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あ、借りてた本忘れた。
下校途中、ふと友達に借りていた本を忘れたことに気付く。明日は土曜だ。週明けにはさすがに返さないといけない。
「仕方ないなぁ」
面倒だけど、学校まで取りに戻ることにした。
部活動に励む生徒たちの声と、色んなボールの音。それから吹奏楽の音が、誰も居ない廊下に響く。
夕焼けになっているといってもまだ明るい筈なのに、どうしてこうも人影のない校舎は薄気味悪く感じてしまうのだろう。さっさと取りに行って、さっさと帰ろう。
早足で教室まで向かうと、そろり、と躊躇いがちにドアを引いた。誰がいるわけでもなかろうに、音を立てることに気が引けた。
頭を教室に突っ込んできょろり、と中を見渡す。無機質な机とイス、ロッカー、教壇、黒板が目に入る。
「ふぅ」
無意識に安堵の息を吐いて教室に足を踏み入れた。今日で試験は全て終わったので、机は真ん真ん中から、窓際の一番前の席に移動してある。
教壇の上を通って自分の席まで行くと、イスを引いて机の中を見る。右端のビニールの袋に入った本を取り出した。
良かった良かった。これで週末に読んでしまえは、安心して返すことが出来る。
ほっと胸を撫で下ろした瞬間、教室の扉が、ガラッ! と勢いよく音を立てて開いた。
息を呑むと、廊下からの明かりで逆光になった人物が現れる。
誰っ!? と驚いた拍子にしりもちをつく。椅子が後ろの席の机に当たって大きな音が教室に響いた。
「ご、ごめんなさいっ」
逆光から聞こえたのはあの、心地いい声だった。突然現れたのは佐藤先生だった。
「驚かせるつもりはなかったんだけど・・・」
パチパチ、と瞬きをすると、駆けつけてくれた先生が眉尻を下げて困ったように笑う。それから手を差し伸べてくれた。見上げるようにして先生を見つめる。
あぁ、好きだなぁ。
困ったように笑う顔も、耳に心地いい声も、身長が低いことを気にしていることも、髪を掻き上げる仕草も、細い指も。
「立てる?」
きらり、と視線の先で光る。先生はアクセサリーを付けない――指輪以外は。
「・・・はい」
シルバーの華奢な指輪は、先生の細い薬指に良く似合う。片思いの先生は既に誰かのお嫁さんだった。
この恋は叶わない。
生徒と先生。しかも人妻。
漫画みたいに、大人になったら結婚して結ばれる、なんてそんなことは絶対にない。夢物語で、絵空事で。やっぱり漫画は漫画なのだ。先生と結ばれることなんて永遠にない。
伸ばされた手にそっと自分の手を重ねて、立ち上がらせてもらう。
この手を離さなければ――なんて。
ありえない。先生で人妻なのだ。どんなに願ったって、この恋は実らない。だって――
「あっ、スカート汚れちゃってる」
――私は女の子。これから先、絶対に先生と結ばれることは無いのだから。
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