Dance with Midians 23


「すみません、でした」

「あん? なにが?」

「●●●にお口でご奉仕するのを拒否して、すみませんでした。わ、わたしの――」 屈辱に肩を震わせながら、少女が蚊の鳴く様な弱々しい声を出す。

「わたしの、汚い舌で、貴方の●●●を舐めさせて、ください――わたしの汚い口を、貴方の●●●で綺麗にしてくだ、さい――」 耳をふさぐことも出来ないまま、理紗は泣き濡れる少女の姿から視線をそらした。どれだけ彼女を辱めれば気が済むのか。

「よぉし、仕方ねえな。おまえなんぞの汚い口に突っ込んでやるにはもったいねえが、いいぜ――思う存分しゃぶりにしゃぶって、汚い口を綺麗にしな」

 せめて見ない様にしているのか、少女がギュッと目をつぶって口から舌を出す。

「おっと、目を開けろ」 男の言葉に、少女が目を開けた――屈辱と恐怖と嫌悪感に泣きながら、少女が汚らしい肉の棒の先端に舌先を近づけようとしたとき――

 ごしゃ、という嫌な音とともに、少女の頭を捕まえていた男の両手から力が抜けた。続いて十六ポンドのボールが床の上に落下する、ごとんという重い音。

 同時にそれまで少女の口腔を凌辱しようとしていた男が、横倒しに床の上に倒れ込む――子供が癇癪を起こして床に叩きつけた人形の様に床の上に倒れ込んだ男のそばに、先程まではそんな場所に無かったボールが転がっている。おそらくは頭を狙って横から投げつけられたのだろう、男の側頭部が大きく陥没し、白目を剥いて泡を噴きながら痙攣していた。

「な――竜太!?」 それが男の名前なのか、ほかの男たちがその名前を最後まで口にするいとまも無い。続いて先ほど逃げ出しかけた少女を捕まえた男ふたりが、同様に横手から猛烈な勢いで飛来した七ポンドと十二ポンドのボールに頭を直撃されて床の上に倒れ込んだ。

「ありゃ、ストライク――死んだかな?」

「あれくらい避ける反射神経も無いとは。まあ死んだから誰が困るわけでもないし、問題無いだろう」

 日本語で話しながら姿を見せたのは、ふたりの外国人の男だった。

 ひとりはキリスト教の聖職者が着る様な法衣を身に纏い、手には赤く染まった長い布包みを持っている。百九十センチ近い長身で、法衣の上から鍛えられた肉体がはっきりとわかった。

 もうひとりは法衣を着た男よりも、十は年下に見える。外国人なので年齢がわかりにくいが二十代前半、否十代後半かもしれない。青年というより、少年といっても通じそうな若々しい男だった。見た目だけなら自分ともそう変わらない様に見えたが――信じられないほどの深みと落着きを宿した深紅の瞳は、到底同年代には見えない。

 引き込まれそうな深みのある瞳に、今は燎原の様な苛烈さと凍土の様な酷薄さが同居している。

 背丈は百八十センチには届くまい。癖のある長い髪をうなじのあたりで束ねており、相棒とは対照的に異常に生地の分厚い漆黒の革のコート、その下に上半身はナイロン製のポーチがたくさんついたベスト、下半身には真っ黒な素材で作られた甲冑を着込んでいる――コスプレのたぐいではなく本物の甲冑なのだろう、彼が身じろぎするたびに装甲板がこすれあって音を立てていた。

 金髪の男は、左手に十五ポンドのボールを持っている――どれだけの握力があればそれが出来るのか、彼は穴に指を入れずにボールを掴んでいた。全部がそうかはわからないが、三個投げたうちの少なくともいくつかは彼がボールを投擲したらしい。彼は手にしたボールを適当に投げ棄てると、床の上にうずくまったまますすり泣いている少女のそばに歩み寄った。

 コートを着込んだ青年が少女のかたわらで足を止め、彼女の体にのしかかる様にして倒れ込んでいる男――先程まで少女を抑えつけていたうちのひとり、茶髪の男の体を引き剥がした。彼らふたりのどちらかが投げつけたボールが頭部に命中したせいで意識を失い、少女の体の上に倒れ込んだのだ。

 甲冑を着込んだ青年が八十キロはあろうかという体をまるで羽毛布団かなにかを引っぺがす様に軽々と引きずり起こして、そのまま適当に横に放り棄てる。その拍子にボールが直撃した左側頭部がこちらを向き、頭蓋が完全に陥没しているのがわかった。

 ごんという音とともに顔面から床に叩きつけられ、空気中に出たカニみたいにぶくぶくと泡を噴きながら痙攣している男には視線も呉れないまま、コートを着た青年が足元にいた少女の体を抱き起こす。

 彼は抱き起こした少女の首筋に手を触れてから、顎を掴む様にして顔を自分のほうに向けさせた。なにを観察しているのかしばらく彼女の眼を覗き込んでから、

「大丈夫か?」

 気遣わしげな口調でそう問いかけながら、コートを着た青年が小ぶりの折りたたみナイフを取り出した。黒いグリップを軽く手首のスナップで回転させる様にして、収納されていたこちらも黒く塗装された刃を起こす。

「タイラップを切るぞ。動くなよ」 彼はそう声をかけて少女の背中側で手首を括った結束バンドを切断すると、手にしたナイフのグリップ側面の押しボタンの様なものを操作して手首のスナップで刃をグリップの中にしまい込んだ。

「怪我は?」

 少女は返事も出来ない様だった――無理矢理連れ去られて穢され脅されたあとなのだ、無理もあるまい。もっとも少女の宿した恐怖の表情の理由はそれだけではなく、躊躇無く人間の頭蓋骨を陥没させた彼らふたりの行動にもあるのかもしれないが。

 金髪の男はなにも言わずにナイフを懐にしまいながら少女から離れ、下半身に朱の混じった汚らわしい白濁液がこびりついたままになっている少女のあられもない姿に顔を顰めた。

「すまんな。なにか服でも貸してやりたいが、俺の服は君が着られる様なものじゃなくてな」

 彼はそう言って先程空き缶の様に脇に投げ棄てた男の首根っこを掴んで自分のほうに引き寄せると、男の上着を剥ぎ取って彼女の体にかけてやった。

「おい、なんなんだてめぇら!?」 坂崎の問いかけを無視して、コートの青年ががりがりと頭を掻く。

「……で、当たりか?」 法衣を着た青年が、床の上で泡を吹きながら痙攣している茶髪の男を見下ろしてそう尋ねた。

 尋ねた相手はコートを着た青年だろう、もちろん――コートを着た青年は嫌そうに溜め息をついて、

「ああ、こいつら全員サーヴァントとダンパイアだ。当たりだがはずれだな――ここには奴の仕掛けた術式とゴミの山はあっても本人はいない。どうやらあの女狐、術式だけ作ってすでにフケたあとだな」 彼はかたわらにいる法衣姿の青年の言葉にそう返事をして、足元の少女を見下ろした。

「どうやら、彼女は喰われてない様だが」

 耳元で聞こえた乾いた銃声に、理紗は竦み上がった。ふたりの男たちは坂崎が彼女の肩越しに据銃した拳銃と、そこから発射された弾丸が床に穿った弾痕を見比べている――が、彼らが示した反応はそれだけで、さして気に留めている様には見えなかった。

「なんだって聞いてんだよッ!」 彼らが思い通りの反応を示さないことに苛立っているのか、坂崎が怒声をあげる。

 コートを着た青年はその怒声にふうと溜め息をついて、

「別におまえらに用は無い。その娘だけ解放して、あとはどこでも好きなところに行きな」

 片手で顔の右半分を覆いながら、そんなことを言ってくる。

「そのお嬢ちゃんをおとなしく解放するんなら――見逃してやるよ、ガキども」

「見逃すだ? ナメてんのかてめェら、ああ?」

 理紗の髪の毛を掴んで乱暴に引き起こし、坂崎が声をあげる。

「やれやれ、美女とその素材は人類の宝だぞ。将来が楽しみな磨けば光りそうな素材なのに、ずいぶんな扱いだな」 コートの青年がふうと溜め息をついて、そんなつぶやきを漏らす。

「――そんな程度しか使い途の無い手なら、必要無いだろう」

 え? コートの青年の口にした言葉に疑問をいだくより早く掴まれていた髪が拘束から解放されて、彼女はその場に膝を突いた。

 同時に、頭上で坂崎のみっともない悲鳴があがる――十メートル以上離れた距離からいったいなにをされたのか、それまで彼女の髪の毛を掴んでいた坂崎の左腕が肘の先から焚きつけの薪の様に折れている。まるで割り箸を折る様に肘と手首の中間あたりで真っぷたつにへし折られ、皮膚と筋肉を突き破って骨が飛び出していた。

「てめェッ!」 男たちが声をあげながらナイフや警棒、ヤクザから手に入れたものらしい拳銃を取り出してふたりを取り囲む。

 殺される――きっとあのふたりは殺される。

 彼らの仲間を傷つけた以上、ふたりはそれこそ嬲り殺しにされるだろう。そしてそのあと、自分とあの少女は収まりきらない怒りや苛立ちをぶつけられて今以上の辱めを受けるに違い無い。散々に穢されたあと、脚を開かされて汚らしい液体が秘裂と肛門、口からあふれ出して肌を汚している写真を撮られた、それ以上の屈辱がどんなものなのか、これまで経験の無かった理紗には想像も及ばなかったが。

「ちなみにさっき言ったのは嘘だ。おまえらがなら、逃がしてやってもよかった。でもふたつの理由からその気は無くなった」 金髪の青年は顔の半分を覆っていた手を下ろしながら、

「ひとつ、おまえらはもう人間じゃない。ふたつ――この子たちの状態を見るに、生かして逃がすわけにもいかん。殺しておいたほうが世の中のためだ」 殺しておいたほうが――彼は今はっきりとそう言った。死刑宣告を口にした彼の両眼が、ほかの男たちと同じ様に深紅に輝いている様に見えたのは気のせいだろうか。

 否――照明範囲の端のほうにいる金髪の男の両眼は、薄暗がりの中でレーザーポインターの様にはっきりと光っている。

 その足元で――異変が起こっていた。投げつけられたボールの直撃を受け、ことごとく頭蓋を陥没させられて床の上で痙攣していた男たちの皮膚が見る見るうちに黒ずみ乾燥し始めている。毛髪は手入れ不足の髪の様に細かくちぎれ、爪は萎びて、やがて藁灰の塊であるかの様に崩れ始めたのだ。

「なんだと、てめえ――」 目の前で起こった異変に驚いていないはずはないだろう。それをごまかすための虚勢か凄んでみせる男たちに向かって、青年は気楽に手を翳した。

「まあ待て」

「あ? 命乞いか? もうおせぇよ」 一気に襲いかかるよりも絶望感が増すと思っているのかそんな返事を返す男たちに、金髪の青年が再び嘆息する。

「ああ、どうやらそうみたいだ――」 こちらの足元の床を見下ろして――コートの青年が適当に肩をすくめた。その視線を追ってみると、床の上に先ほどまでは無かった黒い線が走っている。

 いつの間にそんなものが出来たのか、床には正円の円上に頂点を置いた六角形がふたつ、角度を変えて描かれている。円の外側には複雑な模様とも文字ともつかぬものが描かれ、それをさらに正円が囲っていた。

「――もうおせぇ」

 ぽうと虹色に輝くその陣を目にして、理紗は眼を見開いた――これはまるで、オカルト雑誌にでも出てくる魔法陣の様だ。

 それがなにを意味するのかは、理紗には理解出来なかった――だが次の瞬間視界の左半分を埋め尽くした灰色のものが、坂崎の胴体を背中から貫通して串刺しにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る