幻想世界

ネロノノア

第1話 世界

 夜。知らない場所にいる夢を見た。見たことのない建物が並ぶ町並みに首を傾げる。まさか自分にこんな想像力があったとは。これは本でも書くべきか。苦笑しながら街を歩く。すれ違う人は……いや、人ではなく、獣ばかりだった。ここは一体なんなのか。立ち止まり考え込んでいると急に目眩に襲われた。次に目を開けたとき、目の前にあったのは見慣れた自室の天井だった。


「なんとも奇妙な話だな」


 翌日、行きつけのカフェでばったり出会った友人に昨日の夢の話をしたところ、何故かその友人の興味を引いたようだった。その友人は高校のときにつるんでいた同級生で、特別そんなに仲が良いというわけではない。他に話し相手がいなければ話をするぐらいだった。なぜこのタイミングでそんなやつに出会ったのかは神様しか知らない話だが、何か昨日の夢にこの友人が関係していると思えてならなかった。


「お前もそう思うか……」


 こちらが黙り込むと友人も黙り込んだ。三十秒ほどしてその友人が沈黙を破る。


「結局、お前の目は何処にいったんだ?」

「さぁ……分からない」


 今こうして見ている景色もすべて右目を通して脳に伝えられている。理由は簡単。左目を無くしてしまったためだ。


 これは紛れもない現実――


 その翌日の朝。目を覚まして、一体どこからが夢だったのだと思い、洗面所に立った。自分の顔にドキリとする。やはりそこにあるべきものは無かった。右手を左目に持っていき、恐る恐るその漆黒の空間に指を差し込む。


「あぁ……」


 やはり自分は無くしてしまったらしい。

 目を開ける。真っ暗な世界がしばらく続いたあと、遠くに光の点が現れた。その光はあっという間に大きくなり、真っ暗な闇を照らし出した。


「ぅ……」


 眩しさに目を瞑る。怖くなって目をなんとか開けて周りを見ようと目を何度も開いて、閉じてを繰り返す。やっと目が慣れたと思いながらしっかりと開いた。


「…………」


 またここか。そこにはあの夢の世界が広がっていた。すれ違う人……、のようなものは顔がすべて獣。兎に山羊に鶏に……鹿?皆、体は人。街の通りの真ん中に立っていた。その獣のような人のような姿の者達が自分のすぐ横を通り過ぎていく。以前よりも近い距離だった。不思議なことにと恐怖はなかった。自分で創り出した世界だからなのか。もしかして、自分は目を無くしてしまったことから逃げたいのか。だからこんな幻想のような世界を作ってしまったのか。だとしたら、こんな平凡な自分のためにこの獣達はここに存在するのか。不憫なものだ。右手を顎に当てながら空を仰ぐ、スモッグのようなものが視界を遮り空はよく見えなかった。


「せめて星でも見えればなぁ」


 北極星を見れば方角だけでも分かる。現実の世界と同じならまさにこれは自分で創り出した世界だろう。


「にしても……まさかこんな想像力があったとは」


 自分の力を過小評価し過ぎていたのかもしれないと呟いて歩き出した。


「……あれは?」


 しばらく歩くと気になる建物が目に留まった。その建物は教会のように見えた。だが、ここは大日本帝国のはずだ。こんな立派で本格的な教会があるなど聞いたこともない。気になって敷地内を覗き込む。幸運なことに扉が開けられており、入れそうだった。


「入るか……」


 なぜそう思ったのかは分からないが、言葉を発するよりも前に体が先に動いていた。開放された大きな扉から中へ入る。やはり、教会のようだ。


「立派だ」


 入口の天井まで続く大きな扉。外からの光を取り込む色鮮やかなステンドグラス。巨大な数十本の柱。中心には十字のマークとそこに張り付けにされている人。


「あれはキリスト?」


 近づいてよく見る。だが、その人がキリストかどうかなんて分からなかった。そもそもキリストに会ったことがない。絵や銅像などの作品を通して知っているだけであり、実際の顔など知らない。


「……」

「おや、参拝者とは珍しいですね」


 驚き、凄い勢いで振り向く。この世界で話しかけられるのは初めてのことだった。そして、振り返った先にいたものを目に入れた途端、自分の目は最大に見開かれた。


「どうされた? そんな驚いた顔をされて」

「あ、いえ……。少し驚いたもので」

「驚いた? 一体何に?」


 さも当然かのようなその振る舞い。両手を広げておどける風なその者は自分の鼓動を早く打ちつけさせた。落ち着け。落ち着け。きっと、ここでは普通のことなのだ。不審に思われるような行動はさけた方がいい。


「いいえ、なんでも。勘違いでした」


 その者、獣はうっすらと笑みを作る。すると、そうですかと頷いた。

 あぁ、なんということだ。自分は獣と話している。


「どうしてここに?」

「通りを歩いていたらこの立派な教会が目に留まったもので。つい足を運んでしまいました」

「それはなんと光栄な。ありがとうございます」


 この獣は肉食なのか。頭の中ではそれが渦巻いていた。だからか、胸の鼓動がうるさいのは。ハイカラな動物園で見たことがある。頭はどうみても獅子のそれだった。喰われやしないかと、気を揉んでしまう。もういっそ、食事は普段何を? と聞いてしまおうかとも思ったが、やめておいた。それが発端で喰われでもしたら自分の馬鹿正直さで死んでも死にきれないと悔やむことになるだろう。それはなんとも馬鹿らしい。


「司教、これはどう言った像で?」

「司教……? あぁ、私のことですか。ははは、私は司教ではございませんよ。ただの管理人です」

「そうですか」

「はい。これは……なんでしょうね?」

「……はい?」

「いやはや、お恥ずかしいことに私もよく知らないんですよ」


 これはまた珍妙な。知らずにここの管理を? いや、それよりも明らかに神父の服を身にまとっているというのに司教ではないというのか。他に見たところ司教らしき人も、参拝者らしき人もいない。……では、ここはなんだというのだ。ひどく混乱している頭で考えに考えた。


「では、ここは?」


 だが、結局は聞かねば分からないという答えにたどり着く。やはり自分の頭は弱いようだ。つい先ほど過小評価していたと呟いたことを取り消す。やはり阿呆だな。それにしてもこの男……いや、男でいいのか? 頭は雄のようだが。この男はなんでこうも自分の言葉を待つのだろうか。もう少し癇癪を表してもいいのでは。それとも、見た目と違ってとても温厚なのか。


「そうですね、入り口とでも言っておきましょうか」

「いり、ぐち?」

「はい。世界の、」

「……世界?」


 世界とはなんだ?

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