In the Flames of the Purgatory 29

 ――

Aaaa――raaaaaaaaaaaアァァァァ――ラァァァァァァァァァァッ!」

 咆哮とともに――主檣の根元あたりにいた海賊のひとりに襲いかかる。特にそいつを選んだ理由は無い――近くにいただけのことだ。

 腰元に帯びた船上白兵戦用の舶刀カトラスを抜きかけていた赤毛の海賊に向かって、塵灰滅の剣Asher Dustを一閃――抜きかけていた舶刀カトラスの刀身と右腕の肘から先をまとめて切断され、海賊の口から悲鳴がほとばしった。

 とどめを刺すのは放棄して脇を駆け抜け、その背後にいた別の海賊に殺到する――仲間の悲鳴に反応して舶刀カトラスを引き抜いていた海賊の右目に向かって、アルカードは左手に隠し持っていた小さな鋼球を指で弾き飛ばした。

 指弾そのものは白兵戦では珍しくもない武器だが――アルカードの指の力で弾き飛ばす指弾は、そこそこの厚みの鉄板や革製の甲冑の装甲を貫通するほどの威力を持っている。

 そのうえで、尖っていないので体内に入り込むとそこで止まり易い――銃や弓矢、弩に長針や礫など飛び道具全般に言えることだが、標的の肉体を貫通するよりも体内に入り込んでそこで止まったほうが効率よく衝撃を伝えることが出来るうえ、力の無駄遣いも少なくなり、さらに異物が体内に入ったままになることで筋肉の動きを阻害することも出来る。

 爪の先ほどの大きさの鋼球が直撃して眼球が破裂し、舶刀カトラスを取り落とした海賊が顔を押さえて悲鳴をあげる。とりあえずそれで当面の脅威ではなくなったので、アルカードはその海賊も無視して脇を駆け抜け――そのついでに海賊の踝を、金属を仕込んだ長靴の踵で踏み砕くことも忘れない――、その背後にいた別の海賊に襲いかかった。

 自分より手前にいたふたりのとどめを刺さずに放置していきなり突っ込んでくるとは思わなかったのか、その海賊はあわてて舶刀カトラスの柄に手をかけた――だが遅い。

 甲板を削り取る様な軌道で繰り出した逆袈裟の一撃が海賊の左の腰元から入り、肺と心臓を分断して右肩へと抜けた。そのまま斬撃の勢いを殺さずに転身して、足の腱を踏み抜かれて崩れ落ちかけていた先ほどの海賊の背中を引き裂く。

 間合いが離れていたために胴を分断とはいかないが、別に問題無い――背骨を完全に切断すれば、人間は立つことが出来なくなる。

 即死に至るかどうかはわからないが、それもどうでもいい――斬撃は肺を引き裂き、おそらく心臓をかすめている。肺と心臓が破壊され呼吸することも出来ず、脊椎を切断されたことで動くことも出来ないまま、肺に溜まった自分の血で溺れ死ぬだけだ。

「この――」 声をあげて――横合いから襲いかかってきた海賊が、逆手で握った舶刀カトラスを振り下ろす。

 一歩後方にステップする様にして斬撃の軌道から体をはずし、さらにもう一歩後退しながら上半身を捩り込んで、アルカードは先ほどとは逆の軌道で剣を振るった――胴体を腰のあたりから上下に分断され、海賊の体が自分の血と内臓の上に崩れ落ちる。

 そのままサイドステップして、アルカードは前檣と主艢の間の竜骨線上に縛着固定されたボートのそばまで移動した――逆さにされたボートの舷側の縁に脚甲の爪先を引っかけ、そのまま脚を跳ね上げる。

 ボートを固縛していた細い索具がぶちぶちと音を立ててちぎれ、大型のボートが蹴り上げられるままにふわりと宙に浮き上がる――そのボートが再び甲板上に落下するよりも早く、アルカードは真直に振り下ろした一撃でボートの船体を前後に分断した。

 縦に振り下ろした一撃で切断されながらも、ボートは蹴り上げられた勢いで上昇することをやめていない――見る者が見ればその絶技に瞠目を禁じえないだろうが、あいにくここにいるのは雑魚ばかりだ。

 その斬撃で撃墜されること無く勢いの限界に達して一瞬だけ宙で静止したボートの半分を、左前方にいた海賊たちのほうに向かって蹴り飛ばす――ついでアルカードは今度はボートの後ろ半分を、落下するより早く蹴り飛ばした。

 最初に蹴り飛ばしたボートの残骸が左舷側、おそらく前艢横帆の操帆に就いていたであろう数人の海賊を薙ぎ倒す――甲板に触れる事無く水平に飛んできたボートに巻き込まれて舷側の内側に叩きつけられ、そのうちのひとりが仲間の舶刀カトラスが体に刺さったのか絶叫をあげた。

 ついで同様に一度も甲板に触れることなく甲板上を滑る様にして飛んでいったボートの残り半分が右舷後方にいた海賊三人を巻き添えに、そのまま舷側を越えて海中へと落下してゆく。

「さてと――」 塵灰滅の剣Asher Dustを肩に担いで、アルカードは周囲を見回した――残る海賊は甲板上にいるのはボートに潰された者も込みにして三十二人。

 この規模の船体を動かすなら――横帆が多いこともあって――おそらく五、六十人は必要になるだろうが、それからすれば甲板上にいる人数は少々少ない。横帆に比べて縦帆のほうが操作人数は少なくて済むという様な話をアマリアがしていたが、それを考えると五、六十人というのは妥当な数字だろう――無論外洋の長期航海には不足な数字だが、彼らは交易船の様な長期航海をするわけではないから交代で当直につく必要は無い。たまたま海上で獲物を見つけなければ、沿岸の村に出向いて略奪して帰るか魚釣りくらいしか用事はあるまい。

 すでに見当たらない者たちは、おそらくたぶん先ほどの衝撃波で船尾楼ごと親分を吹き飛ばしたときに巻き添えを喰らって吹っ飛んでいったのだろう――親分なら親分らしく、華麗に跳躍して衝撃波を躱すくらいのことはしてほしいものだが。とりあえずいない者のことはどうでもいいので、アルカードは片手でぞんざいに手招きしながらゆっくりと笑った。

「――次は誰だ?」

 

   *

 

 おそらく彼らが足を踏み入れたこの建物は、研究施設かなにかなのだろう――入るなり壁一面に設けられた巨大な調製槽を目にして、リーラは顔を顰めた。

 おそらく現代的な技術を転用して作られたであろう人工的な外観の無数の調製槽にはいくつものチューブを介して、場違いなほどにおどろおどろしく胡散臭げな装置が接続されている。チューブは調製槽の上部を塞ぐ蓋状の部品に接続されており、その蓋からいくつもの繊毛状のケーブルが、内部に収まったモノへと接続されていた。

 壁際に設置されたうちのひとつに、歩み寄る――時々こぽこぽと音を立てて底から気泡の昇るやや青みがかった透明な液体で満たされた調製槽の内部に、まるでオリーボール――塊状のドーナツ――の様な形をした肉の塊が浮いている。

 内部の培養液が成分の沈殿を防ぐために攪拌されているからだろう、肉の塊はゆっくりと回転しているらしい――内部に浮いていた肉塊が、それまで影になっていた側をこちらに向けた。

「……ッ!」 思わず声をあげて、後ずさる――手も足も無い巨大な肉塊の真ん中より少し上のあたりに、人間のものによく似た顔があったのだ。まるで不器用な人間が完成させた福笑いの様な、男のものとも女のものともつかないいびつな顔が張りついている。

 顔の皮膚はところどころ、というよりも大部分がケロイドの様に爛れており、肉塊の部分はその表面積のほとんどに皮膚が無く、肉が剥き出しになっている。

 言葉も無く立ちすくんでいると、肉塊の表面に張りついた顔がそれまで閉ざしていた瞼を開いた。

 まるで死んだ魚の様な瞳孔の開ききった瞳が――真正面からリーラの視線を捉える。

 脳死状態の人間が呼吸するのと似た様なものかと思っていたが、違ったらしい――まるで瘧の様に肉塊の表面がぶるぶると蠕動し、肉塊に張りついた顔がなにを伝えたいのか悲痛に表情をゆがめる。

 うつろな光を湛えた目が肉塊の回転に逆らう様にこちらの姿を追ってぎょろりと動き、リーラの目を真正面から見据えた――次いで、爛れてぶくぶくに膨れ上がった唇が激しく動く。

 まるでなにかを訴えかけるかの様に、明らかに言語と思える規則性を持って――やがて声が出ていないことを理解したのか、それとも通じていないと判断したのか、顔は悲しげな表情でこちらを見つめるだけになった。

 思わず緩んだ指の隙間から取り落とした太刀拵えの日本刀が、床の上でがしゃりと音を立てる。ひどい嘔吐感に襲われて、リーラはその場に膝を突いた――まさかこの肉塊が、目の前に立っている人間を認識して話しかけようとするほどの知能を持っているとは思っていなかったのだ。

 咳き込んでいる彼女の背中を軽くさすってから、ベルルスコーニがゆっくりと回転する肉塊に視線を向けた。

 肉塊の表面に張りついた顔はまるで彼女になにかを懇願するかの様に、あるいは驚かせたことを詫びるかの様に――またあるいは自分が正視に堪えぬ姿になり果てたことを再認識して歎くかの様に、悲しげな表情を湛えたまま再びこちらから陰になる角度に姿を消した。

「これ、これは――」 リーラは聖堂騎士だ――アルカードに率いられて凄惨な殺戮の酸鼻の中に身を浸したことなど珍しくもない。吸血鬼に襲われたことで噛まれ者ダンパイア喰屍鬼グールになった人間をその手にかけ、血を、脳漿を、内臓を目にしたことも数知れない。

 だが、これは――

損種実験体ロストナンバー102815、か――」 調製槽の上部に貼りつけられたプレートを、ブラックモアが感情のこもらない声で読み上げる。

 彼は小さく舌打ちして、壁際に並んだ調製槽を見遣った。

 視線を追うと、それぞれの調製槽の中に無数の肉塊が浮いている――いずれも損種実験体ロストナンバー、この肉塊たちをこんなふうにした人間が望んだ姿にならなかったために、出来損ないの烙印を捺されたものたちなのだろう。

 あるものは鰭の代わりに手足の生えた魚の様な外見、あるものは胴体は人間のものだが両手足の代わりにミミズの様な触手が生え、頭部には顎先から額まで縦に裂けた口があり、その両側に目と耳がついたおぞましい姿、あるものは頭の無いゴリラの様な姿で、胸と腹、両肩に合計四つの顔が張りついている。

 女性的な胸と男性器の両方を備えた人間の様な姿をした個体は頭部に逆さにした試験管の様なものが三本突き刺さっており、人間の腕くらいの太さの試験管の内側には明らかに脳組織と思しきものが満ちている――ヒトとしての知能は保っていないのか、膝をかかえた様な姿勢で調製槽の中に満たされた培養液の中でゆっくりと回転しながら、こちらの姿を視線の先に捉えてもなんの反応も示さない。

 人間の体が甲虫の外殻に覆われた様な外見のものもいる――その一方で、眼前の調製槽の中に浮いている肉塊の様にただの肉の塊になり果てたものたちもいた。

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