Dance with Midians 21

 

   *

 

 そこはボウリング場だった。正確に言うと、ボウリング場の廃墟だった。

 柱の向こうからレシプロエンジンの駆動音が聞こえてきているのは、どこかから盗んできたものらしい発電機の駆動音だった。廃墟同然のこの建物の中で夜中に照明が確保出来ているのは、その発電機のお蔭だった。フレームを備えたホンダのレシプロ発電機が配電盤近くに置いてあり、周りにいる連中の中に電気に詳しい者がいるのか、その発電機と配電盤をいじって照明の一部を点燈させているのだ。

 さすがにホール全体の照明を点燈させるというわけにはいかないのだろうが、どうせこのだだっ広い空間すべてを利用するわけではないからそれで十分なのだろう。

 十分な広さがあるので酸欠の心配が無いからか、照明範囲の端のほうでは床の板材が剥がされてコンクリートが剥き出しにされ、そこに半分に切られたドラム缶が置かれている。どうせ食材も燃料も盗むか奪うかするのだろうが、彼らがそれを使って焼肉をしているのを見たことがあった。

「――っトラーイク」 がこーん、と音を立てて不器用に並べられたピンの列をボールが薙ぎ倒す――ボールリターンやピンセッターといった機械装置は使えないので、ピンやボールが奥に落ちない様にレーンの一番奥は細く切ったベニヤ板で開口部がふさがれており、そこに跳ね返ったボールをレーンの脇で控えていた男のひとりが無造作に足で受け止めた。

 男が受け止めたボールをレーンの両脇にあるバンパーの一方に落とし、こちらに蹴り戻してくる――それを受け止めて、先ほどボールを投じた男、仲間からは坂崎と呼ばれていた男がこちらを振り返った。

「どう、彼女? 楽しんでる?」

 残念ながら、彼女――坂本理紗にはそれに答える様な余裕は無かった。正直に言ってしまえば、今にも失禁しそうなほどにおびえていたのだ。

「坂ちゃん、次どれ剥くよ?」

「とりあえずスカーフにしとくか」 坂崎の言葉に、隣に腰かけていた男が、彼らの暴行の際に振り撒かれた液体で汚れたスカーフを乱暴に毟り取った。必死で意識から締め出そうとしていた、スカーフに染み込んだ白濁液の放つ生臭い悪臭が嗅覚を刺激する。

「でも坂崎さん、これ以上もう脱がすもん、あんまねぇっすよ?」 という男の言葉のとおり――理紗はもうほとんどなにも身につけていなかった。ただ単に男たちがそのほうが興奮するからだろう、乱暴に組み伏せられたときに破れたセーラー服の上だけは一応着ているものの、スカートもパンティもブラジャーも着けていなかったのだ。

 もう何日前だろう? 高校からの帰り道、人通りの少ない鎌倉市郊外の道路で路上駐車していたフルスモークのミニバンの車内に無理矢理引きずり込まれたのは。

 ミニバンからちょっと離れた場所に立ち、地図を片手に道を尋ねるふりをして声をかけてきたのは、あの坂崎という男だ――ほかの男たちと違ってきちんと整えた黒髪で、ラフではあるが清潔感のある格好をしていた。話し方もそのときは理性的だったし、そんな青年がまさかけだものの群れを率いて獲物を探していたのだなどと、どうして想像出来ただろう。

 地図を覗き込んだ理紗をいつの間にかミニバンから出てきた数人の男たちが抑え込み――たまたまそこに通りかかったもうひとりの少女もついでの様に捕まえて、彼らはこの場所にふたりを連れてきた。

 そのあとのことは思い出したくもない――男たちは下品な笑みを浮かべながら寄ってたかって薄汚い手でふたりの体を抑えつけ、理紗は抵抗も出来ないまま制服のスカートを毟り取られた。スカートを無理矢理脱がされて下着を剥ぎ取られ、未熟な胸のふくらみを汚らわしい手で捏ね回され、穢れを知らぬ秘裂に不潔な指を捩じ込まれたのだ。

 誰も来ないのがわかっているのだろう、あるいはそれも愉しんでいたのかもしれないが、彼らはふたりの口を塞ごうともしなかった――嫌悪感と恥辱と激痛と恐怖に思うさま泣き叫ばせながら、彼らは小汚い肉の棒でふたりの純潔を引き裂き、そのあとはかわるがわるにふたりの身体を蹂躙し続けたのだ。

 そうしてもう何日が経っただろう――理紗が生まれてすぐに父を交通事故で亡くし、女手ひとつで自分を育ててくれた母は、今頃きっと心配しているだろう。

 口に捩じ込まれたおぞましい肉の塊の、それが直前に一瞬膨れ上がったあと口の中で解き放った汚物が喉に絡みつく瞬間の、吐き出そうと咳き込むことすら許されずに無理矢理飲み込まされた粘液が喉を下ってゆく瞬間の感触と発射と同時に鼻腔いっぱいに広がった生臭い異臭、床の上にしたたり落ちた液体を嘗め取らされ、飲み込まされた屈辱が鮮明に蘇る。

 十数人がかりでかわるがわるに凌辱されたあと、全身に振り撒かれた白濁液の悪臭と、胎内に幾度となく放出された液体が秘裂からあふれ出して伝い落ちる感触が脳裏に浮かんで理紗はギュッと目を閉じて拳に力を込めた。

 忘れようとしても一生忘れられない、女性としての尊厳を滅茶苦茶に蹂躙された瞬間を思い出して身震いする――もう自分は綺麗ではない。告白もしていなかったバスケット部の同級生の、さわやかな笑顔が頭に浮かぶ。

 途中まで一緒に帰って別れたあと家路を歩きながら、明日こそ胸にいだいたこの想いを告げようと決心して――明日また話すのをなによりも待ち遠しく思っていたのに、秘裂はもちろん口、肛門に至るまで男たちの子種で汚された自分を彼がどんな目で見るだろうかと考えると、今ではもう彼の視界に入るのも恐ろしい。

 知られてしまったら、きっと彼はもう彼女に心からの笑顔を向けてはくれない。

 自分もきっと、今までの様に彼に接することなど出来ないだろう。たとえ再び彼に会えたとしても、どんな話をすればいいのだろう。

 今となっては帰り道を歩きながら幾度となく脳裏に思い描いた告白の瞬間をなぞり、相手の目を見て胸にいだいた愛を告げることなど出来ないだろう。

 否、たとえ想いを告げられたとしても、自分はどんな顔をして彼に気持ちを伝えればいいのだろう。

 きっとばれる。この男たちは、写真をネットに流すと脅していた。顔を隠してなどくれないだろう。どんな回り道をたどっても、脚を開かされて子種にまみれた姿を余すところなく収めたその画像は必ず彼の目に入る。

 否、あれだけ何度も体内に発射されたのだ。この薄汚いけだものどもの子供が出来ているかもしれない。もし出来ていたらどうしよう。病気がうつっているかもしれない――なにしろ記憶にある限り、ふたりはこの場にいる全員に凌辱された。女を共有するのと同様に、性病も共有しているだろう。

 小さな町だ、病院になど行ったらきっと誰か知り合いに見られる。産婦人科医に勤める近所のおばさんは、そんな仕事のくせに口が軽いことで有名だ。

 知られたが最後、自分が病院にやってきたことは翌朝には町の人口の半分に広まっているだろう。

 知られたら、彼はどんな顔をするだろうか。

 誰とも知らない男に穢された自分を嘲笑うだろうか。それとも薄汚れた襤褸布を見る様に、嫌悪の眼差しで見るだろうか。近づかれるのも汚らわしいと、罵倒の言葉を浴びせられ拒絶されるだろうか。それとも、一度穢されてしまった体なら何度汚れても同じだと、この男たちと同じ様に獣性に任せて欲望の赴くまま、愛する女性ではなくただの性の玩具として、貪る様に彼女を凌辱するだろうか。

 もしなにも知られないまま、彼に想いを受け止めてもらえたとしても――結ばれるとき、彼女はどんな顔をして彼を受け入れればいいのだろう。

 乙女ではない自分を知って、彼はどんな顔をするだろう。はじめてを捧げられなかった自分を、彼はどんな目で見るだろう。

 否それ以前に、結ばれる瞬間にこの記憶を思い出して恐怖に泣き叫ばない保証が、どこにあるのだろう。

 会いたくない。会うのが怖い。知られたくない。狂ってしまいたい。消えてしまいたい。死んでしまいたい。

 そんな彼女の絶望など知らぬげに、坂崎は振り返って下品な笑い声をあげた。

「あー、そんじゃあれだ、●●●の毛ぇ剃ろうぜ。マジ笑えっから」 坂崎が道を聞かれたときとは別人の様な口調でごろつき仲間にそう返事を返し、レーンの向こうでピンを並べ直している連中のほうに視線を戻した。ピンが並んだところで、もう一度ボールを投げる――今度は途中でガターに落ち、ピンを並べる役のひとりがそれをベニヤ板にぶつかる前に脚で受け止めた。

 もうひとりの自分と同年代の十代後半の少女が、少し離れたところで椅子に縮こまっている――両腕を背後に回したままなのは、自分と同じ様に男たちが用意した電気配線用の結束バンドで親指を後ろ手に縛られているからだ。

 彼女が叱られた犬の様に怯えているのが視界に入ってくるおかげで、理紗は逆に自分が泣き出しそうになるのをなんとか堪えることが出来ていた。

 自分と同じ様にひどい有様で、自分と違うのはセーラー服ではなくブレザーのシャツを身に着けていることくらいか――ゴロツキどもの趣味なのか、シャツだけ着せられたまま、あとは下着一枚つけていない。面白半分にベルトを鞭の様に使って打擲を加えた者がいるせいで、太腿に無惨な蚯蚓腫れが出来ていた。

 逃げられない様に見張り役なのだろう、かたわらに腰を下ろした金髪の男に胸や内腿をまさぐられるのに耐えながら、現実から逃れる様にギュッと目をつぶっている。

 可哀想だとは思ったが、理紗自身にもなにかしてやる様な余裕は無かった。

 下腹部から垂れてくる粘り気のある液体が、脚の付け根を伝って腰を下ろしている椅子の座面を濡らしている――力ずくで穢された記憶は意識から締め出そうとしても肌を伝う汚物の感触によって鮮明に蘇り、彼女の心をさいなんでいた。

 膂力では到底かなうべくもない男たちに体を抑えつけられた理紗をかわるがわるに凌辱した暴漢どもの顔が、目を開くと厭でも視界に入ってくる――けれど眼を閉じると今度は薄笑いを浮かべながら寄ってたかって体中を撫で回してくる男たちの姿が瞼の裏に浮かんでくる。

 なんとかして現実から目をそらそうにも、両隣を固めている男たちが胸や太腿、内腿の秘裂を無遠慮にまさぐってくるためにそれも出来ない。

 少女の両脇を固めた男たちが彼女に何事かへらへらと話しかけながら、胸と下腹部に手を這わせている――愛しい女性の反応を探りながら行う、相手の快感をいざなうための愛撫などではない。ただおもちゃをいじり回して遊ぶ、自分勝手な手つき。加減もなにも無く、少女の苦痛も気に留めず、未熟な胸のふくらみを滅茶苦茶に捏ね回し、突起を指で潰し、純潔を破られたばかりの性器に指を根元まで突っ込んで掻き回している。

 自分の両隣にも同じ様にゴロツキがふたりいて、胸や腰、太腿や下腹部をいじっておもちゃにしている。素肌の上を蛞蝓が這い回っている様な嫌悪感に耐えながら、理紗はその感触を意識から締め出そうと唇を噛んだ。

「なあ、お姉ちゃん――どう? 気持ちいいだろ? 俺これでもテクには自信が――」 下腹部をいじりながら話しかけて、左隣に座っていたチンピラが頬にべろりと舌を這わせる。体が一度震えたのは、無論生理的嫌悪感によるものだった。

 なにが気持ちがいいものか。破瓜の傷が癒えてもいないというのに、薄汚い不潔な指を突っ込まれて無遠慮に掻き回されてもただ痛いだけだ。時折爪が引き裂かれた純潔の証を引っ掻くたびに痛みが走り、体が震える。けれど連中をこれ以上喜ばせたくなくて、理紗は懸命に声を漏らすのをこらえていた。

 彼女が黙っていると、男はそれが気に喰わなかったのか、いきなり彼女の髪の毛を掴み上げた。髪の毛が引っ張られる激痛に椅子から腰を浮かせると、男は理紗に顔を近づけて、

「聞いてんだよ、コラ――質問には答えろってガッコで習ってねえのかよ、ああ?」

 男の息が顔にかかると同時に、噎せ返る様な異臭が押し寄せてくる。たっぷりと全身に振り撒かれ肌に染みついた男たちの子種の臭いとは違う、アルコールと煙草と血生臭い臭いの混じった異臭。

 ここ数日で、彼らの行動パターンは明らかに変化していた。

 彼らはふたりにまともな食事を与えようとはしなかった――彼らは元は事務所だったらしい部屋にふたりを監禁し、わざわざ床に打ち込んだものらしいアイボルトに金属製の手錠でふたりをくくりつけ、脱走出来ない様にして閉じ込めていた。

 そんな環境でまともな食事など望むべくもなく、彼らは気の向くままにふたりの体と心と尊厳を凌辱していたが、一応朝と昼と夜の一日三回、近所のコンビニで調達したものらしいペットボトル入りの水と菓子パンを投げ込んできていた。

 それがこの三日ほどの間、明らかに変化していたのだ。

 まず、昼間に出かけなくなった。

 食糧やらなんやらを買いに出かけたりするために、昼間に出かけることもよくあったのだが――この三日間、彼らは全員この廃墟の中にそろう様になった。どうせ盗んできたものだろうがテレビゲームをしたり、漫画を読んだりして暇を潰し、発情した者は数人がかりで自分たちを凌辱する様になった。

 それだけならこの薄汚い猿どもの行動パターンとしては別段珍しくないのだろうが、昼間は一切買い出しに出なくなり、結果として彼女たちに与えられる食事は夕方の一回だけになっていたのだ。

 とはいえ、行動パターンに偏りが出たといってもそれで逃げ出せる隙が出来たわけでもない――彼らはふたりが逃げ出せない様に用が無いときは必ず事務所に手錠で拘束し、凌辱するときも必ず少女ひとりに対してふたり以上で襲ってきていた。もしひとりがなにかの拍子で取り逃がしても、もうひとりがすぐに捕まえられる様にするためだろう。

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