『無題』
黒瀬 憂
第1話
断章
私は彼女のことを、知っている。
海と畑の広がる田舎に生まれたという彼女は、生まれながらにして自らの存在を恨んだという。
今、私の目前にある5枚の写真には全て彼女が写っているが、彼女の顔は全て心から笑っていないのである。
特に5枚目--彼女が命を落とす数日前に撮られたその写真の中の彼女は、とても美しく笑っているのである。
そう、鳥肌が立つほどに、美しく。
「あのー…葵さん」
ふと自分の名前を呼ばれたことに気付き、後ろを振り返る。
「あっ、どうしましたか?夏空さん」
私は後ろにいた男性--もとい、彼女の婚約者であった夏空(かける)さんに問いかける。
「…いや、何でもないです。すみません」
彼は今にも泣きそうな顔で自らの左手を見た。
彼の薬指にはまだ新しいであろう銀の指輪が光っている。
私はそんな彼を見て、どこか胸が痛くなった。
「…雪、あなたは、どうして」
私は彼女と初めて合った日のことを思い出し、もういない彼女へ思いを馳せていた。
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