第80話不相応な衣装

    ◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 建国祭を二週間後に控えた頃。

 衣装に合った装飾品を見立てたいとエマたちに請われて、昼食後にみなもは仕立て屋へと向かった。


 扉を叩いて「お邪魔します」と言いながら中へ入ると、


「みなもさん、お待ちしていましたわ」


 作業の手を止め、満面の笑みでエマたちが迎えてくれた。


「早速ですけれど、衣装を着けさせてもらいますね。さあ、こちらへどうぞ」


 こちらが頷くよりも早く、針子たちがみなもの腕を引き、奥の部屋へと案内される。


 真正面に置かれた首のないマネキンがまとった衣装を見て、みなもは思わず息を呑んだ。


 金の糸で縫われた乳白色のドレス、色とりどりの宝石が散りばめられた飾り紐、透き通った布地で作られた淡い水色のショール――まだドレスの裾やショールの刺繍は途中だったが、見事としか言えない代物だった。


(……こ、これを俺が着るのか?)

 

 普通の女性なら、素敵な衣装が着られると胸を弾ませて喜ぶのだろう。

 しかし男の格好に慣れてしまったせいか、嬉しさよりも戸惑いのほうが大きい。


 自分のような人間が本当にこれを着てもいいのか?

 上着を脱ぎ、肌を露出しない下着姿になりながら、みなもは密かに自問自答していた。


 エマや針子たちが、談笑しながらみなもへ衣装を着せていく。

 しゃらり、と布がこすれ合う音がすると、妙に耳がこそばゆくなる。


 着替えている最中、「エマさん、持ってきました」とクリスタが部屋へ入ってきた。

 その手にあるのは、華美な模様が施された平たい金属製の箱。

 よく見ると、蓋の中央には見覚えのある紋章――マクシム王の手紙の封筒に描かれていた、竜の横顔をかたどった紋章が刻まれていた。


 何が入っているんだろう?

 みなもが視線を送っていると、クリスタと目が合う。


 一瞬、彼女の目付きが鋭くなったが、すぐに柔和な笑みを浮かべながら、部屋の隅にあった机の上に箱を置いた。


「ありがとう、クリスタ。早速だけど、こっちに持ってきてくれるかしら?」


 エマの声にクリスタは頷くと、箱の蓋を開ける。

 臙脂の布が敷かれた箱の中には、美しい首飾りや耳飾り、指輪や腕輪があった。


 どれも朝の海を思わせるような青玉を散りばめており、銀の鎖や留め金などによく映えている。

 特に首飾りの中央にある青玉は、赤子の手の平ほどの大粒だった。


 針子たちが青玉の美しさに目を輝かせる中、みなもだけがギョッとなる。


(あんな箱に入っているんだ、おそらく国宝……一時だけだとしても、よく平民に貸せるな。欲にくらんで盗む輩が出てくるかもしれないのに)


 それだけ治安が良い証拠だとは思うが、こんな代物を身につけて襲われでもしたら……という不安が拭えなかった。


 クリスタは慎重に首飾りを手にすると、みなもの背後へ回ってつけようとする。


 じゃらり、と首に重みがかかった瞬間、背筋に悪寒が走った。

 顔は見られないが、おそらく冷めた目でこちらを見ているのだろう。刺々しさと、妙に張り詰めた空気を感じる。


 考えすぎかもしれないが、クリスタに命を握られているような気がして怖かった。


 こちらの不安をよそに、クリスタの手によって他の装飾品も体に取り付けられる。

 見た目は美しいが、ジッとしていると肩や手首、耳たぶに微痛が広がる。


 王侯貴族の女性たちは、常にこんな装飾品を身につけている。優雅に振る舞っている裏側では、痛みに耐えているのかと思うと感心してしまう。

 ――こんな煩わしい思いをしながらでも、美しく装いたいのかと半ば呆れもするが。


 女神役をまっとうすれば、自分が死ぬまで無縁の代物。今だけの辛抱。そう考えると気は楽になった。


 一通り身に付けたみなもから少し離れ、エマや針子たちがこちらを眺める。


「思った通り、みなもさんにとてもよく似合っていますわ。きっと例年にないほど素晴らしいパレードになりそうね」


 エマの弾んだ声に、針子たちが小刻みに頷く。

 社交辞令だと分かっていても、褒められると気分が落ち着かなくなる。

 みなもは照れ隠しに、自分の体をじっくりと見回した。


 装飾品だけを見れば豪華すぎて浮いたように感じたが、こうして身につけてみると、青玉の輝きがドレスによく似合っている。

 ショールに施されているのは百合の花と蝶の刺繍。この華やかさの中では大人しめだが、それが清楚さとなって全体を上品に見せていた。


(俺なんかには不相応だと思うけど、レオニードがどんな顔するのかを見るのは楽しみだな)


 ちょっとこの格好でいるのが面白くなってきたと、みなもはクスリと笑う。しかし、

 

「後はカツラを被せて、お化粧すれば完璧。きれいな肌だから化粧のやり甲斐がありますわ」


 エマのこの一言に、思わず脱力して項垂れそうになった。

 着替えだけでも面倒なのに、まだ工程があるのかと思うとげんなりしてくる。


 もし再び同じことをする羽目になったら、マクシム王の命令であっても全力で辞退するだろう。ひょっとしたら国外逃亡するかもしれない。

 今だけの辛抱だと言い聞かせ、みなもは重くなりかけた気分を浮上させた。

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