43:フォグの戦い

43:フォグの戦い


 ガイウスより譲り受けたダガー【スティングフェザー】を右肩につけ、刃を冒険者達へと向けるフォグ。【雄牛の構え】を少し下げた【鍵の構え】だ。

 体格差を考えれば構えから切り結ぶ状況ではないが、次の行動への準備としては意味がある。

 なおかつ、彼女は切り込む前に僅かな時間を必要としていた。そのためガイウスから教わった通り、防御を固める構えをとったのである。

 そして大きく息を吸い込むと。


 あおぉぉぉぉぉん


 遠吠えをするかの如く、天に向かって吠える。

 しかし、風が強い。距離もある。彼女の声が掻き消されず、村や他のコボルド達に届くかどうかは怪しいだろう。

 だが、一々悩んでいる余裕はない。布石と手は打てるだけ打っておかねばならなかった。


『ブロッサム!ここはアタシが食い止めるから、村へ戻って助けを呼んで来るんだよ!』


 その指示に姪は従わなかった。いや、従えないのだ。

 ブロッサムの体は恐怖で硬直し、思考は混乱の真っ只中にある。だがそれも、無理からぬことだろう。この琥珀色のコボルドは、フラッフ達よりやや年上なだけの子供に過ぎないのだから。

 そのことを十分理解していたフォグは、落胆もせずに目の前の敵へ注意を戻した。


 すぐにでも襲い来るかと思われていた敵達は、未だフォグをじっと見つめている。

 いや。正確には虹色の光沢を見せる、フォグの【スティングフェザー】を注視しているのだ。


「おい、嘘だろ」

「……あの虹色の光、ミスリル合金だ」

「魔剣か?」

「何でこんな犬っころがそんなモノ持ってるのよ」

「あれ一本売り払うだけでも、借金が返せるんじゃないの!?」

「……本物ならな」


 驚きはしているが、動揺はない。むしろ予定外の収穫に喜んでいる空気が感じられた。

 フォグは相手の感情をもっと探るために、鼻を使う。そう、魂の匂いを嗅ぐのである。


(油断してるね、「相手にもならない」って感じだ)


 まあ、一般のコボルドとヒューマンの戦力差を考えれば、そう思われて当然だろう。

 嗚呼。だがそれよりも。


(前も微かに嗅いだこの匂い!知ってる!アタシは覚えているぞ!こいつら、「あの時に」いた奴等だね!)


 夫、兄夫婦、友人隣人、多くの村人達……そして、逃避行の最中に名前をつける間もなく死んでいった我が子達の仇。憎んでも憎みきれぬ、その者達が、今目前にいるのだ。

 フォグの血流が沸騰せんばかりに滾る。今すぐにでも、飛びかかり、斬りつけたい。噛み殺したい!


 ……だが、彼女は怒りに我を忘れはしなかった。

【鍵の構え】を崩し、切っ先を地面へと向ける。それは敢えて頭上の防御を緩めることにより相手の攻撃を誘発する、【愚者の構え】。身長差もあり、相手からはさぞ打ち込み易い隙に見えることだろう。


(まず相手の攻撃を誘い、反撃から懐へ飛び込む)


 この世で最も憎悪する相手。一秒一瞬でも惜しい状況。

 だがフォグは激情と焦りには流されず、敢えて消極的な構えを取る冷静さを残していたのである。


「絶対に逃がすなよ!下手すりゃ、村の貯蔵物全部合わせたより高く売れるからな!」

「おう!」

「……分かった」


 鎧男は盾を捨てながら片手用のバトルアクス、槍使いはフラメアという古い型の槍で両脇から迫ってくる。

 まずはリーチの長い槍が到達するが、フォグはそれを目で確認してから体を逸し、躱す。


(ガイウスに比べれば、大したことない)


 そして回避行動を予備動作に軽く跳躍し。槍の柄に飛び乗ったかと思うと、剣を刺突体勢で構え。そのまま敵目掛けて、柄の上を走ったのである。


「……なっ!?」


 当然だが、今まで槍使いは相手からこのような対応をされたことがない。

 彼は振り払うか手を離し飛び退くかの判断に迫られたが、その選択に一瞬躊躇してしまったのだ。


 それが、彼の命取りであった。


『貫け(スティング)!』


 フォグの声に応じ。【スティングフェザー】の柄に埋め込まれた三つのミスリル球の内、一つが強い虹色に輝く。

 瞬間、その刀は細長く変形。いや、細くなった分、刃渡りが大幅に伸びたのである。


 これこそが、ガイウスがフォグに贈った魔剣【スティングフェザー】に組み込まれた魔法仕掛けであった。

 魔力に反応しやすいミスリル銀の特徴を生かし、小型の魔力球に充填された魔素を解放することによって一時的にその刀を伸ばす。

 高いミスリル含有率、刀工による精巧な拵え、そして魔術ではなく、神秘性を有した魔法による機構。おそらくは要人暗殺用に作られたであろう、膨大な手間と大金の投じられた、まさに逸品というべき一振りだ。

 それなのに死蔵されていたのは、異様な作り込み故にガイウスの膂力で扱えば壊れてしまうからである。ダークも同様の理由で、このダガーを持つのを拒んでいた。


 向けられた一尺五寸の刀身は倍近い三尺(90センチ)へとその姿を変え、駆けるフォグと相乗し瞬時に槍使いの顔面へと到達する。


「……え」


 刃先は、驚きの声を漏らしながら仰け反る彼の右眼窩へと潜り込み、奥を穿ち、頭蓋まで届き、そして柔らかいその内部を存分に抉ったのである。


「んごっ」


 豚が鳴くような呼吸音と共に。残ったもう片方の眼球が「ぐりん」と上へと回転した。

 同時に【スティングフェザー】の白刃は収縮し、瞬く間に元の長さへと収まる。


 槍使いは何か女の名前を呟きつつ、地面に後頭部から沈み込む。そのすぐ脇に着地したフォグは身を翻しながら素早く剣を構え直し、次へと備えた。

 敵は目の前の光景に認識が追いついていない。好機はまだ、続いているのだ。


(いける!)


【スティングフェザー】の柄を握りしめ、感触を確かめる。

 三つの魔力球の内、一つは練習で、一つは今使った。残りは一つ。相手は四人。もう一度くらいは剣のギミックが通じるだろうか。そうすれば、残りは三人。

 内、軽装の女二人は斬り合いに加わってこないところをみると、戦闘要員ではないらしい。弓の類もない。脅威にはならないはずだ。


(大丈夫だ、やれる。やれている)


 そしてそれを「やれた」にするため。「やり遂げた」と語るため。

 フォグは大地を蹴り。次の標的目掛けて、その身を躍らせるのであった。

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