Sister's Confinement

流布島雷輝

第1話


 その日、私が目が覚ますと、両手を手錠でベッドに繋がれていました。


 とりあえず、手錠を無理矢理外せないかと試みましたが、ガチャガチャと音を立てるだけで、全く外れそうにありません。

 どうやら本物の様です。これ以上続けていると、手錠よりも先に手が引きちぎれてしまいそうです。


 脚の方はどこにも固定されていないようですが、手錠を外せない以上ここから移動できそうにはありません。


「そもそも、ここはどこなんでしょうか……?」


 状況を確認しようと、周囲を見渡しました。化粧台、机、洋服ダンス。見覚えがある調度品がいくつもあります。どうやら、ここは私の部屋の様です。

 そもそも、私はリビングで妹と食事をしていたはずです。どうしてベッドで眠っていたのでしょうか。記憶が曖昧になっています。どうにも思い出せそうもありません。


 誰かに監禁されてしまったらしいということ以外、私が置かれた状況が理解できそうになく、途方に暮れるほかありませんでした。


「どうしてこんなことに……?」


 どうにも、誰かに、このようなことをされる心当たりがありません。知らずに誰かに恨みを買っていたのでしょうか。

 それとも、何かの事件に巻き込まれてしまったのでしょうか。何らかの犯罪を犯して警察から逃亡する犯罪者。あるいは、私を狙っている陰湿なストーカーがいつの間にか私の部屋を突き止めて、このような凶行に?


 そういえば、妹はどうなってしまったのでしょう。あの時、あの娘も部屋に一緒にいたはずです。犯人がこの家に侵入した以上。妹が巻き込まれていないということは考えにくい話です。ですが、どうやらこの部屋にはいないようです。

 妹とは両親が事故で亡くなってから、ずっと二人で生活してきました。今年、高校生になったばかりの大切な肉親なんです。

 もしあの娘が殺されでもしていたら、私は犯人を許せそうにありません。

 

 そして、しばらくした後、部屋の外から床を軋ませながら階段を昇る足音が近づいてきました。私を監禁した犯人でしょうか。

 きっと、監禁した私の様子を確かめに来たのでしょう。

 しばらく足音が続いた後、ついに部屋の扉が開きました。そして、誰かが部屋の中に足を踏み入れました。


 ついに私を監禁した恐ろしい犯人との対面。そう思われた瞬間でした。


 けれど、そこに現れたその人物の姿を見て、私は正直、恐怖を覚えるよりも、むしろ、安堵したのでした。なぜなら、彼女のことを私はよく知っていたし、私にとって恐れるような人物ではなかったからです。


 私が何度か整えたほうがいいといってもボサボサにしたままの長く伸ばした髪、メタルフレーム製の眼鏡。量販店で買ってきたボーダーのTシャツ。

 彼女の名前は金辺詩檻かなべしおり。私の可愛い妹です。おしゃれに気を遣えば、もっと可愛くなると思うのですが。


「よかった。生きてたんですね」


 妹の安否が心配だった私は、自分の置かれている状況のことさえ後回しにして、心の底から彼女の生存を喜んでいました。

 それだけ私にとって妹のことが大切だったのです。


「うん、私は、大丈夫だよ。おねぃちゃん」


 妹は笑顔でそう言いました。

 冷静に考えれば、私が手錠でベッドに繋がれているなどという異様な状況をみて、笑顔というのは不自然な話なのですが、この時の私は、妹が無事だったことに安心して、そのことに気をかける余裕がありませんでした。


「そうだ!助けてください、詩檻!誰かに手錠でつながれてしまって動けないんです!このままだと貴女もいつ襲われるかわかりません。警察に連絡を!」


 妹が無事だったことはとても喜ばしいことですが、この状況では安心していられません。いつ、私を拘束した犯人がここに戻ってくるかわからないのですから。

 だから、私は妹に警察を呼ぶように指示しました。


「大丈夫だよ、おねぃちゃん。警察なんて、呼ぶ必要ないから」


 警察が必要ない?大丈夫?

 私は、妹が何を言ってるのかよく理解できませんでした。事実として私は何者かに拘束されているというのに。


「大丈夫?どういうことですか。犯人を捕まえたんですか?」


 犯人が捕まったから妹は警察が必要ないといっているのだろう。私は今の状況を自分に納得させるため、そう結論づけました。


「ううん、犯人は、捕まったわけ、じゃないよ。犯人は、今も、ここにいるから」


 妹はまだ笑っていました。流石の私も妹の様子に違和感を覚えました。犯人がそこにいる?なのに、どうしてこの娘はそれを恐れる様子が何もないのだろうと。

 いえ、その理由にはすでに気付いていたのかもしれません。ただ、その答えを私が信じたくなかっただけで。


「犯人がそこにいるんですね?あなたを後ろで脅しているということですか?」

「ううん。そうじゃないよ」


 私の言葉を否定しながら、ずっと扉の前に立っていた妹が部屋の中へ一歩踏み入れました。彼女の後ろには誰もいません。

 それはつまり―――


「おねぃちゃんに、手錠をかけた犯人は、私なんだよ。だから、大丈夫だよ」


 妹は笑顔で私にそう告げました。

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