38 暴虐悪鬼(7)

「総員! 突撃! 奴を仕留めろぉッ!」


 モイラスの号令と共に、部隊が一斉に攻勢に出る。

 一息に肉薄したディルが長剣を一閃。魔法の支援によって遥かに増した膂力はその一閃を恐ろしく鋭いものへと変じさせ、空を裂いて迫る斬撃が深々と肉を断つ。

 それに続き、背後から迫ったエスカペオスによって大斧が唸りを上げて薙ぎ払われ、魔物の背中に深い一文字を刻み込んだ。

 ついに負わせたまともな傷。その手応えに、攻撃を仕掛けた両者の表情に明るさが宿る。

 対し、傷を負わされた魔物は迸る痛痒に悲鳴のような甲高い声をあげて怯み、たまらず大斧を振り回してディルとエスカペオスを傍から追い払った。

 そして、魔物はようやく気付く。侮っていたか弱き獲物どもが自身を傷つけられることに。

 嘲りの色しかなかった魔物の瞳に怒りと焦りが滲む。あらゆる刃と矢を弾く己の剛皮が貫かれるなど、初めてのことだった。故に魔物は驚き、恐怖し、憤怒を迸らせる。


 ――獲物風情が生意気な、ただ愉快な悲鳴をあげて潰されればよいものを。


 そんな傲慢を総身に漲らせ、魔物は地を割らんばかりに咆哮を轟かせる。

 戯れは終わりだ、ここからは全力でころす。

 魔物の纏う空気が変わり、濃縮された殺意が目の前のディルに突き刺さる。自身より圧倒的に強い存在からのソレに、ディルが思わず身体を硬直させた瞬間、魔物は大地を踏み砕いて動き出した。

 狙いは当然、ディル。巨体が一息に迫る光景に喉を絞り上げられながらも、ディルはままならぬ身体を全力で動かして反応する。ただのステップは強化魔法によって激しい横っ飛びへと変じ、それ故に振り下ろされた斧をディルは紙一重で回避した。同時、逃げ延びるディルを追いすがらんとする魔物を制するように、矢撃が破裂音と共に放たれる。

 風を切る三矢。ディルの顔や腕の真横を掠めるように通り過ぎ、魔物へと殺到した。そのうち一本は振りかざした斧に弾かれるも、残る二矢は肩口と腿に突き刺さる。

 それらのやじりは魔物の紅き肉に深々と埋め込まれ、それ故に魔物の動きが痛みによって一瞬だけ停滞。その瞬間を狙い、剣士と鉱人族ドヴェルグが斬りかからんとして――


『ヴ オ オ オ オ ォ――――ッッッ!!!』


 ――その動きを無理矢理に止める、空を破壊するような咆哮。

 魔物の武器はその頑丈な肉体のみではない、その声だけで、人を恐怖で縫い留めることが出来る。

 動きの止まった隙を突き、魔物はディルへと大斧を薙ぎ払わんとして――即座に向かう先を転身。高速で飛来する鉱物の塊を斧で弾き飛ばし、甲高い音を響かせる。

 さしもの魔物も、跳びまわる鉱物の塊を無視できないらしい。直撃し、当たり所が悪ければそのまま失神しかねない威力なのだから当然だ。

 最も離れている彼女からの援護がまたもディルを救ったわけだが、故にこそ魔物は忌々しげに空を舞う塊を睨み付け、それからテルナをギロリと見据えた。

 最も邪魔な存在を認識した悪鬼。その狙いが変わったのを見て、ディルは即座に接近を敢行する。だが――すぐに失策を悟った。

 狙いを変えたように見せたのは演技、本命は近づいてくる愚か者ディル。数瞬の間すら置かず、迫るディルへと悪鬼は唸り声とともに大斧を振り下ろした。

 青年剣士は慌てて盾をかざし、その一撃を己が技巧を以て再び受け流す。盾の曲面を滑っていく感触に何度目かわからないくらに肝を潰しながら、それでも返す刃を振るった。

 狙いは首筋、勝負をつけんとして――その顔色を青く反転させ、慌てて盾を引き上げる。

 直後、翻すように跳ね上がった斧がディルを足元から強襲。咄嗟に滑り込ませた盾に直撃し、同時に落ちるように姿勢を低くしたディルの髪の毛を数本さらって振り抜かれた。

 反応速度が良かったのだろう、ディルは死ぬこともなく、大怪我を負うこともなく悪鬼の連撃を凌ぎ切った。

 だが――完全に無事かと言えば、そうではなく。

 斧の一撃は、固定ベルトを引きちぎりながら盾を天高く弾き飛ばしていた。

 誰もが天を舞う円盾を目で追い、そしてまずい、と悟る。赤き『悪鬼』はニヤリと笑うかのように口の端を僅かに持ち上げた。


「――っ、『風よッ!』」


 焦りを多段に含みながら、モイラスが即座に喉を炸裂させるように絶叫。

 直後、突き出された手のひらから風の砲撃が放たれて悪鬼に迫るが、先程より数段威力の劣るソレは魔物が軽く斧を当てるだけで霧散した。

 その隙を縫ってディルは下がろうとするが、その瞬間、真下・・から迫り来る赤を視界に映す。

 咄嗟にソレに反応できたのは、彼がそれなりに優れた剣士である証拠だろう。だが、相手が悪かった。

 直後、防御に構えた剣を折り砕き、振り上げられた魔物のがディルの腹に突き刺さる。


「カッ――は……っ」


 まるで胃を絞られたかのようなか細い声だけをその場に残し、青年の体が勢いよく後方に吹き飛ぶ。


「ディルッ!?」


 二回、三回と力なく転がり、辿り着いたのは最も後方に居た幼馴染みイドゥの傍。ピクリとも動かぬ彼にイドゥが悲鳴をあげてすがり付くも、返ってきたのはごぼりと吐かれた血反吐だけだった。

 折れた剣の破片の突き刺さる腹からは命の源が流れ出し、青年から少しずつ温かさを奪っていく。

 そんな彼の有り様を前にして固まるイドゥに一瞬だけ目をくれるも、アリーシャには言葉をかける余裕はなかった。

 前衛が一人やられた。ならば、残る二人にその負担は重くのし掛かる。

 迫り来る暴力の嵐。振り回される大斧を、ディルの代わりに前に出たモイラスとエスカペオスが必死の形相で回避する。それをテルナの操る鉱物の塊が斧身にぶつかることで補助し、二人はどうにか薄氷の上で生き残っていた。

 その間隙を縫ってアリーシャが移動しながら射撃を敢行し、今もまた腕に矢を突き立てる。しかし、何本の矢を当ててももう魔物の動きは鈍らない。刺さるようにはなったが、もはや魔物はその程度の痛痒では反応しなくなっていた。

 そのことに歯噛みしながら、ならばとばかりに少女は狙いを変える。

 比較的皮膚の薄く、急所の集中する顔面。

 そこへと矢撃を放てば、落ち窪んだ目がギョロリと動いて飛来する高速の矢を視界に捉える。そして降り下ろされていた斧が軌道を急激に転換し、真下から矢を砕いて無効化してしまった。

 偶然などではない。魔物は確かな斧捌きで、矢を正確に攻撃したのだ。

 そこまでして防ぐということは顔ばかりは矢が有効であるという証になる。だが、同時に絶対にそれを許そうとはしないこともわかってしまった。

 それでも、アリーシャは顔を狙って矢を放つ。少しでも前衛の二人の負担を減らし、形成を逆転させる隙を作れると信じて。

 顔を狙う矢。攻撃を執拗に弾く鉱物の塊。この二つを相手取りながら、それでも魔物は優勢だった。前衛の二人は数瞬後の自分の骸を想像しなければならない――そんなおかしな恐怖すら感じている。

 ならば、その状況を打開するのは、やはり更なるもう一手・・であろう。


「『――揺らめく力、緋色の吐息。遥か天空の居を覆う比類なき力よ――』」


 三度みたび響き渡ったのは、魔法師マギア・カネラー詠唱ウォカーレ

 アリーシャが一瞬だけそちらを視線を投げれば、イドゥが青い顔を更に青くしながらも魔法マギアを呼び起こさんとしていた。

 先ほどの魔法を放った時でさえ今にも倒れそうであったのに、その上さらに魔法を放たんとしている。生体魔素ウィータ・マグはもう限界であろうに、それでも行使を決行したのはその瞳に宿る烈火の怒り故か。

 それが強力な支援であることにモイラスとエスカペオスが気づき、脂汗と冷や汗の入り交じる顔にどうにか笑みを浮かべる。

 しかし、そのことに感づいたのは彼らだけではない。

 魔物もまた、朗々と響く詠唱に顔をあげて表情を険しくしたのだ。そして咆哮と共に、目の前の二人を強引に蹴散らしてでもイドゥに迫らんと動き出す。

 無理を通さんとする彼女の覚悟を無駄にするわけにはいかない。何より、これが魔物を倒す最後のチャンスかもしれないのだ。絶対に彼女に手を出させるわけにはいかない。

 言葉も交わさず視線もあわせず、それでも全員がその認識を共通のものとし、即座に魔物を阻むべく動き出す。

 眼前のモイラスとエスカペオスに向けて乱暴に振り回される斧。先ほどまでアリーシャとテルナの援護で薄皮一枚犠牲にしながら避けていたその一撃を前に、二人は一瞬だけ互いに視線を合わせた。

 そして、下から上へすくいあげるような一閃を――二人で同時に受け止める。

 低い位置をエスカペオスが受け、続けてモイラスがその頭上で剣を叩きつけるようにして斧を食い止めたのだ。戦いが始まった直後なら無理であったが、今はイドゥの魔法マギアによって膂力が強化されている。二人で力を合わせたことで、このような芸当が可能となったのだ。

 よもや己の一撃が止められるとは思っていなかったのか、落ち窪んだ目を見開いて悪鬼が驚愕したように唸る。

 直後、その頭上にテルナの操る鉱物の塊が飛来。両手を天に掲げていたテルナがそこで勢いよく両腕を左右に開けば、固まっていた鉱物が一斉に四散する。

 弾け飛ぶ無数の鋭利な鉱石。それは雨のように魔物と二人へと降り注がんとする。そこへ、モイラスが震える腕で斧を抑え込みながら絶叫した。


「『風よ――ッ!』」


 力ある言葉と共に、彼の身体から天に・・向けて突風が吹き荒れる。

 それはモイラスとエスカペオスを降り注ぐ鉱石の雨から守り、結果として魔物にのみ、その全身に鉱石が突き刺さった。


「『――ねぶれ、這え、灰に帰せ。原初たる力の真の威を示してみせろ――』」


 詠唱はまだ終わらない。そして魔物の足もまた止まらない。

 全身を突き刺す痛みに凄絶な咆哮をあげながらも、まったく倒れる様子を見せずにギロリと目の前の二人を睨み付ける。

 そして、大斧の柄に両手・・を添え――振り抜いた。

 それだけであっさりと二人の体が宙を舞い、それぞれ街道の脇に吹き飛ばされる。拮抗できたのは悪鬼の片手の腕力、両手を使った全身の力には勝てようはずもなかった。

 容易く二人の壁を突破した悪鬼は、そのままイドゥへと一直線に駆けんとして――視界の端から迫る黒髪を目にして足を止める。

 迫るのはアリーシャ。一本の矢を弓に番え、決死の覚悟と共に駆け馳せる。

 対し、魔物の顔に浮かぶのは嘲笑。弓使いが近づいてきてどうする、と嘲り、そのまま命を断たんと大斧を降り下ろす。

 が、切ったのは空。勢いのまま大地に裂傷を刻み込み、その真横をアリーシャが駆け抜ける。

 しかし、それを当然許しはしない。袈裟に打ち上げる斧の一閃がアリーシャを下から狙い、彼女はたまらず跳躍して回避。革靴の下を暴力の塊が駆け抜ける。

 だが攻撃はそれで終わりではない。更に空中にいる彼女に向けて、斧が切り返して鋭く迫った。

 空を駆ける術のないアリーシャでは避けられず、誰もが両断される少女の姿を想像したが――そうはならない。

 白い脚を伸ばし、魔物の膝を蹴飛ばして更なる上空へと逃れたのだ。二度、必殺の攻撃を避けられた魔物は目を見開き、身軽な狩人の動きに翻弄される。

 その隙を突き、少女が着地したのは魔物の左肩の上。彼女一人を抱えても小揺るぎもしない頑強な肉体は、今はアリーシャの利となる。

 不安定ではない足場、至近距離の獲物まと、番えられた矢――ならば、弓を手繰る狩人がやることは一つ。


「喰らえ……ッ!」


 祈りにも似た怒りの言葉と共に、引き絞られた矢が射られる。狙いは左目、先ほどは阻まれたが、この距離と強化された力ならば問題ない――!

 放たれた一矢は咄嗟に閉ざされた瞼を容易くぶち抜き、眼球に深々と突き立って魔物から半分の光を奪う。

 そしてアリーシャが離れるのと同時に魔物が絶叫をあげ、斧を持たない方の手で顔を覆って暴れ出す。生まれて初めて感じたとてつもない激痛に、悪鬼は情けなくも泣き叫んでいるのだ。

 それは大きな隙。戦士たちが稼いだ価千金の時間を糧に、今、魔法が完成する。


「『――燃えろ、燃えろ燃えろ燃えろ! 全てを焼き尽くす紅蓮の矢よ、太陽神ソール魔法神アウグリアムの名のもとに顕現せよ!』」


 魔法師マギア・カネラーの少女は血反吐を吐きながらも、高らかに詠唱を紡ぎあげた。前方へと翳した両手、その先の何もない虚空に――突如として紅蓮の輝きが溢れだし、それはすぐにも人の頭ほどの火の玉へと変化する。

 刹那、紅蓮の残像を引いてその火球が発射。瞬く間に巨大な矢の形となりて、片目を押さえて暴れる魔物へと迫る。

 大気を焼き焦がし、高速で迫る炎の一矢は魔物の胸板に着弾。爆音が傍にいたアリーシャの耳を貫き、同時に彼女の視界を燃え上がる焔の色に染め上げた。

 肌を焦がしかねない熱波が全方位に撒き散らされ、たまらずアリーシャが後退したところで――ようやく魔法が直撃した結果が、立ち上る爆炎の向こうから見えるようになる。

 現れたのは、胸に大穴を開け、両手をだらりと下げて立ち竦む巨躯。赤い肌は黒く焼け焦げ、体の前面はほとんど炭のようになっていた。

 そのままピクリとも動かぬ姿を、数瞬沈黙のままに部隊は睨み付ける。

 一つ、二つ、三つ、と数え――やがて沈黙の帳は、一つの異音によって打ち破られた。


「か、ふ……っ」

「イドゥ!?」


 べしゃり、という湿っぽい音と共に、少女の苦悶の声が背後から聞こえた。

 振り返れば、真っ赤な血で口元を濡らすイドゥが今にも倒れんとしており、アリーシャは呆然と立ち竦むモイラスとエスカペオスを置いて思わず駆け寄る。

 倒れ伏す青年の傍で蹲る少女は、まさに虫の息といった有り様のか細い呼吸で喘いでいた。限界を越えた魔法マギアの行使は、そのおごりを罰するかのように少女の体を内側から傷つけているのだ。

 駆け寄ったはいいものの、これではアリーシャに出来ることはない。テティスやディルも含め、すぐにでも治癒司祭に助力を求めねばならないだろう。

 緊張の糸が切れたのか、ぼんやりとして立ち竦むモイラスに振り返り、アリーシャは指示を仰ごうとして――言葉を失った。

 干上がる喉から言葉も出ぬまま、信じられぬ気持ちでモイラスを――その背後の巨影・・を見る。

 胸に開けた大穴から滝のように鉛色の血を流し、牙の覗く口からも血を吐きながら、『悪鬼』はいつの間にかモイラスの背後に立っていた。


「――モイラスッ、後ろ!」


 不死身とさえ思える生命力を目の当たりにして、固まっていた喉から炸裂させるようにアリーシャは叫ぶ。

 モイラスがエスカペオスと共に振り返った時には、既に殺戮の大斧が天高く掲げられていた。そのまま降り下ろされればモイラスなど容易く両断されてしまうであろう威力は、この場の全員がよく知っている。

 逃げることは、間に合わない。

 受けることも、一人では受けきれない。

 エスカペオスは、モイラスと同様に不意を打たれた故に武器も構えていない。

 テルナは、いつの間にか気を失っている。彼女もまた権能フィデスの使い過ぎで倒れていた。

 アリーシャは、矢さえ番えておらず、間に合わない。

 イドゥは、言うに及ばず。

 誰もが勝利を収めたと油断し、故に事態は致命的な状況を迎えていた。

 瀕死の様相でありながら、悪鬼は凶暴な口元に暴虐の象徴たる凄惨な笑みを浮かべる。

 まずは一人、と言わんばかりにモイラスをしっかりと睨み付け、そして必殺の斬撃を――振り下ろした。


 弾け飛ぶ鮮血。

 影が力なく宙を舞う。


 そして響き渡る、咆哮。

 激痛に・・・悶える・・・悲鳴のような咆哮が、大地を揺るがした。

 何が起きたのかわからぬまま、魔物の鉛色の鮮血を浴びたモイラスは、尻餅をついて座り込む己の体を信じられぬように見つめる。

 間近で起きた衝撃波に突き飛ばされたのだ、ということだけは理解できていた。

 ならばその原因は一体?

 その疑問に答えるように、引きちぎられた・・・・・・・魔物の腕がべしゃりとモイラスの脇に落下してきた。そちらに視線をやって、ようやく気づく。

 そのすぐそばに、半ばまで深々と大地に突き立つ白銀・・の槍があることに。

 誰のものであるか、モイラスには見当もつかなかったが、アリーシャは違う。

 首を巡らし、そしてこちらへと駆け馳せる紅蓮を認めて表情を輝かせた。


「クレイオス!」


 彼の翡翠の視線とアリーシャの常磐が一瞬だけ絡み、彼の目に一瞬だけ安堵の色が宿る。しかし、すぐに倒れ伏す人々にも視線を巡らせて、そして改めて苦悶の声をあげる魔物を睨み付けた。

 その間にも足を止めることはなく、クレイオスはあっという間にモイラスの前に到着。槍を片手で引き抜き、その形状が元の形に戻っていくのを尻目に素早く構える。


「すまない、色々とあって遅れた」

「な、ん……? クレイオス、貴様は――」


 呆然とする貴族に取り合わず、クレイオスは悪鬼を睨み付ける。

 向こうもまた、右腕を奪った相手がクレイオスであることがわかっているのか、激情と共に恐ろしい形相で睨み返す。

 睨み会う拮抗――は、今回は存在しなかった。短期決戦を狙うクレイオスと、余裕のない魔物がほぼ同時に動いた故に。

 薙ぎ払われる拳を、縦に構えた槍で力強く受け止める。膂力を強化した鉱人族ドヴェルグでさえなし得なかった光景に、間近で見ることになったモイラスとエスカペオスが白目を剥いた。

 そんな二人に気を払うことなく、クレイオスは拳を払って返す刃で首筋へと突きを一閃。白銀の閃光と見紛う一撃は回避を許さず、まして動きの鈍くなっていた悪鬼に避ける術などなかった。

 結果、首を貫いて大穴を開け、続けて腹部に強烈な蹴りを叩き込めば魔物は唸り声もあげられずに仰向けに倒れる。

 数瞬、残った左腕で首を掻いてもがいていたが、やがて力なく大地に落ちる。

 今度こそ、終わり。恐るべき生命力とパワーを誇った悪鬼は、ついに力尽きた。


 多くの犠牲を払って化け物は倒されたが、しかし、それでもまだ今日という日は終わりではなかった。

 厳しい顔で振り返ったクレイオスがもたらした、悲劇の一報。


 ――魔物どもに、村の子供たちが連れ去られた、と。


 ここに、また更なる戦いが始まらんとしていた。

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