第79話重なる思い出
「彼女は俺の幼なじみなんだ。小さい時はよく俺の後ろについて歩いて、遊んで欲しいとよくせがまれていたな」
ピクリ、とみなものこめかみが引きつる。
同じような話を、姉と再会した時に聞いている。
幼い自分が、水月――今はナウムと名を変えた――によく懐いていた、と。
昔の思い出は大切にしたいが、この過去だけは消し去ってしまいたい。
あの男のことを思い出したくないと、なるべく考えないようにしていたが、
「いつも『お兄ちゃんのお嫁さんになる』と言って、腕にしがみついて離れなかった……あの頃はどう相手にすれば良いか分からなくて、困り果てていたものだ」
ますます昔の自分とナウムが重なってしまい、思わずみなもはうな垂れる。
レオニードに「大丈夫か?」と不安げな声で尋ねられ、即座に頭を上げて「ごめん、何でもないよ」と笑ってみせた。
「あんなに美人で可愛い人から言い寄られて、レオニードも悪い気はしてなかったんじゃないの?」
みなもは悪戯めいた目でレオニードの様子を伺う。
真面目な彼のことだから動揺するだろうと思っていたが……ただ気難しい顔で首を横に振るだけだった。
「ずっと昔から知っているせいか、妹みたいなものとしか考えられないんだ。だから『恋人になりたい』と言われても、困るばかりで応えられなかった」
どうやらクリスタの想いに応えられないことを、後ろめたいと思っているようだ。
彼女に未練はないのだと安堵する反面、身内のような深い繋がりがあるのだと思うと胸が苦しくなる。
自分以外の人と仲良くしないで欲しいと思うのは無茶なワガママだ。
そう頭では分かっているのに、心は納得せず子供のように駄々をこねる。
なんて身勝手で弱い人間なのだと、自分で自分が情けなくなってしまう。
こんな自分を見せる訳にはいかないと、みなもは微笑んで誤魔化す。
「ヴェリシアに戻ってから、クリスタさんと話はしたの?」
「いや……コーラルパンジーを探しに行く時に見送ってくれたのが最後だ」
「せっかくだから、ここにいる間に一度会って話したほうが良いよ。クリスタさん、きっと貴方がここへ戻ってくるまで、ずっと心配してたと思うから」
本音を言えば会って欲しくないが、束縛してレオニードに呆れられるのはもっと嫌だ。
何も気にしていないフリをしながら、みなもは心の中で何度も自分に言い聞かせる。
少しずつ気持ちを落ち着かせていると――。
――グイッと腕を引っ張られ、体勢が崩れて前へ倒れ込みそうになった。
しかし、すぐレオニードに正面から抱き止められ、彼の肩にみなもの顎が乗る。
背中に回された両腕に力がこもり、思わず背中がのけ反った。
熱い吐息が首筋にかかって間もなく、温かく柔らかな感触が伝わってくる。
ただそれだけで体から力が抜けて、みなもは慌ててレオニードの胸元へしがみついた。
跡にならないよう優しく首筋を吸ってから、彼が耳元で囁く。
「俺からは会いに行かない。彼女には悪いが、君を不安にさせたくない」
甘いよ、レオニード。俺を甘やかせ過ぎだろ。
唇に苦笑を浮かべながら、みなもは瞼を閉じて、体に広がっていく温もりに感じ入る。
自分に呆れているのに、レオニードの言葉が嬉しくて仕方がない。
少し首を後ろに引いて顔を合わせると、みなもは彼の首へ腕を回した。
「……ありがとう」
自分から唇を寄せて、レオニードの唇に重ね合わせる。
尽きることのない愛しさも、こうして触れることが一番の幸せだと思う心も、少しはレオニードに伝わっているだろうか?
そんなことを考えていると、レオニードの手がみなもの腰に回される。そしてゆっくりと仰向けに寝かされた。
真下から覗き込むような形で、みなもはレオニードの目を見つめる。
昼間と同じ、柔らかで優しい目。
決して激しい眼差しではないのに、頬が熱くなってしまう。
妙に恥ずかしくなって、みなもはわずかに顔を横に傾け、レオニードから視線を逸らす。
彼が苦笑交じりについた息が、耳に入ってくる。
と、大きな手がみなもの頭を撫で、そのまま首筋へと指が下りていく。
少しくすぐったいけれど、この感触は嫌いじゃない。
彼が自分に触れてくれる程に、ひとつ、ひとつ、細い糸で繋がっていくような気がするから。
もう離れることがないように、強く繋がり合ってしまいたい。
心の底からそう願いながら、みなもはレオニードの背に手を回し、自分のほうへと彼を抱き寄せる。
鼻先が触れ合うほど間近になり、しばらく何も言わず、互いに見つめ合う。
それからどちらともなく顔を近づけ、深い口づけを交わす。
浅く、深く、何度も舌や息を絡める度に理性が薄れていくのが分かる。
一瞬こちらを睨むクリスタの顔が脳裏に浮かび、チクリと胸が痛む。
けれどレオニードを求める気持ちは弱まるどころか、自分でも持て余すほどに強くなる。
みなもはしがみつく腕に力を込めながら、絶え間のない愛撫に身を任せた。
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