終章:新たな花

第69話ともに生きるために

 新緑が美しい森の中、真新しい小屋がポツンと佇んでいた。

 近くには小川が流れており、耳に心地よい水のせせらぎが聞こえてくる。それに合わせるかのように、小鳥が歓喜の歌を歌う。


 小屋から近い斜面に登り、みなもは薬草を摘み、腰に下げたカゴへ入れていく。

 少し汗ばみ、顔を上げて額を拭う。

 サァッと冷たい風が吹き、身につけていた首飾りが揺れた。


 新鮮な空気を大きく吸い込み、みなもは辺りを見渡す。

 森の奥からレオニードがこちらへ近づいてくる姿が見えた。


 最後にひとつ薬草を摘んでから、みなもは斜面を降りてレオニードに駆け寄った。


「お帰り、レオニード。泡吹き草は見つかった?」


「ああ。これで良かったのか?」


 レオニードは背負っていた大カゴを降ろし、傾けて中身を見せてくる。

 黄緑色の葉に赤黒い茎の草が山を作っている。一目見て泡吹き草だと分かった。


「ありがとう、これだけあれば十分だよ。じゃあ次は小屋に戻って、枯れていたり、斑点が出ている草を取り除いて欲しい」


 朝からあれこれ用事を押し付けられ疲れているはずなのに、レオニードは嫌な顔ひとつせず「分かった」と言って小屋へ足を向ける。

 その後ろ姿を、みなもは首飾りの石を握りながら見つめた。




 ヴェリシアへ戻って来た直後、レオニードはこの首飾りを再び贈ってくれた。

 隣にいることを許してくれた――それだけで十分。他には何も望んでいなかった。


 だから、その後のレオニードが取った行動は予想外だった。


 コーラルパンジーを持ち帰った褒美として彼が求めたのは、兵士を退役するということ。

 そして「みなもから藥師のことを学びたい」と、頭を下げて頼み込んできた。


 一緒に生きていくために、同じものを背負うために、レオニードは薬師になろうとしている。

 まさか彼を弟子にする日が来るとは思いもしなかった。




 薬の材料をいつでも調達できるよう、王都から少し離れた村に隣接する森に小屋を建て、住み始めてから半月が経つ。


 今は傷薬や風邪薬など、森で材料を調達できる薬を中心に作っている。

 すでに簡単な物はレオニードに任せている。初めは一つの薬を作るのに時間がかかり過ぎていたが、最近ではもう慣れて、手際よく作れるようになっていた。


(真面目で勤勉だし、呑み込みも早いから、きっと数年もすれば一人前になる。……良い藥師になってくれそうだな)


 王都を離れる際、マクシム王から「一人前になったら、城の薬師として頑張ってもらうぞ」と言われている。


 あの王様なら、簡単でも薬を調合できる時点で一人前だと言い張りそうだ。

 ふとそんなことを思い、みなもは小さく吹き出してレオニードの後に続いた。


 レオニードは薪割り用の切り株に腰を降ろし、すでに薬草の選別を始めている。

 みなもも隣に腰かけると、黙々とその作業を手伝った。


 カゴの中の薬草が半分ほどになった時。

 かすかに遠くから足音が聞こえてきた。


 手を止めて二人が顔を上げると、村のある方角から山道を歩いてくる人影が見える。

 遠目からでも誰が来たのか分かり、みなもは腕を上に伸ばして手を振った。


 すぐこちらに気づき、彼もブンブンと大きく手を振ってくる。

 近くまで来ると、前に会った時よりも無精髭を濃くした浪司が、にっかりと笑った。


「みなも、レオニード! 元気でやってるか?」


 最後に会ったのは、小屋が完成する間際。

 もう毒が使われていないかを確かめるためだと言って、バルディグに旅立ったのだ。


 みなもはレオニードと目を合わせた後、浪司に微笑み返す。


「俺たちは元気でやってるよ。浪司も相変わらず元気そうだね」


 髭が濃くなったせいで、熊っぽさが強まってるけど。

 心の中でそう付け足していると、浪司が背負っていた荷袋を降ろして中を開いた。


「元気がなけりゃあメシが美味しく頂けんからな。食う楽しみがなくなっちまったら、生きていてもつまらんぞ。……さて、と。早速だが、これが今回の戦利品だ」


 そう言って浪司はしゃがみ込むと、中を探り始め、取り出した物を次々と地面へ置いていく。

 木の皮やしなびた草、乾燥した木の実や蛇や昆虫の干物――なかなか手に入れられない希少な薬の材料ばかりだった。


「……みなも、これらも薬になるのか?」


 おもむろにレオニードが耳打ちしてくる。

 少し顔を向けると、彼はジッと昆虫の干物を凝視しながら目を丸くしていた。


 どうやらその虫が苦手らしい。レオニードには悪いが、ちょっと可愛いところがあるなと思ってしまう。

 みなもは悪戯めいた笑みを浮かべ、軽く肩をすくめた。


「うん。特にその虫は皮膚病に効く薬になるんだ。潰す時はかなり臭くて目が痛くなるけど、慣れれば大丈夫」


「そ、そうか……早い内に慣れておかなければ……」


 レオニードが声にならない声で呟く。逃げずにさっさと克服しようとするところが彼らしい。

 からかう材料が増えたと、みなもが思っていると、


「おお、そうだ。これも渡しておかんとな」


 荷袋を探っていた浪司が、中から何やら布らしき物を取り出し、みなもに向かって突き出す。


 その手にあるのは、草木の模様が刺繍された女物の服。

 

 今度はみなもの顔が強張り、頬を引きつらせた。


「もう男の格好する必要はないんだ。少しは年頃の娘たちと同じことを楽しめ」


 浪司がにやけた顔をしながら、生温かい目でこちらを見てくる。

 ひしひしと面白がっている空気が伝わり、みなもの目が据わり始める。

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