The First Night

The First Night

 ずっと、隣にいた。


 ぎゅっと繋ぎ合った、小さい手。

 鉢巻をなびかせ、順位を競った。

 小さな体操服が、やがて汗臭いジャージに、初々しいブレザーへと移り変わっても——

 共に走り、喜び、悔しがり。

 参考書の上で一緒に昼寝をした。


 初めて遠く離れた、大学の4年。

 社会人のスーツ姿で、すぐにまた会いたくなった。



 そうやって、ずっと隣にあった。

 その指を、肩を。


 今夜からは、この想いで。

 深く繋ぎ合い、抱きしめ合う。



 ——これからも。

 ずっと、隣で。


 確かなような、儚いような——そんな願いとともに。





✳︎✳︎✳︎





 腕の中の、その美しい幼馴染に、唇が微かに触れる。


 純白の雪の上に——初めて、跡を残すように。



 触れ合った唇。

 やがて、今までとは違う素直さで自分を受け入れるその奥の温かな柔らかさに、身体の芯が不意に滾るように熱くなる。



「——やばい」


「……は?

ここでやばくて、大丈夫か」



 ゆっくりと唇を離した吉野の深刻な呟きに、岡崎は思わず小さく笑う。



「……お前は、人の気も知らないで」


 そんな言葉が、つい口を突いて出る。



 今初めて触れることを許された、腕の中の親友の艶やかな美しさに……

 既に自分は、抗い難く翻弄されている。


 なのに。

 ここからどうしようもなく溺れていくことをも許すかのようなその微笑みに、俺はこのまま飛び込んでいいのか……そんな意味不明な不安に、思わず怯むのだ。



 それでも——

 すぐに押し寄せた波のような衝動に、吉野は身を任せざるを得ない。




 シャワーを浴びたばかりの温かく滑らかな肌が、一層甘く匂い立つ。

 その匂いに酩酊するような感覚を覚えながら、伸びやかに白い首筋の曲線を唇で辿った。



 自分の耳元で、岡崎の吐息が微かに乱れる。

 僅かずつ、甘く色づくように。


 はだけたワイシャツの鎖骨が、弱い照明の微かな光に淡く浮かぶ。

 いつからか、垣間見えるたびに鼓動が高鳴るようになったその肌のくぼみに、吸い寄せられるように口づける。



「————ん……」


 思わず強くなった唇の刺激に、喉が震えるように反応し——岡崎の唇から、微かな声が零れた。



 これまでに、一度も聞いたことのない——たまらなく甘く鼓膜を震わす、その声。

 ごく微かなはずのその振動は、吉野の脳を激しく揺さぶり、身体の奥底を強烈に疼かせる。



 この声に、こうして思考をぐちゃぐちゃに掻き乱され、溶かされて……抑えようもなく昂ぶっていく。

 その瞬間を、自分は待っていた。

 ——ずっと、昔から。

 この自分自身の身体の反応は……そうとしか思えない。


 その声を、もっと聴きたい。

 自分が与えるもので、この美しい恋人を声が掠れるほどに叫ばせたい。

 もっと強烈で、甘い苦しみに満ちた——

 堪え切れずに身体から湧き出すような喘ぎを。


 本能が、真っ直ぐに脳へそう要求する。




 ————待て。


 このままだと、俺は自分の欲しいものを全部強要して、こいつをめちゃくちゃにしてしまいそうだ……

 初めてこういう経験をする、まだ固い蕾のようなこいつを。



 自分の中で闘う感情に、鼓動と呼吸が激しく乱れる。

 吉野は思わず岡崎の胸元に額を寄せ、はあっと荒い息を吐いた。



「————

嫌じゃないか?……晶」



「…………順。

さっきお前に頼んだこと、忘れたのか?


——そんな答えを考える余裕もないくらい遠くへ、俺を運んでくれ」



 その言葉に、吉野は思わず視線を上げて岡崎を見る。

 自分を見つめるその瞳が……自分と全く同じだと、吉野は気づく。


 もう、何も考えずに。

 ただ激しい波に身を任せ、熱に浮かされでもするように何かを超えてしまいたい。

 そんなもどかしい思いを持て余す、熱を含んだ瞳。



「——わかった。


……俺、もうブレーキ踏めないから」



「ああ。……それでいい。


…………っ……!」



 堪りかねたようにその胸元へ落とされた吉野の唇の強い刺激に、岡崎は思わず眉間を歪め、新たな吐息を漏らした。


 同時に、次第に熱を持ち始めた岡崎の芯に、吉野の長い指が触れる。

 同性の感じやすい箇所を知っている、その指の繊細な動きに……これまでに経験したことのない甘く強烈な感覚が、突き上げるように背筋を駆け上った。



「……っ……あ……っああ……」

 激しい快感に思わず顎を反らし、岡崎は白い喉を晒して切なげに喘ぐ。


 その溶けるような姿態に、吉野の意識はぐらぐらと揺さぶられ、もはや抑えようもなく猛る自分自身を制御することができない。

 反るように浮いたその華奢な腰を掴み、ぐいと力強く引き寄せた。

 熱を持って桜色に染まっていく岡崎の滑らかな背が、逞しいその力で軽々とシーツを滑る。



 ひやりと冷たく滑らかな感覚に浸された後に押し当てられる、熱く逞しいその質量に——熱く解れかけた岡崎の身体が、思わずびくりと竦む。



「————……」



「——身体の力、抜いて。

辛かったら、言ってくれ」


 自己を完全には失っていない吉野のその低い声に、不安に歪んだ岡崎の眉がふっと解けた。


 恐怖を振り切るように自分を見上げるその瞳を見つめ、逆に吉野が微かに眉を寄せ、困惑したように微笑んだ。



「…………っ……」


「…………ん……うっ…………あ、あ————っ……!」



 まるで自分を無理やり切り開かれるようなその痛みに、岡崎が思わず悲鳴のような声を上げる。



「————……っ……」


「………あ………う……っくっ……」




「…………晶……


晶…………待ってくれ……!」



 岡崎の苦しみを堪えかねた吉野が、とうとう呻くように小さく叫ぶ。



「——晶。

こんな風に辛いことをお前にさせるのは、俺は嫌だ…………!!」



「——絶対に、やめるな」


「————どうして……

こんなことを無理にしなくても……俺は——」


「俺が、こうしたいんだ」



 明確に響くその言葉に、吉野は苦しげに息をつきながら岡崎を見つめる。



「俺が……こうしたい。


——お前に愛されてるって……それを、身体全体で感じたい。

これまでずっと、自分自身を閉ざしてきた分も。


だから——

これくらいで、丁度いい」




「——————」



 吉野の瞳が、一瞬ぶわっと滲み——

 同時に、強い衝動に突き動かされるように、岡崎へ埋めていく腰にぐっと力が籠もった。


「————あ…………っ……」


「……く……っ……」



 そんな長い時間を経て——やがて、吉野は何か山を越えたように大きく一つ息を吐き出した。

 そして、苦しげな呼吸を繰り返す岡崎の首筋に、熱く湿った額をすり寄せる。



「——大丈夫か」


「……今の所はな」


 頬を紅潮させ、汗を浮かべながらそう微笑む岡崎を見つめ、吉野は愛おしげに唇を重ねる。

 やがて、少しずつ揺れを起こしながら、熱を持ったその芯に優しく触れ、愛おしむように指を動かし出す。



 波が起こる度に自分の内部を掻き回されるような強烈な感覚と、脳を溶かす指の甘い動き——同時にやってくるその堪え難い刺激に、岡崎の意識はぐわぐわと翻弄される。

 身体がバラバラに分解するかというようなその波に激しく揺さぶられ、下腹の奥に渦巻いていた熱が大きな塊となって抑えようもなく突き上がった。


「————あ……っ……っ……!!……」


 強烈な開放感に肩を震わせ、強く身体を反らせた岡崎の耳元から首筋へ、吉野は熱を含んだキスを無数に降らす。


 そして、熱に浮かされたように溶けた岡崎の瞳と視線を絡ませた。



「——……少し、このまま動かさずにいるから」


 腕の間に優しく岡崎を包むようにしながら囁いた吉野の首に、不意に岡崎のしなやかな腕がするりと回る。


「……ああ。

——ゆっくり……少しずつ、な」


 きゅっと引き寄せられ——乱れた熱い息と共に、耳元でそう囁かれる。



 …………ああ。

 だから。ダメだって。

 今ゆっくりって言ったのお前だろ。

 そういうことされると、俺が一気にやばくなるんだって——ちょっとは男の気持ちを考えろお前は!!


「——殺す気か」


「それはむしろ俺の台詞だ」


「……ってことは、お互い様か」


 息を乱しながら、小さく笑い合う。



 ——そうして、吉野はこれ以上堪え切れないように、再び少しずつ波を起こし出す。


 岡崎は、その揺れを全身で受け止める。



 熱い息を交わしながら——

 二人の両手の指が、静かに絡み合う。



「……ん……っあ……

っああ——っ……!!……」


「————晶……っ…………晶……」



 岡崎の中で自分の芯を強く締められ、吉野の眉も切なげに強く歪む。

 汗の粒が、同じように汗ばんだ岡崎の肌の上に散るように落ちていく。


 やがて——自ずと力強くなる振動と共に激しく切迫してくる感覚に、無意識に愛おしい名を繰り返した。


 ——もはや我を忘れたように激しく喘ぐ恋人のその指を、強く握って。




「————……晶…………

……っく…………っ……」



「————っ…………」



 自分の身体が、これまでに経験したことのない強烈な快感と開放感に激しく震える。

 そのまま、岡崎の肩に熱い額を強く押し付けた。




 二人の熱く激しい息が、互いの胸元で混じり合い——

 やがて、その呼吸を求め合うように、唇を重ねた。



 ——互いの指を、固く結び合ったまま。




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