第42話新年の宴
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
年の終わりが近付くにつれて、城の中は新年の準備で慌ただしくなった。
そんな雰囲気の中、いずみだけは普段と変わらない生活を送っていた。
あまりに多忙な水月を手伝いたかったが、ジェラルドの治療に関すること以外は何もするなとキリルから言われてしまい、激務に追われる水月を見守ることしかできなかった。
一区切りつくのは、新年の宴が終わった後。
早くその日が来て欲しいと願ったせいか、急流のごとく時が過ぎていった。
新年の宴は、日が沈みかけた頃から始まった。
大広間の中央では楽士が奏でる音に合わせて踊り子たちが舞っている。それを取り囲むように王侯貴族たちは酒を嗜み、談笑を楽しみながら運ばれてくる料理を堪能していた。
いずみとトトは、ジェラルドから少し離れた後方に控えていた。
ジェラルドが言っていた通り、より美しく見える位置から舞いを見ることができる。立ったままの見学で足は強張り始めていたが、そんなことを忘れさせてくれるほど素晴らしい眺めだった。
(すごい……あんなに大勢で踊っているのに、まったく動きが乱れないなんて)
着飾った踊り子たちが軽やかに足で律動を刻み、肩から指先までを艶かしく滑らかに動かしていく。その度に腕に柔らかく巻かれた薄布がひらめき、虚空を泳いだ。
次第にゆったりと奏でられていた音が走り出し、太鼓の音が際立ち始める。それに合わせて、踊り子たちの動きが激しくなっていく。見ているこちらも、伝わってくる律動に鼓動が煽られる。
――ダンッ! と太鼓の力強い一打とともに、旋律は消え、踊り子たちは動きを止める。
少し間を置き、一人の踊り子以外はその場へ跪き、楽士たちも大半が頭を下げる。
そして残った数人の楽士たちが、どこか哀愁漂う静かな曲を新たに奏で、中央で踊り子が天に祈りを捧げるような踊りを始めた。
場の流れが変わり、いずみは我に返る。
ずっと踊り子たちを映していた視界がフッと広がり、宴を楽しむ人々の動きに目が向いた。
自分から少し離れて右の前方にジェラルドがいる。相変わらず気だるそうに椅子へ座り、肘掛けへもたれかかっている。
そんな王を挟んで左側には宰相ペルトーシャが、右側にはイヴァンが座っていた。
杯を片手に隣にいる若い女性と上機嫌に話をするペルトーシャとは対照的に、イヴァンは腕を組み、気難しそうな顔をしながら踊りを眺めていた。
(イヴァン様、どうされたのかしら? あまり楽しんでいらっしゃらないような気が……)
いつも温室で会っている時と比べて、どこか窮屈そうな、怒っているような気配が漂っている。華やかな宴の中で、イヴァンの存在は妙に浮いていた。
いずみが視界の脇に踊りを映しながらイヴァンを見つめていると、ペルトーシャの隣の女性が立ち上がり、大きく迂回しながらイヴァンへ近づいていく。
彼女に気づいたイヴァンは、ハッとした表情を見せた後に口元を綻ばせて談笑を始めた。
どくん、と鼓動が大きく弾けた。
(すごくきれいなドレスを着ていらっしゃるし、宰相様とも親しく話していたから、きっと高貴な身分の人……もしかして、イヴァン様の婚約者なのかも……)
段々と恋人同士に見えてしまい、心の中にスウッと冷たいものが差し込んでくる。
頭では、そんな素敵な人が居て良かったと祝福しているのに、鼓動に合わせて胸の奥に痛みが走った。
ジッと見ていては失礼だと思い、いずみが視線を外そうとすると――。
「あの方はペルトーシャ様のご息女のアイーダ様ですよ」
突然真横から声がして、いずみは慌てて振り向く。
いつの間にか臙脂の軍服を着た青年――グインが隣に立ち、薄笑いを浮かべながらいずみを見下ろしていた。
アレは真っ当な人間じゃない、と水月から何度も聞かされている相手。
初めて見た時にも感じた得体の知れない不気味さと怖さに、体が強張り、言葉が出てこない。
いずみの異変に気づいたトトが、咄嗟に手を引き、グインから離してくれた。
「……グイン殿、私たちに何かご用でも?」
小さいながら鋭く硬いトトの声。
目を細めてトトを一瞥した後、グインは軽く吹き出した。
「そんな怖い顔をしないで下さいよ。ただ、彼女がアイーダ様のことを知りたそうに見ていたから、教えてあげようと思いましてね。それに――」
グインはいずみに視線を戻し、にこやかな顔を見せた。
「――ちょっとした秘密を教えたくなったもので」
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