67:草の王冠

67:草の王冠


「私は、長にはならない」


 夜、集会所で集まった者達を前にして。ガイウスはそう、はっきりと言い放ったのだ。

 嗚呼、とコボルド達の間から溜息と落胆の声が漏れる。彼等からしても、無理な頼みという認識があったらしい。

 だがその中で。レイングラスと、コボルド達の脇にいたエモンがガイウスに食い下がった。


『どうしてだよガイウス! お前、自分がヒューマンだってことを気にしてるのか? それとも、コボルドの村長は嫌なのか?』

「そうだぞオッサン! 何で受けねえんだよ! 皆がここまで頼んでるんだろ!?」


 エモンは背後のダークに「いいから黙って聞くでありますよ」と取り押さえられ。

 一方、レイングラスは傍らのレッドアイに尻尾を掴まれつつも、問う。


「そうではない。村の存続のために、長にはならない。私はそう考えたのだ」

『どうしてだ? お前が天辺に立ってくれたほうが心強いんだよ。ヒューマン達と戦うにしても、魔獣を狩るにしても。お前は強いし、皆も喜んで従うさ』

「そうか、ありがとう。だが仮に、私がいる間ヒューマンや魔獣に対抗出来たとしても。その後はどうする?」

『その後って何だよ』

「私が死んだ後だ。戦死も有り得るし、病になるやも知れぬ。事故だって起きるだろう。そうでなくとも、歳を取れば死ぬさ」

『縁起でもないこと言うなよ』


 レイングラスは困惑した表情を浮かべる。


「人は不死身ではない。レイングラスよ、その場合はどうなるのだ。その後も村が外からの脅威に晒されるなら、な。いや、寿命からいって君達はその時既にいないかも知れん。だが、君達の子孫達は、その時、どうするのだ?」

『そりゃお前……死ぬ気で戦うさ』

「それで勝てるかな?」

『ど、どうしようもなくなったら、村を捨てて逃げる……しかないだろ……』

「この【大森林】の中で。ここ、双子岩の草地のように都合のいい場所がすぐに見つかるだろうか」

『な、なかなかない……と思う』


 いつもの威勢の良さは消え、弱々しい。


「そうだ。その通りだレイングラス。私達には、確かな逃げ場所などないのだ」


 レイングラスだけではない。コボルドの間に、重い沈黙が流れた。

 だが。


「……だから、私は国を作る」


 ガイウスは言葉を続けて、その静寂を破ったのだ。


「君達がこの先も、そして君達の子孫がこれからも。そう、これからもずっと暮らしていける場所……コボルドの国を建てるのだ」


 村人達はまるで何かに打たれたかのように身体を震わせ、彼の顔を見上げる。


「私は難局のために村の長にはなれない。だが、子供達のために、君達の未来のために強い国を作れるのであれば、私は喜んでこの身を捧げると誓おう」


 ガイウスはコボルド達へ向け、頬を歪めた。

 猛獣が牙を剥く顔だ。

 だが、民にとってはそうではない。


『……おうさまだ』


 誰と無く、そう呟いた者がいた。

 噂や遠い昔話、伝え聞く伝承の中にのみ、聞いていた名前。

 自分達には無縁と思っていたその言葉が、記憶の中から掘り起こされたのである。


『王』

『おうさま』

『王様だ!』

『コボルド王だ!』


 どよめき。

 コボルド達は互いに顔を見合わせ、確認するかのように何度も口にする。


『コボルド王、万歳』


 集団の後ろの方から、老いた声が発せられた。

 その言葉はたちまち皆に伝播し、連呼され、そして大合唱へと発展していく。


『王様、万歳!』

『王様万歳!(フレーフォーザキング)』

『コボルド王万歳!(フレーフォーザコボルドキング)』

『ガイウス王万歳!(フレーキングガイウス)』

『王国万歳!(フレーフォーキングダム)』


 生まれたばかりの王国民は口々にそう叫びながら、彼等の王を取り巻き、群がり、抱きしめる。

 たちまちガイウスは頭の上までコボルド達によじ登られ。びっしりとしがみついた毛皮のせいで、あぐらをかいた熊のような姿となった。


 その前へ。ダークに肩を貸されたサーシャリアが歩み寄り、そして支えを受けたまま跪く。


「サーシャリア君、ダーク。私に力を貸して欲しい」


 赤毛が、小さく揺れた。


「……六年間。ずっと、その言葉をお待ちしておりました。不肖非才の身ながら、剣となり杖となり。ガイウス様をお支えしたく存じます」

「ありがとう。サーシャリア君」


 詰まりながら口上を述べる彼女に、ガイウスが微笑む。サーシャリアは鼻を啜りながら、頭を微かに上下に振った。

 その身体を支えたままのダークも、空いた手を胸に当て敬礼の仕草をする。


「あの時よりこの命は貴方様のもの。どうぞ上でも下でも前でも後ろでもお使い下ゲフゥ!?」


 僚友から鋭い肘鉄を受けたダークはそのまま横へ倒れ。彼女の支援にて姿勢を維持していたサーシャリアも、もろともに倒れ込んだ。

 それをエモンが、指差しして笑っている。


「エモン、君も手伝ってくれるか?」

「それを聞くか?オッサン」

「はは、そうか。そうだな」


 エモンは倒れたまま口論している女性二人の脇をすり抜け、ガイウスに近付く。

 そして差し出されたコボルド王の手を掴むと、がっしりと握るのであった。


 それからしばらくの間、王国民達の産声は止まず。

 月に照らされた森に、歓喜の声が響き渡っていた。



 即位式は、翌日に行われた。

 戦時下である。慎ましく、質素なものだ。


 王国民一同が見守る中で、王の頭上に冠が載せられた。

 蔓草で出来た、素朴な王冠だ。作ったのはコボルドの子供達。

 コボルド王は、王国の子供達が草花や枝を編みあげたものを都度冠するものと決められた。これはガイウス本人による希望である。

 王は、国の未来の為に。子供達の手で、王となるのだ。


 肩によじ登り、冠を被せる大役を担っていた子供がゆっくりと降りる。

 その時を待って立ち上がった王を、民は歓呼して迎えた。


『コボルド王万歳!(フレーフォーザコボルドキング)』

『王国万歳!(フレーフォーキングダム)』


 王も、手を振ってそれに応える。


 ガイウス=ベルダラス男爵。

 イグリス王国鉄鎖騎士団団長。


 彼はかつて、そう呼ばれていた。そう呼ばれたこともあった。

 だが、これからは違う。


 コボルド王、ガイウス。


 そう、これが。これこそが。

 これからの彼の肩書であった。

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