失せ物探偵アルフレッド・ダント・ムントの異能記録
鴨志田千紘
第1話落し物はなんですか?〜失せ物探偵事務所へようこそ〜《前編》
落し物は交番に届ける。
幼い頃、誰しもが親から教わってきたことだろう。
そこに硬貨が落ちている。彫られている数字は一○。落とし主からしたらわざわざ返されても困惑する端た金だ。誰も落としても気には留めない、そんな落し物。
だが、僕はそれを通り道の交番にしっかりと届けた。別に「ちゃんと届けて僕、偉いでしょ?」とか「見習って欲しいな」とかそう言いたいわけじゃない。簡単に言えば癖だ。
僕には昔から他人の落し物を拾い上げる能力があるらしい。だから道を歩けば必ず誰かの落し物と遭遇する。毎日のように。ある日は財布、ある日はアクセサリー、ある日はアタッシュケースなどなど。
毎回届けるのは面倒だ。交番のおじさんには「また君か」と言われ、町人には「いつもご苦労さまです」とか「私の落し物知りませんか?」などと言われる。挙句の果てには「落し物を届けて欲しい」なんて言われたっけ。
でも、落し物で生計を立てているから仕方ないだろう?
それに僕はただ落し物を拾っているわけじゃない。落し物に込められた想いを拾っているのだ。想いのこもった落し物はかけがえのないものなのだから。
レンガ造りの建物がひしめく通りを歩いていると、この街では珍しい鉄筋の建物ーー「アルフレッド失せ物探偵事務所」ーーにたどり着いた。
そう。ここが僕の仕事場である。
***
僕の名前はアルフレッド・ダント・ムント。この小さな街、ローゼスブルクの街の隅で私立探偵をしている。しかし、事務所名にもある通り失せ物専門の探偵だ。
そもそも水とレンガの街ローゼスブルクはのどかで物騒な事件も少なければ、探偵も必要ない。だから誰かが「落とした」と思ったものを探し当てる探偵をしている。僕の能力が最大限に発揮される転職だと思う。収入は微々たるものだけど。
「ただいま。言われたもの買ってきたよ」
事務所に帰ると、奥のデスクでパソコンを見つめているサイドテールの少女に声をかけた。相棒のイリーア・ブラウスタッドだ。イリーアは僕に返事もせずただただパソコンを眺めている。竜胆色の彼女の髪は微塵も揺れることがなかった。
「なんか新しい依頼でも来てた?」
イリーアの机にお菓子の入ったビニール袋を置き、キッチンにあるコーヒーメーカーにスイッチを入れた。僕は歩き疲れた足を癒すように彼女の対面にあるデスクに腰を下ろす。
「こんな地味な事務所にネット依頼があるわけないじゃん。そもそも閲覧数、ボクが見た以外だとゼロだし」
僕の体がガクッと折れる。もしかしたらネットに来た依頼内容をまじまじと見ているのかもしれないと思ったが、淡い期待は無残に消えた。
「あのねぇ〜うちそこまで地味じゃないよ? イリーアのおかげで収入は増えてるし、最近は仕事にも幅が出てきてるんだから」
「……そっか」
少女は素っ気ない返事をするだけで相変わらず、パソコンを眺めている。
実際、イリーアと出会ってからお金は増えたし、仕事の幅も広がった。コーヒーメーカーだって収入が増えたおかげで買えたものだ。イリーア様様である。こんなに相性の良い相棒と巡り会えたことに感謝している。もう少しコミュニケーションを取って欲しいけど。
会話が途切れてすることのなくなった僕はおもむろにコーヒーメーカーがあるキッチンへと赴く。カップに注いで、出来上がったコーヒーを嗜むとしよう。今日もいい天気なのに仕事のない、実にコーヒーを嗜むだけの日になりそうだ。
「名探偵、アルフレッド・ダント・ムントはこちらにいらっしゃいますか?!」
そんな時だった。事務所に快活な少女の声が響いたのは。
入り口を見遣ると、着崩したブレザーにスカートという制服と思しき姿の少女が敢然と立っていた。実に堂々としていて、なびくハーフアップの金髪は気品すら感じる。
「うちの事務所に何かご用ですか?」
ひとまず入り口近くにある依頼人との話し合い用のソファへと彼女を誘導させる。持っていたコーヒーを低いガラステーブルに置き、腰をかける。
「あのアルフレッド・ダント・ムントさんはどちらにいらっしゃいますか?」
腰をかけた途端、彼女が勢い任せに尋ねてきた。質問に質問で返さないで欲しいが、どうやら僕がアルフレッド・ダント・ムントだというとことはつゆほど思ってもいないらしい。
「僕がアルフレッド・ダント・ムントですが?」
そう言って、一口コーヒーを含んだ。
「え?! 嘘! こんな小柄で頼りなさそうな人がアルフレッド・ダント・ムントなの?!」
「ブッ!! 」
含んでいたコーヒーが蒸気のように宙で霧散した。
確かに僕は一六○センチしか身長はないし、ハードボイルドな名前の割には童顔だが、初対面の人間に……しかも年下の女の子にここまで言われる筋合いはないはずだ。
「想像通りじゃなくて、落胆させて悪かったね。そうだよ。僕がアルフレッド・ダント・ムントだよ。それと落胆ついでに言うとね、僕は名探偵じゃない。失せ物専門の探偵だ」
そこまで言うと、僕は口直しに再びコーヒーを含んだ。うむ。甘い香りの割には苦いこの味のギャップがたまらなーー
「え、使えないじゃない」
「ブッー!!」
僕の目の前に再び茶色の霧が拡散した。
ああ、口の中の苦味は何処やら……僕は口角をピクつかせることしかできなくなる。
「ちょっと待って。事務所名見なかった? 『アルフレッド失せ物探偵事務所』ってあったでしょ?」
「いえ、見てないです。紹介で来たので。あと、探偵じゃないなら『探偵事務所』とつけるのは詐欺だと思います」
この女学生……言いたい放題だなぁ……言葉に気品は感じられないし。
だが、そんなことを口に出してはならない。腐っても依頼人。お子ちゃまだろうと依頼人。口が悪かろうが依頼人。まずは誰からの紹介か尋ねよう。
「紹介って誰に?」
「フィクサー警視です」
「あの人か……」
フィクサー警視とは僕の昔からの知人である。事件の捜査などで重要な証拠を探す時にうちへ依頼をしてくる。つまり、我が事務所の収入源である。それにしてもフィクサー警視から紹介を受けるとはこの女学生何者……?
「『困った時は名探偵アルフレッド・ダント・ムントを頼れ。落し物からオカルトまでなんでも解決するぞ』って」
「またテキトーなホラをあの人は……」
「で、早速依頼なんですが」
彼女が居住まいを正し、真剣な話をする体勢になった。対する僕は気に食わず、だらけた姿勢のまま。
「一応言っておくけど、探し物専門だからね?」
「ええ。ですから探し物探偵に適った依頼をいたします。えっと、これの半分を探して欲しいんです」
探し物の依頼とわかると僕も居住まいを正さずにはいられなかった。仕事には誇りがある。
彼女がネックレスを外し、僕に手渡す。見た目は何の変哲もないシルバーアクセサリーだ。高級感はないし、どこにでも売っていそうだ。
「半分……と言うと?」
「これは兄とお揃いで買ったものなんです。だから、私の分ではなく兄の分ーーもう片方のネックレスを探していただけませんか」
「なるほど、落とした場所、時間とかはお分かりになりますか?」
喋りながらネックレスの写真をカメラに収め、女学生に返却する。
「ごめんなさい。わからないです」
「そうですか」
一応確認はしてみたがやはり見当がつかないようだ。わかっていればここに来る必要はないか。うちに来るのは大抵どこに落としたかわからないものを依頼する人たちばかりだ。
さて業務に取り掛かろうか……と、その前に。
「失礼だけど君、名前は?」
「えーっと……クララ! クララです」
微妙な間が気になったが依頼人の名前はクララだそうだ。人物背景が気になるところではあるが、依頼人は依頼人だ。それにコーヒー豆を買うお金が欲しいので生意気でも無下にはできない。
「わかった、クララちゃんね。依頼、承りました」
「ありがとうございます。また後日お伺いします」
席を立ち、深々と綺麗なお辞儀をしてクララは事務所を後にした。残されたのは僕と事務所の奥でパソコンをいじるイリーアだけ。
「連絡先、聞かなくてよかったの?」
奥にいるイリーアが言葉だけをこちらに投げかける。確かに聞いておくのが筋だろうが……
「話したくないことは話させない。それにただの落し物探しで終わるかもしれないしね」
「そっか。なら今回はボクの出番はなさそうだね」
抑揚もなくイリーアが言う。出番がなくて残念とは思っていないようだ。
「必要な時は調べてもらうよ、相棒」
そう言ってイリーアを見遣ると後ろ姿でもこくりと頷くのが見てとれた。
***
早速、街に出る。ローゼスブルクの街は水流による発電が盛んに行われているため、街中に水路がある。歩いていると清水の音がサラサラと聞こえ、散歩中には極上のBGMとなる。
水路にかかる石造りの橋を渡るとまた硬貨を見つけた。
「って違うそうじゃない」
橋の上で独りごちって気を取り直す。
僕の能力は『拾い上げ』というものである。日常生活をしている分にはなんら一般人と変わらない。地味で不便な能力だ。
基本的には常に発現していて『誰かが落とした物』ならなんでも遭遇してしまう。これを『パッシブソナー』と僕は呼んでいる。道端で硬貨を拾うことが多いのもこのためで、正直僕の日常生活では傍迷惑な能力である。
これとは反対に僕が意識して能力を使う状態を『アクティブソナー』と呼んでいる。長年の能力制御の末に身につけた技である。『パッシブ』が落し物全てを対象とするのに対して、『アクティブ』は探したいものをイメージすれば探すことができる。業務に不可欠なのは『アクティブソナー』の方である。これが使えれば、いつ、どこで落としたかは関係ない。ただし範囲の制約はあるので、どの道歩いて探すことになるのである。
「アクティブ・オン」
小さく起動スイッチである呪文を唱える。半径一キロメートル内にあるかどうかの確認だ。もし圏内にあれば、存在する方向を示すように脳に軽い電流が走る。
だが、変化なし。どうやら事務所近辺にはないようだ。
「これはまたローゼスブルク一周かなぁ」
慣れたことではあるがやるとなると気は重くなる。小さな街だが、隈なく探すのは苦労する。まあ、散歩と楽しみながら調査と洒落込もう。
街を歩いていると不意に、携帯電話が着信を知らせる。事務所からだ。
「もしもし、イリーア? 街内の目撃情報とかあった?」
僕が足なら、彼女は頭脳とも言うべきか。イリーアは情報収集を主な仕事としている。昔ながらの足を使う探偵と安楽椅子探偵とも言える。パソコンに向かっているのも趣味だけではない。
「残念ながらないね。そもそも対象があまりにも粗末だよ。調べたけど、あのアクセサリーはやっぱり安価な市販品だよ。そんなものを探させるなんて僕たちからかわれてるんじゃない?」
「かもしれないな。でも、やめないよ。大事な愛用品かもしれないし、なによりコーヒー豆が欲しい」
安価な市販品。買い直せば済む話だが、物には想いが宿るものだ。想いの宿った物はなにものにも変えられない。だから、僕はそんな『落とした想い』を拾い上げる仕事をしている。なによりあの女学生がからかっているというのなら上等だ、受けて立つ。
「わかったよ。とりあえず、売っているところのリスト送っておくから。歩き探しついでに寄ってみて」
「了解」
プツリと電話が切れる。仕事の会話だけ饒舌な相方がちょっと憎らしい。決してコミュニケーション能力に障害があるわけではないと知らしめされる分、なおさらだ。
では、アクセサリーショップをあたろう。
早速、一軒目のアクセサリーショップで発見があった。幸先が良い。
なんと過去に写真と同じアクセサリーを買った兄妹を知っていると言うのだ。ここまで『アクティブソナー』の収穫がなかった分、嬉しい情報だ。
「確かあれはラウディウス家のご子息だったかと。なにせ珍しかったものでの。あのラウディウス家の兄妹がこんな大衆アクセサリーショップで買い物など。お小遣い貯めたからとか言っておったかなぁ。もう一○年近く前のはずだから細部までは覚えてないのぉ」
アクセサリー屋のおじいさんはそう語った。
ラウディウス家。この街の貴族だ。市議会議員で、知らない人はこの街にいないだろう。クララがラウディウス家の人間ならつじつまが合う。ここで兄と一緒にお小遣いで買った思い出の品を探していると。
家はまだ行っていない富裕層が住む地域にあるはずだ。探偵なんていう安定性のない職業人からしたら立ち入りづらい場所で、後回しにしていた。
「ありがとうございます。早速行ってみることにします」
「でも、おかしいよ」
「え?」
店主の思いがけない言葉を聞いて、立ち去ろうとしていた足が反射的にぴたりと止まる。
「だってラウディウス家の長男、クロヴィスは二年前に他界してるんだから。ネックレスなんて遺品整理された後なんじゃないかの? 少なくとも最近落としたなんておかしな話だよ」
自称で探偵と付けてはいる僕だが、一瞬頭が真っ白になりそうだった。一筋縄ではいかないと思っていたが、まさかただの落し物ではなく遺物を探していたとは。どうりで見つかりにくいわけだ。
僕はもう一度「ありがとうございます」と会釈すると、富裕層街へと駆け出した。
——この落し物にはなにか裏がある——
***
果たして、クララの兄のアクセサリーはラウディウス家に存在していた。富裕層街に入った途端、『アクティブソナー』がそう告げていた。
だが、彼女の本当の依頼はアクセサリーを探すことじゃない。きっと違う。「クロヴィスのネックレスはあなたの家ありますよ」。これで終わりじゃない。この依頼はまだ続きがあるはずだ。
「君は僕が名探偵だと思ってやってきた。だから、本当の依頼は『失せ物探し』なんかじゃなかった。僕が失せ物専門の探偵だと知って依頼を変えたんだろう? クラリス・ラス・ラウディウスさん?」
制服姿で再度事務所を訪れたクララに僕の推理を告げる。
イリーアに調べさせたらすぐに合致した。この子はやはりラウディウス家の人間だ。一目見た時、気品を感じたのに偽りはなかったのだ。
「そうです。私はクラリス・ラス・ラウディウス。あなたに兄の遺物を探させたのは兄の行方を知るためです」
あっけらかんと彼女が言い放つ。こうなることは覚悟の上だったと言うかのように。続けて彼女が話す。
「でも、どうして兄の遺物がラウディウス家にあるとわかったのですか? あなたはうちの館に足を運んではおりませんし……」
クララとしては不思議だろう。探偵が家の中を調査せずに、落し物の場所を言い当てたのだから。
「超能力。って言えばいいのかな? まあ……その、この世には説明がつかないことっていうのが存在するんだよ。信じにくいかもだけど」
世間に公表すべきではないことであるが、僕の地味な能力なら隠す必要もないと思った。落し物を拾う超能力者など、一般人より物拾いが得意なだけである。
卑下したら自分が惨めになってきた。気を取り直してテーブルに置いてあったコーヒーを飲もう。
「超能力?! それがあるならそうと! というかなんで超能力者が地味な失せ物探偵なんかしてるんですか?!」
「ゲフンゲフン!!」
温かな液体が僕の喉と鼻をつん裂いていく。
僕の超能力が万能なものなら苦労してないさ。努力の末、制御できるようになり、使い物になった能力なのだから。うやむやに言うんじゃなく、はっきり落し物専門の能力だと言えば良かった。
「アルフレッドの能力はボクと違って地味な能力なんだよ」
止まっていた会話に口を挟んだのはイリーアだった。そっぽを向けてはいるが、話に耳を傾けていたようである。
「あのなぁ〜」
「あ、わかりました! 落し物専門の能力なんですね! 地味ですね!!」
「グフっ!!」
エグザクトリー。なにも飲んでないのになんか痛い。主に心が。地味だけど地味地味言わないでくれよ、地味だけど。
「話を戻します。私が依頼を変えたのはその通りです。でも、それは『多分依頼しても信じてもらえない』と思ったからです。あなたがたの超能力のことと一緒です」
話を戻したクララの表情が真剣な面持ちへと変化する。釣られてこちらの表情も険しくなる。
「となるとあなたの本当の依頼は……?」
***
クララの依頼はこうだった。
「死んだはずの兄を探して欲しい。兄は生きているかもしれない」
クララの兄は二年前に命を落とした。交通事故だったそうだ。葬儀も済ましてあるし、墓にもちゃんと埋葬されている。死んだことに疑う余地などなかった。
だが、その事実を覆すような出来事が彼女の身に起きたのだ。
クララは今でも肌身離さず兄とお揃いのネックレスをつけていた。学校の体育の授業を除いて。
ある日、授業終わりの着替え中にネックレスがないことに気づいたクララ。授業前までは身につけていたはず。そう思って更衣室や教室、校内の至る所を探し周った。
結局、その日は見つからず終い。発見されるのは三日後となる。
「妹のクラリスに渡してください」
言伝とともにネックレスが職員室に届けられていた。
自分を妹と呼ぶのは死んだはずのクロヴィス以外にいない。兄はどこかで生きているかもしれない。そう思い立ったクララは父のコネでフィクサー警視に相談し、うちに来たのだ。
だが、訪れた探偵は名探偵とは程遠い失せ物探しのプロだった。人探しを依頼しても聞き入れてもらえないに違いない。ましてや死んだ人間の捜索である。
だから、「もしかしたら」という一縷の望みにかけてみた。もし、兄が生きているのならお揃いのネックレスを今もしているはず。なくなっているはずのないネックレスに望みを繋いだのだ。
「なるほど。そんなオカルト簡単には信じられないし、失せ物専門のうちじゃ二つ返事で『はい』とは言えないね」
話の要所要所を書き込み終えた僕はメモ帳を閉じて、フッと息を吐いた。
「だから言わなかったんですよー!」
クララがふくれっ面を浮かべていた。年相応の彼女の反応が微笑ましい。心には多少余裕があるようでなによりだ。
「でも、落し物って人それぞれでしょう? 実物だけに限らず、忘れた過去だって人によっては落し物だ。君の『無くなってしまった兄との時間』だってともすれば落し物だ。うちはどんな落し物も取り扱っているよ」
依頼を続けるための言い訳……というわけではないが、自分の失せ物探偵としての矜持はそうだった。どんな失くし物でも見つけること。形の有無は関係ない。
自分で言ってなんとなくフィクサー警視が「落し物からオカルトまで」と言ったのがわかった。無くした心や命まで拾ってきたらそれはオカルトまで解決してるのかもしれない。
「でも、やっぱり兄のネックレスは家にあった。つまり兄の死は疑う余地がないのですよね……」
先ほどとは打って変わりクララはうつむき、落ち込んだ表情を見せる。期待が裏切られた。そう顔に書いてあった。僕は一時、声をかけるのを躊躇いそうになる。
「君の依頼は承った。『お兄さん』は生きてないかもしれない。でも、『ネックレスを届けたお兄さん』は見つかるかもしれない。真実を知りたくはないかい?」
「知りたいです!! 拾い主にはお礼をしたいですし、それにもし本当に兄なら話したいことも謝りたいこともいっぱいありますから……」
「よし、決まりだ。じゃあ、まずはお兄さんの生死をはっきりさせようか。イリーア頼む」
「わかった」
イリーアがいつものように抑揚なく返事をすると、のそのそと接客スペースの方にやってきた。サイズの合わないパーカーはダラダラと事務所で過ごしている時に着ているものだ。
「イリーアさんってどんな能力の持ち主なんですか?」
「僕と素晴らしく相性の良い能力だよ。実体を持つものを『落とす』能力」
「え?」
イリーアは『落下』を司る能力を持つ。見える物やイメージした物の他にも名前だけで人を落下させることもできる。効果範囲に制限はなく、落とす具合も調節でき、唯一実体にしか効かないということ以外に欠点がない。
僕と相性が良いのは言うまでもない。僕は「落し物」ならなんでも探しだし、拾うことができる。故に探したいものをイリーアの能力で一回落としさえすればそれは「落し物」扱いとなり、僕が探せるものに制限がなくなるのだ。
クララにそう説明すると「イリーアさんの能力の方がカッコいいですね。というか落ちたら『落し物』って屁理屈じゃないですか」なんて真顔でのたまった。全くこの子は……思ったことを黙っていられないのか。その通りだよ。僕の能力はイリーアがいないと地味でイマイチだよ。
「試しにアルフレッドをソファから落とすね。『フォール』」
「って、え?! いって!」
全く見えない力によって押し出されソファとテーブルの狭間に落ちた僕。実演する意味があったのだろうか? もしかして日頃の恨みか? 買ってきたお菓子をたまにつまんでいるのがばれたのか?
「イリーアの力がわかったところで早速本番と行こう。もちろん、ソファから落とす程度の落下で。もし、お兄さんが生きていたらイリーアは落とした手応えを感じるはずだ。死んでいた場合、効果は感じない。これで検証しよう」
埃を払い、再びソファに座り直しながら僕が言う。もう少しマシな検証があるかもしれないが、今はこれが手っ取り早い。
「はい、お願いします」
「じゃあ、やるね。対象:クロヴィス・ラス・ラウディウス。『フォール』」
イリーアが淡々と呪術を行った直後、僕の臀部に鈍い痛みが走った。
——なぜか僕はまたソファから落ちていた——
「アルフレッド。そういうボケ、今いらない」
「違う! 僕じゃない! イリーアこそ今そういうボケいらないぞ!」
「え?」とイリーアと僕の声がハモり、お互いに顔を見合わせる。二人とも大真面目にやった結果がこれだということだ。
「イリーア。手応えは?」
「手応えはあった。そしたらアルフレッドが落ちてた」
「どういうことですか……?」
三人とも「わけがわからない」と言うように呆然としていた。僕は痛めたお尻をさすった。落下はやっぱり落下だから痛い。
「もう一度やってくれ、イリーア」
僕が座り直すとイリーアは無言で頷いた。『フォール』という言葉だけが事務所にこだまする。僕は三度目の痛みが来るのを覚悟して、歯をくいしばる。
——僕はやはりソファから落ちていた——
「アルフレッドが……」
「兄さん?」
イリーアとクララが半信半疑で落ちた僕の顔を覗き込んだ。
「否! 断じて、否! 僕はアルフレッド・ダント・ムント! 本当に違うよ?!」
「ですよねー兄さんこんな小さくないし」
「失礼だな! 小さいのは事実だけど、失礼だな!」
「でも、これで謎がさらに深まっちゃったね……」
いきり立ってクララに反駁する僕を尻目にイリーアは難しい顔をしていた。状況は変わらず。いや、むしろ悪化した。生死を確認するどころか、全く違う人間に効果が現れた。一番大事な要素が確認できずじまい。
「やっぱり学校でネックレスの拾い主を探さないとか……」
今は少ない手がかりを一つ一つ拾い上げていくしか解決の糸口はない。一つのアプローチがダメなら別のアプローチにすればいい。
***
「こちらです、アルフレッドさん」
後日、昼休みの時間に合わせてクララの通うセント・エトワール女学院へと訪れた。流石に女子校ということもあり、クララに話をつけてもらってから学内へ入ることにした。クララが来たということは許可が下りたのだろう。
クララに連れられ、校舎内を歩く。すれ違うお嬢様風の女子生徒からの目線が痛い。
「あのさ……この学校って男性教師とかっていないの……?」
「いませんよ。基本的に学内にいるのは女性だけです。あ、ガードマンは別ですけど」
「なるほど」
そんな秘密の花園内を男が闊歩していたら物珍しいに違いない。しかも地元の名士の娘が連れ歩いているのだからなおさらである。しかし僕は今、この場がこの世の楽園に思えて仕方ない。
「あ、でもアルフレッドさんなら平気ですよ。だって無害そうだし!」
「む、無害……」
無害。それは身長が低くて雄々しくないという意味だろうか?
この女学生には今度きっちり僕の男らしさを見せつける必要がありそうだ。僕だってちゃんと男の子だぞ!
廊下を歩きながら話し込んでいるうちに職員室へと着いた。目の前には身の丈より大きなスライド式のドアが立ちふさがっている。
「ちょっと待っていてください。今、あの日ネックレス受け取った先生を呼んでくるので」
「わかったよ」
落ち着かないがクララの言う通り職員室の前で待つことにする。できることなら接客室にでも通してもらいたいが、客というほど長居するわけでもないのだから仕方あるまい。
「しかし、本当に女子しかいないとは。こんな所に男が訪れたら門前払いだろうに。クロヴィスはどうやって……」
見渡す限り、女子、女子、女子。たまに好みのタイプの女の子がいて釣られて目で追ってしまったり。
おかしな話である。探偵の僕ですら入るのに許可が必要だった。ガードマンもいるため侵入は容易ではなく、訪れるだけでも怪しまれそうだ。もしクロヴィスを自称する人物が訪れたのなら学校内外に目撃者が出るはず。しかし、クララの話ではそのような男の目撃情報はないらしい。だとしたらそれは……
「お待たせいたしました。こちらがネックレスを受け取ったクレア先生です」
クララの隣に中年の女教師が立っていた。肌が浅黒い、ふくよかな女性で、いかにも先生っぽいということ以外に特徴は見受けられない。
「ああ、先日はどうも探偵さん」
「先日?」
開口一番、クレア先生がおかしなことを口にした。先日……先日もこの学校を訪れただろうか?
「あら? てっきりネックレスを届けたことについてお話があるのかと」
「届けたって僕がですか?」
「ええ」
クレア先生は僕を訝しみながら返答した。
正直、なにを言っているのかわからない。クララを見遣ると口がポカンと開いていて話についていけてないようだ。多分、鏡を見たら僕も同じ顔をしているのだろう。
「すいません。その日のことを詳しく話していただけませんか」
メモ帳を開き、書き留める準備をする。クレア先生が嘘を言っていないとしたら、それは僕の記憶から抜け落ちている真実だ。
「たまたま校門の前を通った時、ガードマンと話しているあなたを見かけました。なにごとかと思い、見に行くと『これを妹のクラリスに渡してくれ』と言ってネックレスを私に渡し、去って行きました。記憶にございませんか?」
確認するようにクレア先生が小首を傾げる。頭に手を当て思い出そうとしてみるが、全く記憶にない。だとしたら僕に似た誰かという可能性も……
「すいません……さっぱりです。本当に僕でしたか?」
「ええ。男の方は珍しいので見間違うはずがありません」
言われてみればそうだ。どんなに似ていてもこの人は僕と話したと言った。姿、顔も知っていれば声色も知っている。しかも滅多に来ない男の来訪者。僕で間違いないと考えた方が良いのかもしれない。
「そうですか……わかりました。お忙しいところすみません」
会釈をして、僕は職員室を後にした。どうやら怪しい人物は最も僕に近いところに存在するようだ。
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