第46話暴かれた秘密

 突きつけられた正解にいち早く反応し、水月が「え?」と驚きの声を出した。


「ちょ、ちょっと待って下さい! エレーナは祖父の手伝いをしていますが、薬の調合なんて傷薬ぐらいしかできませんよ。あり得ない……どうしてイヴァン様はそう思われたのですか?」


「昨日襲われた時に、あの狂王がエレーナを庇ったと部下から報告を受けたんだ。いつも薬を煎じているトトではなく、何故トトを手伝うだけのエレーナを庇う必要がある? 万が一エレーナを殺されて、不老不死の術を失いたくなかったからではないのか」


 イヴァンの語尾が鋭くなり、こちらを強く押して屈服させようとしてくる。


 言い返す言葉が出せず、いずみは俯く。

 押し黙っても、言葉を並べても、疑いが事実なのだと証明しているような気がした。


「陛下の気まぐれ、ということも考えられませんか? 失礼ながら、常人とは思考が違いすぎるお方ですから」


 水月が諦めずに足掻こうとする。が――。


「言い訳は見苦しいですよ、ナウム。どれだけ貴方がもっともらしい嘘をついても、彼女の反応がすべてを物語っていますよ」


 いつのまにか隣に来たルカが、水月の肩を掴んで強引にいずみから引き離す。

 そして素早く水月の腕を後ろに回し、体の自由を奪った。


 守ってくれていたものが取り払われ、いずみは棒立ちになったままイヴァンを見上げる。


 もうこれ以上は隠し切れない。

 一呼吸してから胸の前で両手をギュッと握り締め、イヴァンの視線を真っ向から受け止めた。


「今まで隠していて申し訳ありません。イヴァン様がおっしゃる通り、私は久遠の花……陛下のお体に合わせて薬を調合しています」


 スッとイヴァンの目が細くなり、憤りに満ちていた眼差しが少しだけ和らぐ。


「やはりそうだったか……残念だ。親父を不老不死にさせる訳にはいかないからな、お前たちにはここを出て行ってもらう。素直に従ってくれるなら、手荒な真似はしないが――」


「へー……オレたちをここから逃すなんて、本当にアンタたちにできるのか?」


 取り繕うことをやめた水月が、嘲笑混じりの声でイヴァンの話を遮った。

 怪訝そうに眉根を寄せて、イヴァンが横目で水月を睨みつける。


「ナウム、何が言いたい?」


「オレたちだって、逃げられるものなら今すぐにでも逃げたいんだよ! 久遠の花の隠れ里を襲われて、オレやエレーナの家族も仲間も殺されて、無理矢理ここへ連れ込まれて……こんな所、大金もらっても居たくないんだよ」


 威勢が良かったのは最初だけで、水月の声は次第に落ち込み、今にも泣き出しそうな表情へと変わっていく。

 

「逃げ出したくても、ずっと見張られ続けて逃げられねぇ。もし逃げ出せばオレは容赦なく殺されるし、エレーナはオレが死ねば自分で命を断っちまう。……ここで我慢して狂王の薬を作り続けるしか、オレたちが生き残る術はないんだ」


 水月の話が終わり、この場にいる全員の動きが固まり、温室から音が消える。


 自分のやっていることがイヴァンにとって目障りだとしても、そうしなければ生きていられない。大切な妹との再会も叶わなくなる。

 けれど、イヴァンから憎まれ続けることを考えると、胸が痛くて、この場から消えたくなってしまう。


 目頭が熱くなり、いずみの瞳が潤みそうになる。

 涙を流せば取り乱してしまうそうな気がして、唇をギュッと噛み締めて堪えていると、


「……だったら俺はどんな手を使ってでも、お前たちを必ずここから逃してやる」


 ため息混じりにイヴァンは呟き、罰が悪そうに頭を掻いた。


「そういう事情があるかもしれんと予想はしていたが……案の定か。辛い思いをしてきたな、エレーナ」


 イヴァンの声が、いつもの温かみのある声に戻っている。

 自分たちの嘘かもしれないのに、あっさりと受け入れられたことが信じられなくて、いずみはイヴァンを凝視する。


「あ、あの……私たちの話を信じて頂けるのですか?」


 顔色を伺いながら尋ねるいずみへ、イヴァンは大きく頷いた。


「気づいていたか? 家族のことや過去を語る時、いつも悲しげに、すべてを諦めたような表情を見せていたことを……どれだけ言葉を並べても、普段の何気ない仕草のほうが真実を物語ってくれるものだからな」


 ふといずみの脳裏に、水月がイヴァンと初めて対面した言葉が浮かぶ。


『あの人、まったく隙がなかったぞ。気さくそうに振舞っていても、厳しい目でオレたちを見ていやがった』


 裏を返せば、ちょっとしたことも見逃さないように気を配っていたということ。

 やはり厳しくても優しい人なのだと分かって、いずみの頬が安堵で緩んだ。


「ありがとうございます、イヴァン様。でも――」


「……駄目だ。アンタらにオレたちの命は預けられねぇ」


 いずみの話を、水月が腹から絞り出したような声で遮る。

 緩くなりかけた空気が一気に張り詰め、イヴァンの顔が険しくなった。


「お前たちだけで逃亡を試みるよりも、俺の庇護を利用したほうが明らかに逃げ切れる可能性は高いと思うが?」


 クッ、と水月の喉からくぐもった笑い声が漏れた。


「可能性? どっちも皆無じゃねーか。だってなあ……」


 水月が息をつきながら肩をすくめる。と――。


 ――ガッ! 唐突に水月がルカの足を払い、体をよろめかせる。

 その隙にルカの手から両腕を引き離し、素早く腰の短剣を抜く。


「な……っ?!」


 咄嗟にルカは体勢を直して剣を抜きかける。

 だが、彼が抜くよりも早く水月が、切っ先をルカの顎に突きつけていた。


(す、水月?! どうして……)


 次々と変わる状況に頭がついていけず、いずみは目を丸くして水月を見続ける。


 が、何度か瞬きしてから、イヴァンの動きがないことに気づく。

 こんなことをされて傍観できるような人ではないのに。


 ぎこちない動きで視線を移すと、イヴァンは剣の柄に手をかけながらも、鞘から刃を出そうとはしていなかった。


 そして、いつの間にかイヴァンの背後にキリルの顔があった。

 いつも通りに感情を一切消した無表情で、イヴァンの背に鋭い切っ先を突きつけていた。


 フゥ、と水月がわざと聞こえるようにため息を吐き出した。

 

「オレの反撃を許した上に、キリルに背後を取られているクセに、どうやってオレたちを逃がすって言うんだ?」

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