7月のあの日と8月のあの日
りょうま
髪の毛 SNS
床に散らかった無気力の髪の毛の束を見ると
命って儚いな。なんて思ったりする
いったい髪の毛達はどんな心情だろうか
先ほどまでは頭皮に所属していたというのに
「数時間前まで、イキイキと生きてたのに、まさかこんなところで生涯を終えるなんて思ってもなかったでしょうねー」
ラバーホウキで髪を掻き集めながら
精算中の宮内さんに感想を投げてみる
「なにゆうてんの」
慣れた手つきでお札を数えている宮内さんは
私に一瞥もくれない
相変わらず扱いが雑いな
「いや、だってね。ほんのついさっきまでは、彼らも人間の頭皮から栄養をグングン吸い取って生きてたんですよ。それがハサミ一本で終わる気持ちってどうなんやろーと思いまして」
宮内さんは手を止め
レジ横にあるガラス張りに顔を向け、外を見つめだした
何か見つけたのだろうか
「杏奈ちゃんってホンマ変わってんなー」
反射したガラス越に宮内さんと目があう
せめて目視して欲しかったな
「私は変わってませんよ。私の普通が世間一般でいう『変わってる』に当てはまるだけです」
全く迷惑な話だ
「そんなんやから彼氏できひんねんてー」
再びお札を数えだす宮内さん
「宮内さんもいないじゃないですか」
「私は彼氏いらんからええねん」
「じゃあ私もいらないです」
「なんやそれ」
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外にでると熱帯夜という名に相応しい空気が私たちの体をムワムワと包み込んだ
ああそうか、もう夏だった
今日は今月最高気温だとか頼りないニュースレポーターが今朝そんなことを言っていた気がする
宮内さんはお店のシャッターを施錠し
ジャラジャラとご当地キャラのキーホルダーがついた鍵を私に投げた
私は反応しきれず
キャッチをし損ね、床に落とす
ほんと扱いが雑い
「明日開けの当番やろ?よろしく」
そういえばそうだっけ
「宮内さんって愛がないですよね」
「愛ゆえに」
と
わけのわからないことを言い
近くの電柱にとめていたロードバイクの鍵をガチャガチャと外しはじめた
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店を閉めた後、私たちは茶屋町にあるワイアードカフェへと向かった
遅い時間にもかかわらず
カフェは混んでおり
女子大生らしい軍団からアパレル関係者らしいペア、雑貨屋が似合いそうな人までと様々な面子で埋め尽くされていた
まあ、全て私の主観だが
ラッキーなことにちょうど窓際の席が空いていたのでそちらへ案内された
ここの席からは夜のNU茶屋町を見下ろすことができるので実はお気に入りだ
「宮内さんは何を飲むんですか」
率先してメニューを手にとり
アルコールという文字を探す
「私、サングリア赤」
「またサングリアですか。いつもじゃないですか」
「ええやん。別に。好きやねんから」
「いっそのことサングリアになってしまえばいいんです」
「杏奈ちゃんは何にするん」
「私はもちろん麦酒ですよ。麦酒」
あ、ハイネケンしかなかったんだ
"beer"と書かれた文字を撫でる
「ふーん」
「なんなんですかその目は。最近はビール女子の受けもいいんですよ」
「まあ、なんでもええけど」
宮内さんはキャスターを一本咥え、火をつけた
すぐさま 仄かなバニラの香りが鼻を通り抜ける
それがトリガーだったかのように
遠くで待機していた店員が
こちらへとトコトコやってきた
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数分もすると、霜がついたハイネケンとサングリアがやってきた
「さあ乾杯しましょう。何でもない日記念に乾杯!」
「何それ」
キャスターを片手に何だかんだ乾杯をしてくれる宮内さん
「不思議の国のアリスで出てきたんですよ。帽子屋が言っていました」
「ふーん」
「ホンマ愛がないですよね」
かくして私たちは、これからの顧客の対応だの新作のシャンプーがどうだのいつもと変わらない話で少し盛り上がった
「ああ、あのお店ができてからいったい何本の髪の毛が殺されてきたんですかねー」
いけない、いささか酔ってきた
「まだいうてるん。そんなん言われてもアイツらも切られる運命やってんから知ったこっちゃないわ」
「あゝ、髪の毛さんの人生!生類憐みの令を発動しましょうよ」
「それ犬やろ」
「犬でもカカシでも髪の毛でも人生は人生ですよ。人生ってなんなんですかね」
宮内さんが微笑しながら艶のある髪の毛をかきあげる
耳にかけると同時に
えらく似合うピアスがシャリンッと揺れる
なぜこの人には彼氏がいないのだろうか
「さー、なんやろなー。ありがちやけど、本能のまま生きてたらいいんちゃう?」
「どゆことですか」
舌が回らない
福井県の訛りがでてしまいイントネーションが一瞬狂う
「んー、例えば、周りの意見を聞くフリして、軸は固定させるとか」
「ちょっとうまくわかりません」
「自分を可愛がればええねんて、結局最後は自分が一番可愛いやん?最優先するやん?せやけど、建前だの周りの評価だのSNSの見せ方だの軸があっちこっちにいって宙ぶらりんになってしまいがちやん」
「はぁ」
インスタでスタバの新商品をドヤ顔で辛口レビュー投稿している24歳ならここにいる
「だから、その軸をしっかり固定するんよ。信用ならん奴の意見は聞くふりだけでいいねん。アイツらアドバイスしたいだけやから。我がの人生は我がのルールで我がの世界観でガンガンいったらええねん」
あ、でも信用できる人の意見はじっくり聞きやと宮内さんは付け加える
「はぁ」
「とりあえず、他人の目が気になるんやったら。他人をジャッジするのをやめなさい。こう思われたらどうしようって思ってるってことは、アンタが他人をそう見てるってことやん」
痛いな
心が痛いな
「他人をジャッジするのをやめたら、なにかと楽やで。そう見なくなったら、周りもそう見てないって感じるから、なんか言葉にしにくいけどさ」
「いえ、大丈夫です。わかります」
「そっか。でも、いきなりジャッジするのをやめるのは難しいと思うねんな。朝起きてから寝るまで、人って無意識にジャッジしまくってるから」
何かいつもの宮内さんと違うなあ
「千理ありますね」
「一理じゃなくて千ってこと?ビール飲み過ぎてアホになったんか?」
「いえ」
時計を見ると終電間近だった
宮内さんも同じタイミングで腕時計に目を落としていた
「いこか」
「あの、宮内さん」
「なんや」
「髪の毛の世界にもSNSサービスはあるんですかね」
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