第34話予期せぬ再会

 城内は外観と同じように、あまり過度な装飾が施されておらず、無骨な印象を受ける。

 通路に敷かれた赤絨毯と、点々と並ぶロウソクの灯りが、心なしか浮いているように見えた。


 しかし二階へ上がると両壁や天井は明るい薄茶色に変わり、並んだ窓から入ってくる光を受けて、温かな雰囲気を醸し出していた。


 廊下を歩き続け、重厚感のある大きな木製の扉の前でナウムは足を止める。


「この中にいる方に会ってもらう。みなも、中に入ってオレが跪いたら、お前も横に並んで同じようにしろ」


 つまりナウムよりも地位のある人と対面するのか。


 今は逆らわないほうがいいと、みなもは無言で頷く。

 こちらが了解したことを確かめてからナウムは姿勢を正し、ゆっくりと扉をノックした。


「ナウムです、ただいまヴェリシアから戻りました。お目通りを願います」


「待っていたぞ。入れ」


 返ってきたのは、なんとも堂々とした威厳のある男性の声。

 まだ姿を見ていないのに、漂う威圧感にみなもの肩が重たくなった。


 ナウムが「失礼します」と言って、扉を開けて部屋へ入っていく。

 気後れしながらも、みなももすぐに部屋の中へと足を踏み入れた。


 部屋の中央には獅子の模様が大きく彫られた立派な机が置かれ、一人の男性が肘をついてこちらを見ていた。

 黒の軍服に赤いマントを着けており、彫りの深い凛々しい顔には自信溢れる笑みが浮かんでいる。鋭い目から覗く群青の瞳は、真っ直ぐにみなもを射ていた。


 扉と机の中程までナウムは進むと、そこで仰々しく跪く。

 言われた通りにみなもは隣に並んで跪き、頭を垂れた。


「思っていたよりも早く戻ってきたな。……ナウム、お前の隣にいる若者が守り葉なのか?」


 男の問いかけに、ナウムはうつむいたまま「その通りでございます、イヴァン様」と答えた。


 イヴァン――数年前、仲間を探している最中に噂話で聞いたことがある。バルディグの王位についた新王の名だ。


 新王は気性が荒く、好戦的な人だとも聞いている。

 そんな人が目の前にいるのかと、みなもは緊張で顔が強張った。


 ふと視線を感じて隣を横目で見ると、ナウムが楽しげに目を細めてこちらを見ていた。

 面白がられるのは嫌だと、みなもは顔から一切の感情をなくす。


「堅苦しいのは性に合わん。立ち上がって顔を見せてくれ」


 イヴァンの許しを得て、ナウムはゆっくり顔を上げて立ち上がる。

 少し遅れてみなもも立ち上がり、イヴァンと顔を合わせた。


 イヴァンは「ほう」と好奇心を隠さず、みなもを値踏みするように見てくる。

 しかし次第に彼の目が大きく見開かれ、まじまじと顔を凝視してきた。


(どうしたんだ? 何だか驚かれているように見えるけど)


 みなもが心の中で首を傾げていると、イヴァンはその場を立ち、こちらへ近づいてきた。


「やはり似ている。まさか……」


 一言つぶやき、イヴァンは口元に手を当てて思案する。

 と、急に彼は満面の笑みを浮かべた。


「ハッハッハッ……そういうことか。ナウム、俺に取られると思って言わなかったな? 知っていたら、お前の部下にするのを認めなかったぞ」


 話が見えず、みなもは彼らを交互に見る。

 ナウムは何も言わず、目を弧にして微笑を作るのみ。それがイヴァンに対しての答えだった。


 ひとしきり笑ってから、イヴァンは手を叩いた。


「おいナウム、エレーナを呼んで来い。今すぐにだ」


 命を受けてナウムは「はい」と手短に答えると、踵を返して部屋を出て行く。

 王と二人きりになり、みなもの息苦しさが一気に増した。


 こちらから話しかける訳にはいかず、みなもは無遠慮に投げかけられるイヴァンの視線を受け止め続ける。


「お前の名は、みなもか?」


「……は、はい」


 なぜか親しみのこもった声でイヴァンに話しかけられ、みなもは戸惑いを隠せず、声を震わせてで返事をする。


 フッとイヴァンの眼光が和らぎ、薄い微笑みを浮かべた。


「そうか……女の身で苦労も多かっただろう、よく今まで生きていてくれた。お前に会えて嬉しいぞ」


 さっきのやり取りで、ナウムがこちらの詳細を王に隠していたのだと察しはついている。


 それなのに、どうして自分の名も、女であることも知っているんだ?

 動揺が収まらず、我知らずにみなもの瞬きが増える。


 廊下から、二つの足音が聞こえてくる。

 一つはナウムのものだと分かるが、もう一つはとても体の軽そうな、女性と思しき足音だ。


 部屋の前で足音が止まると、ナウムが「失礼します」と言って中へ入ってくる。

 二人の気配が近づいてくるのを、みなもが背中で感じ取っていると、イヴァンが顎をしゃくり、後ろへ向くように促してきた。


 みなもが振り返ると、ナウムの隣に淡い黄色のドレスを着た女性が立っていた。

 甘栗色の長い髪をした彼女は、ナウムと同じ暗紅の瞳を潤ませている。


 ――昔の面影を残した、美しい顔だった。


「まさか……いずみ、姉さん?」


 恐る恐るみなもが尋ねると、彼女は大きく頷き、みなもに抱きついてきた。


「みなも、生きていたのね! こんなに大きくなって……良かった」


 森の陽だまりにも似た温かく優しい香りが、みなもの鼻をくすぐる。

 美しかった漆黒の瞳と髪はなくとも、忘れもしない姉の香りだ。


 匂いだけは昔と変わらない。

 けれど、今は少しだけみなものほうが背は高かった。


 時の流れを感じながら、みなもは姉の背に腕を回す。

 確かな温もりと彼女の息遣いが、これが夢ではないのだと教えてくれた。


 目頭が熱くなり、みなもは思わず一粒の涙をこぼす。

 話したいことも聞きたいこともたくさんあるはずなのに、言葉が出てこない。


 体を離して互いに見つめ合っていると、背後からイヴァンの声が飛んできた。


「良かったな、エレーナ。積もる話もあるだろう、奥で心ゆくまで話せばいい」


 どうして姉さんがエレーナと呼ばれているんだろう? しかも、すごく親しげな感じがする。


 内心みなもが困惑していると、いずみは「ありがとうございます」とイヴァンに答えた。

 今にも溶けそうな、愛しげな眼差しを向けながら。


 そして、少しはにかみながら教えてくれた。


「話せば長くなるんだけど……私、イヴァン様と結婚してるの」


 イヴァン様と結婚――つまり、姉さんはバルディグの王妃?!


 うっかり驚きで、みなもの口が開きそうになる。

 生きていずみと会えただけでも夢のようなのに、王妃の肩書きがさらに現実味を奪ってしまう。


 目の前の光景を信じた瞬間に目が覚めて、この夢が消えてしまうかもしれない。

 現実を信じることが怖かった。


 ただ、いずみの後ろで愉快げにこちらを見てくるナウムが視界に入り、かろうじて現実なのだと思うことができた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る