「のむ」 春闘 ~松和荘へようこそ!~

『我々はー! 労働環境の改善をー要求するー!』

 音の割れた拡声器から飛び出すのは、実に使い古された文句。厨房前に陣取って演説中の彼女は『おっかさん』こと105号室の岡さん。長年に渡り『松和荘』の胃袋を支えてきた凄腕の料理人だ。

「朝から何よ?」

「とうとう電子レンジが壊れたらしいですよ」

『かねてより要望していたー! オーブン機能付電子レンジの設置を要求する―!』

「おー!」

 一緒になって騒いでいるのは、ノリのいい住人達だ。

『要求が通るまでー! 食事は作らないぞー!』

「ええっ、それは困る!」

 あっさりと内部分裂が始まり、ますます騒がしくなった厨房前で、管理人はやれやれと肩をすくめた。

「要求を呑むしかなさそうだな」

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