お題語
有真無頼
「生命の躍動」
「どうも。私が庭師のマギーですよ。ほほ。きみが新入りのプランケくんですか」
館の主人に紹介されたこの老いた庭師は、いかにも人がよさそうに笑った。細く垂れる目の上の眉毛と、口周りから顎に沿って生える白い顎髭は、ある程度の長さがありながらも見事に整えられている。こんなところにも庭師の腕が現れているのか、とまだ年端もいかない少年、プランケは思った。
「ほほ。それでは早速、庭師の仕事を与えましょう。なに、見習いのきみにちょうどよい仕事です」
館の敷地の一部――といっても普通の家の数倍の面積はある――には様々な植物が植えられていて、たくましく育った木の幹や伸びるつた、色とりどりの花や果実が一面に広がっていた。植物園のようだ。
マギーはプランケをその一角の植え込みに連れていき、植えられていたひとつの植物を指さした。
その植物は球根のような形で緑の厚い皮に包まれており、皮はてっぺんのところで天に向かって、大きい花びらのように四方に開いていた。プランケはその、自分のへその高さほどもある大きさに驚いた。皮の開いたところから中を覗くと、外側と同じような緑の皮に包まれている。
「これヒミツタマナと言いましてな、熟れるとそれはそれは美しい色をした実が成るのですよ。ほほ。しかし時期がくるまでこうして、厚い皮でその姿を見せないのです。ここにはこうした、不思議な魔法植物がたくさんある。中でもこれは、まあ抜群に手入れが簡単だ。ただ実がなるまで、毎日水をやるだけです。君にはまず、これのお世話を頼みます」
色も形も様々な見たこともない植物だらけのこの場所に連れてこられたときは、いったいどんな仕事を任せられるのかと落ち着かなかったプランケだったが、これには拍子抜けした。こんな簡単なものでよいのかとマギーに尋ねても、
「ほほ。いえいえ君を侮っているわけではありませんよ。なにごとも順序というものがあります。水をやるついで、魔法植物がどういうものか、よく観察してみるとよいでしょう」
と、笑みをこぼしていうばかりであった。
次の日、プランケは館に来て初めての朝食を済ませたあと、ヒミツタマナにジョウロで水をやった。水をまいた瞬間に、まるで喜んでいるかのように揺れて開いた皮をひらひらと振る姿に、これが魔法植物か、と驚く。
昼、そして夕方にも水をやり、その揺れる姿をじいっと眺めた。一個の生命であることを実感させるその動きの他には、特別変わったことは無かった。
ヒミツタマナに水をやりはじめて数日、プランケは異変に気づいた。ヒミツタマナの身(茎?)が、まるで深く呼吸をする胸板のように膨らんだり、しぼんだりしていたのだ。プランケが屈み、両手で触れるとその動きがよくわかった。
それからというもの、ヒミツタマナの水をやってからの動きが徐々に激しくなっていく。そして、皮の開いた部分から、かぐわしい甘い匂いが漂ってきはじめているのにプランケは気づいた。
また数日、水をやるたびに動き、揺れて、弾け飛びそうなほどの生命力を感じさせるヒミツタマナ。大きさだって、最初に見た時より一回りは大きくなっている。
プランケは、ヒミツタマナのその厚い皮の中身が一体どうなっているのか、想像を膨らませていた。もしかしたら、これは卵のようなもので、動物の赤子のようなものが中にいるのかもしれない。またあるいは、たくさんの実が、外へ飛び出そうと皮の中で暴れ回っているのかもしれない。
プランケはこの丸い不思議な植物の世話が、すっかり楽しみになっていた。
またしばらくして、プランケがヒミツタマナに水をやっていると、ギィと何かの裂ける音がした。見ると、ヒミツタマナの開いて花びらのようになっている、厚い皮と皮の間が、根の方に向かって少し裂けているではないか。
そこで初めて、プランケは、ヒミツタマナの皮を剥いで、その中身を確かめてみたくなった。
恐る恐る手を伸ばし、裂け目の横の開いた皮を掴み……ふう、と息を吐いて、手を離した。いけないいけない。実が熟れたら、勝手に皮が剥けて、中身が見れるようになるだろう。無理に皮を剥いだりしたら、いままでの世話の甲斐がなくなってしまう。思い留まったプランケは、ジョウロを手に、ヒミツタマナのある植え込みを背にした。
数歩歩いたところで、何かに呼ばれた気がした。いや、気のせいだ。ただ、あの裂け目が気になって後ろ髪を引かれているだけだろう。そう思ってもう一度、ヒミツタマナに目をやる。元気に揺れている。開いた皮が、まるでプランケを手招きしているように見えた。
プランケは足を止め、ヒミツタマナのそばまで戻った。もうどうしようもなく、その中身が気になるのを止められなかった。
覚悟を決め、開いた皮に手を伸ばす。片手で厚い皮をしっかり掴み、もう片方の手で本体を押さえ、ビリリッと一息に剥いた。
すぐさま左、右、奥の方と、四方に開いていた外側の皮をすっかり剥いてしまった。内側の皮も、外側ほどではないがやはりてっぺんのほうで開いていて、つまんで引っ張れば1番外側の皮と同じように剥けることが容易に想像出来た。さっそく、ビリビリと同じように剥いていく。
すると、その中身は、外側の皮よりすこし白っぽくなった緑色の皮に包まれていたのだが、驚くことに、てっぺんから根の方へ、裂け目ではなくくっきりとした溝が均等な幅で走っていた。まるで木板を張った樽や桶だった。
外側の皮のように大きく開いてはいないが、溝に沿って引き剥がしていけば、つるりと剥けるだろう。プランケはそのようにしてバリバリと中の皮を剥いていった。
ああ、なんということだ。どきどきと期待に胸を打たれて確認したはずの中身だったが、今度は1番外側の皮のように、花のようにして緑色の皮が開いていた。しかし、大きさは最初の見立ての半分以下だ。水をあげた時、あんなに元気いっぱいというふうに躍動していたのに、中身はこんなに小さかったのか? プランケは訝しんだ。それでも、また剥いてみる。
皮だ。
剥く。皮。
皮。皮。皮。
……。
プランケは絶句した。なんと、ヒミツタマナの皮を剥いて、見つけ出そうとしていたその中身は、何もなかったのだ。その厚い皮が隠していたはずの秘密の中身を、プランケはとうとう見ることが叶わなかった。
残ったのは、幾重にも重なった緑色の皮と、植え込みの土に伸びる根ばかりであった。
「ほほ。やはり剥いてしまわれましたか」
途方に暮れたプランケは、立ち尽くすのも飽きて、マギーを呼んだ。せっかく任された、簡単だったはずの初仕事を、自らの手で台無しにしてしまった。申し訳なさに、つい俯いてしまう。
「そう落ち込みなさるな。なんていったって、これはそういう植物なんですから」
え、とプランケは驚いてマギーの顔を見る。やはり、人の良さそうな笑顔を返してきた。
「ほほ、ほほ。そう、熟れると見事な実がなるというのは本当ですが、そうなる手前、近くにいた人を惑わせ、自らの皮を剥かせてしまう、そういう困った魔法植物なのですよ」
マギーはその立派な髭をつるつると撫でた。プランケは目をまんまるくしている。
「意地悪でこれを任せたわけではありませんがね…ほほ。魔法植物は、こういう不思議で、少し厄介で、なんだか憎めない、そういうものだと教えたかったのです。ものごとには順序というものがありますからね。きみが一人前になったとき、またこのヒミツタマナを世話してごらんなさい。きっと素敵なその実を、見られるといいですね」
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