第3話 試作種現る!

 林の中には、ツリーハウスが建てられたナナ達の住処があった。


 ナナのツリーハウスに入ると、悪人どもが壁にもたれるように、ぐるっと並んで立っていた。立ちながら器用に、ナナの制服を作っている悪人の女もいる。


「ナナ、この人たちは……」

「ああ、こうすると隙間風が入って来ないんだ。まあ、気にするな」


 気にするなって言われても……。寂しさを紛らわすためでもあるんだろうが、そりゃ恨まれて当然だ。


「素敵なお家ですねー」


 エミさんはさっそくソファーに座ってくつろいでいる。



「ナナ様、あのトイレに行きたいのですが……」


 ひとりの悪人がそう言うと、ナナはきっと睨み、


「す、すみません。我慢します」


と悪人が怯えた様子を見せる。


「……わかった。行ってこい」

「あ、ありがとうございます!」


 悪人は土下座をしてナナに礼を告げると、慌ててツリーハウスから降りて行った。


「今日のナナ様は、お優しいなあ」

「おお、こんな日もあるんだなあ」


 立たされている他の悪人どもが驚いた様子を見せる。


「タクマ、代わりに立ってろ」

「えっ?」

「本当に隙間風が入って来るのですね。タクマさんお願いします」


 ナナとエミさんの目を見ると、本気で言っていることがわかったので、一先ず言われるがままトイレに行った悪人がいた場所で、代わりに俺が立つことにした。


「紐につかまると楽ですよ」


 隣に立っていた悪人の女が教えてくれる。

 天井から紐が垂れ下がっていた。


「風呂に行くが、おばさんも一緒に行くか?」

「お、おばさんって、ナナ様、私まだ20歳ですよ」

「20代なんて、もう立派なおばさんだろうが。明日の出発は早いんだ。細かいことを気にするな。おばさん」


 エミさんは3秒ほど後ろを向いてから、


「そうですね。早くお風呂に行きましょう」


と笑顔を見せる。


 しかし、エミさんが後ろを向いた時に、その表情を真正面で見た悪人の恐怖の表情から、エミさんがどんな顔をしていたのか想像することができた。


「おい、ナナ。明日早いとか、出発とかって何のことなんだよ?」

「タクマ、お前が兄だということを心から恥じる……」


 ナナが深いため息をつく。


「タクマさん、神聖者セブンのヒダマリに遭遇したのです。早くここから離れないと、今日よりも大勢の聖者が押し寄せて来て、今度こそ逃げられなくなってしまいます。ねえ、ナナ様」


 エミさんが代わりに教えてくれる。俺のためというより、ナナに媚を売っているようだ。天使のようなエミさんが、俺の中でどんどん崩壊していた……。


「で、でもさ、聖者たちが来たら、また大声で卑猥な歌を歌えばいいだろう!」

「タクマ、お前は本当にタクマだな……」


 ナナが頭を抱えてしまう。


「いいですか、タクマさん。そんなことしても、聖者たちに耳栓されたり、逆に清らからな歌を大声で歌われたら、私たちの歌声などかき消されてしまいます。タクマさんはどこまでタクマさんなんですか」


 バカを上回る表現として、タクマという名前が使われている……。なんだか名づけてくれた両親に申し訳ない気持ちになった。そう、ナナと一緒に見捨ててしまった両親……。


「ナナ、あのさ……」

「なんだ、タクマのくせに真面目な顔して」

「父さんと母さんは?」

「……」


 言葉を選ばないナナが黙り込んだ。


「ナナ様……」


 エミさんも心配そうにナナの顔を覗きこむ。


「ご、ごめん。辛いことを思い出させて……。話さなくていいから」


 俺はなんてバカなんだ、いやなんてタクマなんだと反省していると、


「アハハハハッ、アハハハハッ」


とナナがお腹を抱えて笑い出した。


 俺とエミさんが戸惑っていると、


「タクマがパパとママの心配をするなんて、うける。ギャハハハハッ」


 ナナは涙を拭くと、


「おばさん、風呂に行くよ」


と言って、ツリーハウスから降りて行く。


「あっ、ナナ様待ってくださーい」


 エミさんも慌ててついて行く。

 おい、結局、父さんと母さんはどうなったんだ? まあ、そのうちナナから話してくれるのを待とう。さっきの涙だって、正体がわからない……。



 翌朝。目を覚ますと、俺は器用に天井から垂れさがったロープに掴まって寝ていた。そして、ツリーハウスに誰もいないことに気づく。


 慌ててツリーハウスから降りるが、住処から悪人どもの気配が消えていた。どうやら、もう出発してしまったらしい。まずいぞ。このまま置いて行かれたら、俺はあと30時間ほどで聖者になってしまう……。


 風が吹き、顔に何かが飛んで来た。手に取ってみると、一昨日発行された新聞で、『沖縄から米軍完全撤退』という見出しがあった。沖縄……。まさか、ナナやエミさんたちは、あの噂を確かめるために……。


「取り引きしませんか?」


 声がした方に振り向くと、小石に金髪で色白の女性が腰掛けていた。白いレースの服が良く似合っている。聖者だと一目見てわかった。しかも、取り引きを申込んで来るということは、ただの聖者ではない。そして、その隣には黒い翼を持った黒柴犬が寄りかかるように座っていた。聖者たちが新種の生物を作ろうとしているという噂は本当だったようだ。


「意外と察しがいいのですね。私は、神聖者セブンのひとり、イナホと申します。お困りのようですので、あなたを置いて旅だった魔悪人ナナとエミのもとへ、このブラッカに案内させてさしあげます。その代わり、どちらか片方の魔悪人を私に引き渡してください」

「そんな取り引きに俺が応じると思うのか?」

「はい」


 胸が軽く揺れるほど、イナホは自信満々に頷いた。


「ああ、ちなみにブラッカはカラスと黒柴犬を中心に配合された試作品ですが、翼は見かけ倒しで空を飛ぶことはできません。ただ、獲物を見つける嗅覚には長けていますのでご安心を」


 イナホの冷たい視線を感じたのか、ブラッカは寂しそうな表情を見せた。別に可哀想だとは思わない。むしろこんな美人の側に居られて羨ましい限りだ。


 確かにこのままだと、俺はあと30時間で聖者になってしまって、エロいことを考えることさえできなくなってしまう。そんなこと絶対に嫌だ。生きている意味がなくなってしまうじゃないか。


「……どちらか一人でいいんですね?」

「はい」


 今度は胸が揺れるほど、大きく頷いてはくれなかった。


「それから、魔悪人を引き渡した後、あなたが聖者になるまでの間、私のことを好きにしていいですよ。お風呂に入って、待っていますね」


 イナホがそう言いながら髪をかきあげて、もう片方の手でナナとエミさんたちが向かった方向を指さした。


「ウォーーーー!」


 俺はその方向に向かって猛ダッシュした。すぐにブラッカが俺を追い越して先導してくれる。本当に空は飛べないようで、大きな羽を重たそうにしながら、器用に走っていた。


1分1秒も無駄にできない。早くナナとエミさんを見つけて、どちらかをイナホに引き渡すのだ。そして、そして……イナホとあんなことやこんなことをしたら、引き渡したナナかエミさんを俺を悪人に戻すという条件付きで助けてやればいい。完璧なプランだ! 


聖者だらけになって、世界が平和になって良かったと思うこともあるが、やっぱり俺は聖者には絶対になりたくない!

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