伝えた。こいつらは最初の授業の後は十中八九「学校というところはなんとも興味深いな! おい、お前! わらわを案内させてやろう。光栄に思え!」というようなことを言うからだ。俺が早口で伝えると、転校生は悲しそうな顔をしたが、そんなことで魔王がやっていけるのだろうか。やっていけないから、こちらの世界に来たのだろうか。だとすると、彼女たちはいじめにあって転校してきたようなものなのかもしれない。そうでなくとも転校生なんて最初は不安で当たり前なのだから、いくらもう見飽きた異世界からの転校生でも、もっと優しく接してテンプレの要求に応えてあげるべきかもしれない。しかしそれは俺の役割ではない。物好きはたくさんいるので、他の誰かがやってくれるだろう。

 俺は三歩で転校生のことを忘れ、教室から出た。ただトイレに行くだけだ。しかし、トイレに行く前に幼なじみに捕まった。幼なじみは美少女で黒髪で俺の隣の家に住んでいる。小さい頃からよく遊んでいて、彼女がいじめられた時は必ず俺が守っていた。昔は「あのね、大きくなったらね、私をお嫁さんにしてくれる?」と言っていたのに、今では憎まれ口しか叩いてこない。彼女は俺を見つけるなり指さして言った。

「なんで、今朝起こしてくれなかったのよ!」

 もう高校二年生なのだから、常識的に考えて朝くらい自分で起きるものだろう。それに、俺は幼なじみであって家族ではない。自分で起きられないとき起こしてくれるのは、目覚まし時計か家族だ。それを飛び越して幼なじみが勝手に部屋に入っていったら、確実に親御さんに止められる。でもそれを説明しても分かってもらえるとは思えないので、俺は「朝くらい自分で起きろ」とだけ言って、トイレに向かった。

 しかし、すぐに別の幼なじみが現れて言った。「どうして今日起こしてくれなかったわけ!? おかげで遅刻ギリギリだったじゃない!」完全な責任転嫁だ。俺は別の幼なじみにも「自分で起きろ」と言ってトイレに向かった。しかし、今度は同時に二人さらなる幼なじみが現れて、何故起こしてくれなかったのかについてステレオで文句を言ってきた。俺は自分で起きろと彼女たちに伝えた。結局、トイレに行くまでに十人の幼なじみが現れ、トイレでは名前をうろ覚えのモブキャラクラスメイトが代わる代わる十人現れ、俺の隣で小便をしながら「お前、朝いっつもアイツを起こしに行ってんの? うらやましいな~、もう付き合っちゃえよ」的なことを言った。

 放課後になり、転校生を学級委員と物好きなクラスメイトに押し付けて帰り支度をしていると、放送で職員室に呼び出された。担任からだった。担任は女性で美人で二十代後半で、教師よりもモデルが似合いそうな体型をしていて、生徒からは人気があり、それはルックスだけではなく他の教師に比べて生徒の話を真摯に聞いて思春期の悩みについても適切な距離でアドバイスをくれて尚且つ過干渉はせずに見守ってくれるからだった。そのうえ、特定の男子生徒には一人の女性として時折弱さと隙を見せてくれるのだった。ちなみに担任が男性だった場合は三十歳前後でくたびれた白衣を着ていて、教師がそれでいいのかと指摘したくなる無精ひげを生やしていて、しかしひげを剃ってスーツを着ると非常にハンサムで、過去に恋人を亡くしていた。そして、特定の女生徒には一人の男性として抑えきれない欲望と理性の葛藤を一瞬だけ見せてくれるのだった。教師という職に求められるハードルの高さを考えると、俺は絶対に就きたくない。

 職員室で、担任教師は椅子に座りモデルのように長い脚を組み替えてから、成績は悪くないが生活態度に問題がある、と俺を評した。俺は飲酒や喫煙はしない。遅刻や欠席も少ない。もちろん暴力沙汰なども起こしたことはない。教師にもたてつかない。にも関わらず生活態度に問題があるのだという。まったく思い当たらないが黙って聞いていると、どうやら担任からは俺がクラスメイトや同級生と距離をとりがちだと感じているらしい。そしてお節介にもその解決方法として、何かしら部活動もしくは委員会活動に参加するよう遠回しに提案してきた。生徒の話を真摯に聞いて思春期の悩みについても適切な距離でアドバイスをくれて尚且つ過干渉はせずに見守ってくれるとはとても思えない強引さだった。

「ところで、生徒会の庶務に空きが出てしまってね」

 担任は言った。庶務だった生徒はどうしたのだろう? 転校したのだろうか。それとも、病気などで学校に来られなくなったのだろうか。まさかいじめ? だとしたら欠員穴埋めより先にやることがあるだろう。単に勉強が忙しくなったなどの理由であることを願う。だいたい、生徒会という仮に名ばかりであっても生徒を代表する役割を担っている集団に、生活態度に問題があると考えられる生徒を入れようというのもおかしな話だ。更生を促すためなのだろうか。効果があるようには思えないが。そんな風に逐一反論したところで余計に問題ある生徒扱いされるだけなので、俺は、先生に心配をおかけしてすみませんと前置きした上で、確かに僕はちょっと内気ですが問題なくみんなと仲良くやっています、生徒会のお話はありがたいのですが放課後は塾で忙しいので時間的に難しいです、と丁寧に断った。すると担任は苦笑して言った。

「そうやって、無意識に自分から壁を作るところが私は心配なんだ」

 鬱陶しい。生徒の話を真摯に聞いて思春期の悩みについても適切な距離でアドバイスをくれて尚且つ過干渉はせずに見守ってくれるとはまったくもって思えなかった。類まれなる美人なのにいまだに独身である理由もこの辺りにあるのだろう。こういう手合いは相手にしないのが一番だ。俺は、本当にすみません、塾の時間なので! と言って一礼し、職員室を出た。「あ、待ちたまえ、まだ話は終わってないぞ!」という担任の声と椅子から立ち上がる音が聞こえたが、俺は振り返らなかった。椅子から立ち上がったわりに、追いかけてくる気配がないことを俺は知っていたからだ。

 そのまま下駄箱に向かったが、俺は下駄箱では頭上から網が降ってくることも知っていた。だから俺は一度自分の下駄箱の前で立ち止まり靴を取ろうという素振りをした後、素早く三歩右へ避けた。予想通り、俺がいた場所に投網漁業で使うような網が降ってきた。

「ムキャー! なんで避けるのぉ~!」

 そう言って下駄箱の陰から生徒会長が姿を現した。生徒会長は美少女で金持ちのお嬢様だった。脚が長く胸が大きく、ロシア人の血が入ったクォーターだった。しかし、副会長よりは胸が小さかった。副会長は純日本人で眼鏡をかけていて爆乳で美少女で毒舌だった。行動力とカリスマはあるが今一つ思慮に欠ける生徒会長と、ミステリアスでクールで頭の切れる副生徒会長。二人は幼なじみであるか、もしくは中学生時代のライバルで、あるいはその両方だった。

「せっかく見つけた新庶務! 逃がすわけにはいかないのよっ!」

 露助混じりの会長がそう言った。担任に放課後呼び出され生徒会の話を振られた場合、まず間違いなくその後下駄箱で生徒会長による捕獲トラップが発生する。俺はそれを経験で知っていた。それは、一晩中クーラーを点けたまま寝たら風邪をひくくらい間違いないことで、宇宙普遍の因果だった。しかしいつも不思議に思うのだが、あの網はどこから持ってきたのだろうか。そして、どうやって天井から降らせるのだろうか。相当の重量があるように思えるのだが。

 そして、美少女ではあるもののこんな奇抜な行動をとる生徒が支持率90%を獲得した生徒会長というのもよく分からない。この人に投票しないとよほどひどい目に遭わされるのだろうか。だとしたら、ただの恐怖政治ではないか。庶務が突然辞めたのも頷ける。俺は担任の時と同じく、放課後は塾で忙しいから生徒会に入ることはできないと伝えた。しかし二人は納得いかない様子だった。生徒会長がオーバーアクション気味に「生徒会に入れば権力を行使できるわよ!」と喧伝してきたが、俺はそんな権力には何の意味もないと返答した。そもそも生徒会の仕事は裏から学校を牛耳ることでも、廃校寸前の我が校を救うことでもなく、学期ごとの全校集会での司会進行、各部活動の予算調整、体育祭など学校行事でのあいさつくらいで、実際のところは経理兼コンパニオン、権力があるとしてもせいぜい部活予算決定権くらいであるし、帰宅部である自分にはまったく関係がない。権力云々以前に、その程度の仕事量なのだから庶務が一人抜けたところで十分に人員は足りているように思う……といった旨をくどくどしく伝えた。「実際のところは経理兼コンパニオン」あたりで会長は震え出し、「帰宅部の自分にはまったく関係ない」に至ってついに大粒の涙を零しはじめたが、俺は手を緩めずに最後までくどくどくどくど続けた。

 言い終わると、会長は嗚咽を漏らしていた。副会長も赤い目をしていたが、無言でキッと俺を睨みつけた後、会長を抱き寄せて、取り出した百合柄のハンカチーフで涙を拭くだけだった。俺はそれを尻目に下駄箱から靴を取り出して帰宅の途についた。

 帰る途中に信号を待っていたらトラックに轢かれた。

 そして、目が覚めると異世界だった。やれやれ。

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