第18話 死力戦
赤いカーテンが夜の空全体にかけられている。
それが最初の印象だ。
陰の気がが高まるにつれて、ゆっくりとカーテンが開かれていく。
気がついたら空という空を鬼が埋め尽くしていた。
周囲の青々とした森が、奇妙な形をした枯れ木へと変貌していくのが気配でわかる。。
空から溢れる瘴気が原因だ。本来奴らと遭遇する奈落は現界から少し位相がずれるのだが、ここまで大きな門だ。漏れる瘴気だけでもかなりのものだ。この辺りは現界でも被害は甚大なものだろうな。
一匹一匹は豆粒みたいな大きさだが、次第に空よりも点の方が多くなっていくのが嫌でもわかる。
それがだんだんと大きくなってくる威圧感は相当なもんだ。
奴らはまっすぐに降下して来ている。最初の敵が俺たちだってわかっているんだ。
こうなると飛輪に所属する鬼祓師としてやることは一つだ。
「月雲、シンヤを頼む。清十郎、行くぞ」
鬼から人々を……いやそんなきれい事はいらねえ。自らの身を守るために協力し合って迎え撃つしかない。
全員が俺たちから注意を上空へと向ける。
誰もかれも緊張で表情が強ばっていた。もちろん俺たちもだろうさ。
清十郎にやられて気を失っていた三人も、その間に術で意識を取り戻した。
起きてすぐの光景に少しパニックを起こしたが、さすがはプロだ。すぐに状況を理解し準備を整える。
「ワルプルギスの夜が始まった。準備は不足も我らの本分は鬼より人々を守ること。総員迎え撃て!」
小角の声に全員が館から飛び出すと迎撃体勢を取った。
俺たちを攻撃するために召喚した式神や眷属達、準備した術はそのまま鬼達へと矛先を変える。
鬼祓師の数は百人以上いるが、向こうは数千……ヘタすりゃ万だ。
しかも正四階位の小角が指揮をとるってことは、この場には上級位の鬼祓師がいないってことだ。
小角達四人がこの集団の、本来の任務の指揮チームだったのだろう。
無論深夜を確保して俺たち三人を相手取るには充分過ぎる戦力だ……が、これだけの鬼相手だと戦力が圧倒的に不足と言わざるをえない。
圧倒的な数の差は協力し合うことで埋めるしかねえ。
ゆっくりと、だが確実に迫ってくる鬼達の群れ。
誰かがごくりと唾を飲み込む音が聞こえた。
押しつぶされそうなほどの緊張感の中で、俺たちは迎撃態勢をとっていた。
先制攻撃はあちらさんだった。
相手との距離が正確に測れず、術が届く範囲までじっと耐えていた俺たちに対して、後方の鬼達がいきなり黒い光弾を何百発も放ってきたのだ。
もちろん術による結界を張っていたが、ここまでの攻撃には耐えられない。
上空からの苛烈な攻撃に結界が破られ、何人かの鬼祓師が倒れた。
一人が倒れるとその分術の援護が減る。
そこから早くも陣形が乱れ始めた。小角たちが叱咤するが、雨のように降り注ぐ光弾の中では士気を保つことは難しい。
「もうダメだ!」
誰かが本音の悲鳴を上げてふさぎ込むと、それが伝染していく。個々の史気の低下はチームの崩壊に繋がる。このままだと相手とまともに戦うことすらなく崩壊するかもしれない。
そんが危惧感を破ったのは清十郎だ。
「キエエエエエ!」
と全員に響き渡る気合いの声をあげると無数の三鈷杵(さんこしょ)―刃がフォークみたいに別れた掌ほどの法具――を上空に飛ばした。
三鈷杵はものすごい速度で飛んで上空の鬼に突き刺さる。
それはそのまま一匹を貫通すると、空中で回転し出す。やがてその周囲に炎が纏い、近くにいた無数の鬼共を朱に染めた。
その威力に鬼祓師たちから「おおお」という歓声があがる。
「オンキリキリバサラ、エイルテアル……チェストおおおおおお!」
続けて錫杖から放たれた強力な術が鬼共を撃ち落としていく。
破壊力も下級位屈指だが、こいつの優れたる所は無尽蔵のスタミナだ。小角達四人を相手にした直後にもかかわらず疲れを知らないバイタリティーで強力な術を連発する。
一発一発が確実に鬼を削っていった。
「貴様等はそれでも飛輪の精兵か! 未成年にばかり働かせて顔を背けるような腰抜けなど鬼祓師にいない! 意地を見せろ! 動ける者は若宮を援護しろ!」
小角と一緒にいた女性呪禁師が叱咤すると、浮き足だっていた鬼祓師達は立ち直っていく。
攻撃の術を得意とする者は矢継ぎ早に術を連発した。
無数の術が飛び交い鬼達を沈めていく。
鬼達から放たれる術は、その呪禁師が中心となってサポート体勢がとられた。
眷属を走り回らせてけが人を召集すると、仲間である陰陽師などの防御が得意な者を集めて二重結界を張り、非戦闘員の深夜共々けが人を守る術を張る。
ひたすら結界やサポートの術で援護し、迎撃チームの身辺を守り、余計な負担をかけさせないように苦心していた。
月雲は眷属を迎撃に出させて、自らは深夜を守りながら術でサポートをしていた。
俺たちとガキの頃から組んでいるからか月雲は補助術とサポートのタイミングに長けている。サポートチームの中心として術と声を飛ばし続けていた。
第一陣の攻撃が落ち着き、鬼達が見える範囲内に降下を開始していく。
それに合わせるように、それまで結界の術を張っていた俺は、迎撃の為に踏み出した。
俺の異名は『鴉天狗』。
自分で言うのは恥ずかしいが。それは陰陽師随一の神行業の術使いで、高位でもある飛行術を使いこなせることにも由来する。
「飛輪正七階位。陰陽師・鴉天狗出る!」
敵味方の術が飛び交う中、俺は飛行術で空へと飛び上がった。
無数の術が目と鼻の先を通る。
すぐに仲間の姿が小さくなり、代わりに鬼の姿がハッキリと見えるぐらいの距離に近づいた。
戦いにおいて上空を取られるほど不利なことはない。
現に第一撃はそれで先手を取られた。
だからこそ奴らと高度を同じくして味方を援護する奴が必要だ。
そして俺ほど飛行術を得意とする奴はここにはいない。俺が最も適任なのだ。
もちろん俺たちがこの騒ぎに動じて逃げようと思えば可能だったろう。
俺が全力で飛べば追いかけれる奴はいないだろうし、この状況で俺たちを追えるわけがなかった。
そしてそんな気持ちがちらりとも浮かばなかったわけじゃあない。
だが元々俺達の目的は深夜を助けることであり、鬼と戦う鬼祓師としての本分を忘れたわけじゃねえ。
目的の邪魔をすることで対立したが、本来の同士を放置して見殺しにするようなことは出来なかった。
それは清十郎と月雲も同じ考えだし、他の鬼祓師たちもそうだと信じている。
空を飛ぶということは敵に狙われるということだ。
たちまち何十という鬼達が俺を取り囲み、攻撃を仕掛けてきた。
元来こういった乱戦に力を発揮するが少しでも敵の攻撃を避けきれなかったりしたらそのまま撃墜されてしまう。
それをきちんと逃げやすいように下から術の援護をくれたのは、清十郎でも月雲でもなく、飛輪の鬼祓師の誰かだ。
俺たちを捕らえるために集まった連中が、俺を助けるために援護をしてくれる。
人間も捨てた者じゃねえ。
軽くほくそ笑んだらそのわずかな隙を鬼の攻撃がかすめてくる。
あっぶねえ。
今下から術の援護がなかったらやばかったぞ。
下を見ると呪禁師がにこりともせずサムズアップするのが見えた。
同時に無数の空を飛ぶ式神などの眷族が俺を援護しようと舞い上がってくる。
ああそうだな。
油断も慢心もやっている余裕はねえ。今やれることを全力で、確実にだ。
第一陣を全滅させると、息をつく暇すらあたえてくれず、すぐ後方の鬼共が迫ってくる。
俺たちは仲間意識と、お互いの連携の為にかばい合うが奴らは味方の損害をなんとも思わず攻めてくる。
それが奴らの強さであり、かつ俺たちにはない脆いところだ。
何千匹、何万匹いようが所詮個体に過ぎない。
俺たちは互いをかばい合うという足かせがある以上に、互いを援護して助け合うという強さがある。
一人が届かないところを他の術士が補う。
他の誰も出来ない空の囮を俺がやっているように、俺一人だとどうしても補えない援護を他の奴らがしてくれている。
清十郎を中心とした攻撃チームが降下した鬼達を攻撃し続けるからこそ俺の囮が生きるし、
月雲達が術で結界を張り、援護をくれるからこそ俺や攻撃チームは自分のやるべきことに没頭し続けられる。
どうだい魔界の連中よ。人間だって捨てたもんじゃねえだろ?
終わりの見えない永遠とも感じる作業を黙々と遂行し続けた。
さすがに飛行術の制御もおぼつかなくなってきた頃、周囲の瘴気が薄まっていくのを感じた。
次から次へと攻めてきた鬼達の、次の後続がない。
こいつらを全滅させれば、乗り切れる。
最後の一頑張りだった。
体力も気力も絶え絶えだった俺、そして飛輪の仲間達に最後の力が込められる。
俺めがけて集まった攻撃を、俺自身の術とサポートチームの術が防ぐ。
次の術を込めた鬼共に攻撃チームの術が飛ぶ。
結構地上から離れているにもかかわらず、清十郎の声がハッキリ聞こえたぜ。
今夜何十度目かの鬼達と鬼祓師達の術の応酬が俺の周囲でぶつかり合う。
囮とはいっても、もちろん怯んだ鬼に対しては俺だってトドメをさしてやるさ。
無数の鬼の姿も、飛び交う術の数も眼に見えて少なくなっていく。
「うおおおおおおおお!」
誰かがそんな風に叫んだ。
もしかしたら叫んだの俺だったのかもしれない。
とにかく夢中で行われた最後の攻防戦だった。
ほとんど気力だけで動いていた。
俺はもちろんだが、他の連中もきっとそうだったろう。
どいつだったかわからないが、現界に現れた最後の一匹を誰かが仕留めた。
敵の攻撃に対して身構えた俺たちの気持ちが肩すかしを食らう。次の攻撃がなかったからだ。
それでも油断してはいけないと張り詰めた緊張の中、その時を待つ。
ゆっくりとカーテンが消えていく。
警戒は怠らず、みなその瞬間を待っていた。
やがて現れるは元の夜空。
もちろんワルプルギスの夜はこれで終わりじゃねえ。
でも、当面の危機は乗り切った。
決して大きくないが、誰かが歓声の声をあげるのが聞こえて来た。
それは感染していき、声は地上の至る所で響き渡った。
そう、俺たちは勝ったのだ。
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