五章:葛藤

第33話極寒の要塞

 バルディグの王城が見えてきたのは、ヴェリシアを出立して三日後のことだった。


 ずっと馬車に揺られ、ナウムと膝を突き合わせなければいけない状況で、みなもの悪心は酷いものだった。しかしナウムに弱ったところを見せたくないと、懸命に酔いをこらえていた。


 だから王城が馬車の窓から見えた瞬間、みなもは体の奥底から安堵の息を吐いて城を眺めた。

 消炭色の見るからに堅固な佇まいは城というよりも要塞に近い。城下街の建物もほとんどが灰色のレンガで作られており、同じ北方の国であるヴェリシアよりも威圧感に満ちている。


 ヴェリシアよりも北側に位置するためか、馬車に乗っていても隙間から寒気が漂い、まだ冬の寒さがしっかりと居座っている。もう少し暖かくなれば、花壇や街路樹から色が溢れ、また違った姿を見せてくれるのかもしれないが、まだその気配はなく、とても重苦しい冷気に押し潰されているように見えた。


 寒さに震えるいずみの姿が脳裏に浮かび、みなもは目を細めた。


「ナウム、街へ着いたら真っ先に姉さんに会わせて欲しい」


「もちろんだ……と言いたいところだが、先に会ってもらわなきゃならねぇヤツがいる。その後ですぐ会わせてやるよ」


 心なしか煩わしそうなナウムの声に、みなもは心の中で小首を傾げる。


「一体、俺を誰と会わせるつもりだ?」


 こちらの問いにナウムは口を開きかけたが、ニイィと笑い、前へ身を乗り出してみなもに顔を近づけた。


「会ってからのお楽しみだ。お前はヴェリシアを出てから、ずっと冷たい仮面みたいな顔してるからな。どんな風に驚くか見てみたい」


 ……本当にこの男は、趣味が悪い。

 けれど何か反論すれば、余計に面白がるだけだろう。ナウムのおもちゃにされるのは避けたい。


 みなもは冷ややかな視線でナウムを一瞥すると、窓の外へ意識を向けた。


 城下街へ入ると、馬車は真っ直ぐに王城へ進んでいく。

 そして城の正門が間近に迫った所で、ようやく馬車が停まった。


 ナウムが「ちょっと待ってろ」と言ってから馬車の外へ出る。すると門番らしき兵が駆け寄り、ナウムと何かを話し始めた。声は聞こえないが、やけに兵のほうが緊張した面持ちで、態度も硬い。


(あんなヤツなのに偉いのか?)


 思わずみなもは眉根を寄せる。


 バルディグへ向かう最中、ナウムに「お前は何者なんだ?」と尋ねてみたことがある。

 だが、さっき見せたような面白がった表情を浮かべて「あっちに着いてからのお楽しみだ」と言って教えてくれなかった。

 人は見た目によらないという典型的な例だな、と考えずにはいられない。


 しばらくして兵が城の中へと駆け出していく。

 そして踵を返したナウムが馬車のほうへと戻ってきた。


 キィ、という高い音と共に、馬車の扉が大きく開かれた。

 

「待たせて悪かったな。さあお姫様、お手をどうぞ」


 差し出されたナウムの手を無視し、みなもは馬車から降りようとする。


 身を馬車から乗り出した瞬間、強い目眩がみなもを襲った。

 体勢が崩れ、前のめりに地面へ落ちそうになる。


 次の瞬間――。


「おっと、危ねぇな」


 咄嗟にナウムがみなもを受け止めた。

 抱き締められる形になり、みなもの全身が硬直する。


 ナウムの苦笑する息が耳にかかった。


「ったく……いずみの面影はあるのに、意地っ張りなところは正反対だな」


 からかうような呟きの中に、どこか優しげな響きが混ざる。

 そしてナウムは子供をあやすようにみなもの背を叩いてから、あっさりと体を離してくれた。


「さあ、オレについて来いよ。はぐれるんじゃねーぞ」


 そう言うとナウムは城を顎で指してから、足先を向けて歩いていく。

 一歩分ほど離れて、みなもは彼の後ろをついて行った。

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