The Fireworks of a Summer Night 第2話
照明を弱く落とした部屋の窓から、街の灯と月明かりが仄かに入り込む。
逃げずに、向き合う。
じゃないと……
きっとこいつとは、もうやっていけない——。
お互い、身体中の勇気を振り絞って、互いを見つめる。
心のどこかで常に願いながら……怖くてできずにいたこと。
あのゴンドラの中で、初めて向き合った。
初めて自分の心の奥を見つめ……気づいた。
——もっと、近づきたいと。
心も、身体も。
吉野の指が、岡崎の肩を静かに引き寄せる。
あの時したように……ぎこちなく、額を近づける。
そうだった。
あの瞬間。
額を寄せたら……額よりも、唇を寄せ合いたくて。
強烈に——。
「…………」
吉野は、岡崎の瞳を正面から見つめた。
その唇に触れる許可を得るために。
「————」
見つめ返そうとした岡崎の視線が、急に迷い……俯いた。
吉野は岡崎の視線を追う。
肩にかけた指の力が自ずと増す。
「…………」
岡崎の瞳は、訴える吉野の視線を受け止めきれずに、ぐらぐらと揺らぐ。
その瞳と、戸惑う表情の美しさに……吉野は自分自身の欲求をじりじりと目の当たりにする。
俺は——こいつに、受け入れられたい。
心も、身体も——自分の全てを。
なのに……
こいつは、それを許そうとしない。
誰も、心に入れようとはしない。
自分を苦しげに拒む美しい幼馴染を、吉野は力で追い詰める。
俯こうとする華奢な顎を指で捕らえ、ぐっと上向けた。
掠れるように、懇願する。
「入れてくれ——お前の中に」
岡崎は、そんな吉野の瞳を一瞬強く見据えたが——
それ以上抗うことを諦め……眉間を微かに歪めて、瞳を閉じた。
その瞬間——
吉野の机にあったスマホが鳴り響いた。
「おい——鳴ってる」
「後でいい」
鳴り続ける着信音に——
岡崎の指が吉野の指に触れ、僅かに押し留めた。
「出てくれ——頼む」
呟く岡崎の瞳に、はっと視線を合わせ……吉野は、我に返ったように身体を離した。
電話を取りに、すっと立ち上がる。
ふわりとそこに残された煙草の匂いに——岡崎の胸はギリギリと激しく掻き回された。
「——リナ?」
『ごめんね順!あのね、帰宅してバッグの中見たら、財布がないのよ!うあ〜ヤバいよぉ〜〜!!どうしよう!?もしかして、そっちに置き忘れてない!?』
「ん……財布?」
「……リナさんか?」
「ああ……財布がないらしい。部屋に置き忘れてないかって」
「マジか……どんなのだ?色とか」
「……確か、ピンクだったよな?」
『そう!お札が折らずに入るタイプの、ピンクのやつよ。やだもうほんとピンチー!』
「ちょっと待てよ……探すから」
ふたりで、テーブルの下やキッチンなどをごそごそ見て回る。
「この辺には……ないっぽいぞ」
「おーい、これじゃないか」
洗面所の方で、岡崎が声を上げる。
確認に来た吉野が、はあっと大きな溜息をついた。
「これだ……全く、なんで洗面所なんかに財布置くんだよお前は?」
歓喜するリナの高い声が電話から響く。
『え、あったの!!?
よかったーー!!ありがとう〜助かった!もしかしたら、帰る前にお化粧直しした時かもしれない!
お騒がせして、ほんっとにごめんっ!!』
「…………いや」
『ん……
なんかあった?』
「…………」
『…………もしかして。
私……なんか邪魔しちゃった……?』
「……いや、なんでもないから。
ほら、夜更かしは肌が荒れるんだろ。安心して早く寝ろ」
『……やだ、私。
どうしよう……
ごめん〜〜〜〜〜っ』
「あーうるさい。じゃ切るぞ。おやすみ」
「……よかったな、あって」
「そうだな……
あ、思い出した。リナ、なんかデザートも買ってたみたいだぞ」
冷蔵庫のケーキボックスには、大きなストロベリータルトが二つ入っていた。
「ん……甘いな」
「へえ。お前が甘いって、どんだけ甘いんだ?」
今日は珍しく吉野も素直にタルトにフォークを入れる。
「ぐっ……甘すぎて、目が覚める」
「お前、普段から甘いの苦手だからな」
同時に、微かに笑い合う。
「——それ食べたら、飲み過ぎる前に帰れよ。
ボーダーライン越えると、お前ヤバいんだからさ」
吉野が、微かに微笑んだままそう呟く。
「……そうだな。
——そろそろ、帰らなきゃな」
玄関を出る岡崎を、吉野は穏やかに見送る。
「じゃ、気をつけろよ」
「——ああ。またな」
踏み出した外の熱気を吸い込みながら、岡崎は夜空を仰いだ。
……あいつを、傷つけた。
恐らく、深く。
だが——謝るところではない気がした。
拒んだ理由をあいつに弁解する言葉も、見つからなかった。
怖かった。
受け入れれば——
今までの関係が、ガラガラと全て崩れていく気がして。
もしも——
あいつの腕に、溺れてしまったら。
あいつなしでは、夜を過ごせなくなったら——
あいつがいなければ、生きられなくなるとしたら。
俺たちは、どうなる?
屈託なくバカな言葉をぶつけ合った、大切なあいつは、どうなるんだ——?
「——ほんとに、ヤバいかもな」
もう、どんな形にも、なれないのかもしれない。
俺たちは——。
そんな思いが、岡崎の胸を押し潰すように占領した。
✳︎
リナは、自室で頭を抱えていた。
やってしまった。
キューピッドとしたことが、あるまじき大失態だ。
今日の部屋飲みの計画は、彼らの間に起こった何かが原因になっている気がした。
二人の様子が、いつもと全然違ったし……お互いよそよそしいというか、気まずいというか。
だから、さっきも気を利かせたつもりで、二人を残して帰ってきたのだ。
うまく話し合いでもできればと思ったのに……
財布騒ぎで、うっかりキューピッドの任務もすっ飛ばしちゃうし。
しかも……電話の奥の、あの重苦しい雰囲気。
そういえば、順が電話に出るまでに、だいぶ時間もかかったわ——。
きっと……間違いなく、ふたりが何かの最中だったのを、妨害しちゃったんだ。
もしや、キスとか……?
いや、もっと…………
あーー!!妄想してる場合じゃないでしょ私っ!!?
とにかく、私のせいで彼らの間の溝が一層深まるようなことがあったら……
私のせいで、ふたりが別れるなんてことになったら……
きっと一生後悔する!そんなの絶対イヤ!!
リナは、意を決して立ち上がった。
どうにかするわ。
ふたりの仲を絶対元どおりに戻すんだから!キューピッドの名にかけて!
リナの目が、リベンジにメラメラと燃えていた。
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