残像
廃他万都
置かれた状況を表現し続ける男
灼熱の中、私は目覚めたのだった。喉が張り付いて声も出なかった。エアコンの電源スイッチを入れる。グリーンのランプがエアコン本体の右下、冷風が送りだされる部分の少し上あたりから吹き始める。風向を調整する刃が上下している。
私は汗を掻いていた。汗は首の後ろからじっとりと肩甲骨の上までを濡らしていて、腰から下は汗が滑り落ち、尻の割れ目の上端の窪みに豊かな泉のように溜まっていた。起き上がると割れ目の中の方へ落ち込んでいく。かけていたタオルケットは自分の汗でじっとりと濡れていた。
時刻は15時頃だろうか。たしか面接は17時からである。さっき支度をしようとして起き上がったのだが、冷蔵庫の中には肉類がなかった。あるものは豆腐とりんご、そしてネギだった。これらのものを組み合わせて昼食にするにも満足がいかなかった。考え込んでいるうちに暑さに頭がぼんやりとした。何か水分を摂らなければならないが、自動販売機に向かう位なら出かけた方が良いと身支度を始めようとするにも、着ていく服がない。コインランドリーで乾かせばぎりぎり間に合う、洗濯機に服を放り込む。服からは何やら香ばしいにおいが漂っていた。
私はそんなことを考えているうちに駅の売店でコーヒー牛乳を飲みたいと思った。コーヒー牛乳を頼もうと売店のおばさんに声をかけると、自動販売機を無言で指さされた。売店には瓶入りのコーヒー牛乳が売っているのに何故売ってくれないのか。私はおばさんに声を荒げた。
目を覚ますと16:30を過ぎていた。これから向かっても遅刻だ。私はガックリと頭を垂れた。でも1人でガックリと頭を垂れるのは誰のためにそうしてるのだろうか。そもそもガックリ頭を垂れるポーズというのは人にガックリしていることを知らしめるための物であっただろうか。いや、単にこの場合ガックリと頭を垂れるのがふさわしい感じがするので、そこで自分に鋭い突っ込みを入れても仕方がないと思う。それは例え私が目立たず、人の役にも立たず、忌み嫌われていようとしてもだ。
忌み嫌われていると思い始めたのは物心がついてからだ。私はいつでもジロジロ見られると、次に笑われることを恐れる。誰もかれもが笑うわけではなく、話題を探すために見る事もあるし、例えば自分と同じものを身に着けている場合もあり、それから自分と容姿が似ている場合もあり得る。けれど笑われる確率は普通より高いと思う。
ところでさっきの夢の内容だが、私は売店のおばさんに声を荒げるようなタイプではない。夢の中では明らかに声を出しかかっていた。ふつうあの場では私は声など荒げもせず、ただそこの売店で物を買うのを諦めるだけだった。
外出の予定がひとつ潰れた。断りの電話を入れなければならない。また1つ、忌み嫌われる原因を作ってしまった。このことは他の会社にもいずれ伝わってしまう気がする。今でも出かけると、不意に立ち止まって私をじっくりと見つめてる人々がいる。私と関わらない方がいいとひそひそと話す声、私の持ち物に危険物が隠し持たれているという人もいれば、何故ここにお前がいるのかと叫ぶ人もいる。
いずれ私の数少ない人間関係も、忌み嫌われることによって失われていくのかもしれない。
私は嫌われるのが怖くて、普段は人の事を悪く言わないようにしているのだが、しかし普段忌み嫌われているストレスから、急に滝から水が流れ落ちるようにとめどなく悪口を吐き出し、止まらなくなり、後でスッキリする。
しかしその行為が終わった後、周囲との関係は凍り付いたものになる。
忌み嫌われるという恐れやストレスから忌み嫌う人々への悪意が露になったところで、ますます忌み嫌われる私への圧力が爆発し、より拡散されて行ってしまうのだ。
だから私は仙人になりたい。
その時玄関のベルが鳴った。
「秋元君、今日も飲みに行こうよ。」
外には5人くらい集まっていた。
「え~。昨日も言ったじゃないっすか。」
私のアパートの住人は、私が忌み嫌われている事をよく理解していないようだ。
皆で商店街を歩くと笑顔で突っ込みを入れてくる。
「秋元君、今日も沢山かわいい子がジロジロ見てたわよ。誰にするの?」
商店街一の噂好きなおばさんがそんな皮肉を満面の笑みを浮かべ、投げかけてくる。
私はそんな時、より一層憂鬱になる。
早く仙人になって、山にこもりたい。
いつか私はこの町の住人の、本性に殺されるかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。