第17話手伝いの申し出

 レオニードが彼らの元へ行き、何か話しかける。しばらくして薬師たちが頷きながら、みなもの方に視線を送ってきた。

 どうしたのだろうと思っていると、レオニードがみなもの方へ寄ってくる。


「すまないが、ここで待っていてくれないか? 今から陛下に報告してくる」


 みなもは「分かったよ」と頷くと、藥師たちに向かって声を出した。


「みなさん、自分もまだ未熟ですが薬師です。もしよろしければ、ここで解毒剤作りを手伝っても構いませんか?」


 年長者の老人がにこやかに頷いた。


「お気遣いなく……と言いたいところだが、本当に人手がなくて困っていたところなんだ。手伝ってくれると助かる」


 みなもは「よろしくお願いします」と頭を下げてから、レオニードへ微笑を向けた。


「そんな訳だから、俺たちの事は気にせず行ってきてよ。遅くなっても大丈夫だから」


「ありがとう。では、行ってくる」


 そう言ってレオニードは足早に部屋から出て行った。

 彼の背中を見送ってから、みなもは不敵な笑みを浮かべつつ、浪司に目を向けた。


「……あー浪司、遠慮無く手伝ってもらうから、覚悟してくれよ」


「はぁ、やっぱりかい。まあいいけどな、そのつもりだったし。後から酒でもおごってくれよ」


 調子良く「おごらせてもらうよ」と言いながら、みなもは心で呟く。


(熊なんだから、やっぱりハチミツ酒だよね。いっそハチミツそのものを飲ませて良いかも)


 浪司には悪いが、こうしてからかえると気が楽になる。

 少し緊張をほぐしてから、みなもは気持ちを切り替え、藥師たちの元へと歩み寄った。







 薬師たちの部屋にある螺旋階段を上がった所にも、作業をする部屋がいくつかあった。その中の一部屋を借りると、みなもは黙々と机の上で薬研を動かし、解毒剤を調合していった。


 浪司には火にかけた大きな壺の中身をゆっくりかき混ぜてもらい、強壮剤を作ってもらっていた。

 材料が少なくなれば、「面倒くせー」と言いながらも機敏に下へ取りに行ってくれるので、彼の手伝いがとてもありがたい。


 一心不乱に薬草と向き合い続け……コンコン、と扉をノックする音でみなもは我に返る。

 こちらが動くよりも先に、浪司が扉を開けて相手を出迎えた。

 

「おーい、みなも。レオニードが戻って来たぞ」


 呼ばれてみなもは手を止めると、体を起こし、額ににじんだ汗を拭いながら入り口を見る。


「お帰り。意外と早かったね」


 何気なく口にした言葉に、レオニードと浪士の目が丸くなる。

 そのまま二人で顔を見合わした後、浪司が呆れたように肩をすくめた。


「おいおい、城に着いたのは昼過ぎだったろう? もう夕暮れだぞ」


「え、もうそんなに経ってた?」


 言われてみればお腹も空いてきたし、体が疲労で重くなっているような気がする。

 みなもが背伸びをしていると、レオニードが息をついた。


「すごい集中力だな。……協力してくれるのは嬉しいが、長旅で疲れがたまっているだろ。あまり無理はしないでくれ」


「でも解毒剤を早く作らないと、手遅れになるかもしれない。弱音は言ってられないよ」


「大丈夫だ。さっき下の藥師から聞いたが、今いる負傷兵の分と予備の分は確保できたらしい。だから今日はもう休んだほうがいい」


 それなら自分が抜けても大丈夫そうだ。

 密かに安堵する自分に気づき、みなもは微かに苦笑する。


 城へ来る前は、欲しい情報さえ貰えればそれで良いと思っていた。

 けれど仲間のために奔走するレオニードや藥師たちを見て、心から協力したいと感じた。


 分かっている。

 幼かった自分ができなかったことを、彼らにしようとしていることぐらい。


 これで失ったものを取り戻せる訳ではないのに――。


 しかし胸に広がる寂しさの裏側で、日差しが水辺を照らして弾ける光のように、喜ぶ思いもある。


 ただ、ただ、純粋に……人の命をつなぐために、自分が役に立てることが嬉しかった。


(……いつの間にか根っからの藥師になったんだな)


 みなもが感慨にふけっていると、前からレオニードの視線を感じて我に返る。

 少し気恥ずかしくなり、誤魔化すように浪司を見た。


「浪司、今日はどこで宿を取ろうか? おすすめの所はある?」


「そうだなあ――」


 浪司が思案しようとした時、レオニードが「もしよければ」と話を切り出した。


「二人とも、俺の家に来ないか? 俺の都合でここまで来てもらったのに、恩人にお金を出させる訳にはいかない」


 レオニードが自分たちに恩を感じているのは分かるが、あまり重く背負ってもらうのも気が引ける。

 気にしないで、と言いたいところだが、ここで断ったら責任感の強い彼のことだ。ずっと恩を気にし続けるような気がした。


「じゃあお言葉に甘えようかな。浪司もそれで良い……って何だよ、その顔は」


 みなもが浪司に視線を戻すと、彼の目が妙にキラキラと輝いていた。

 一瞬だけ、浪司が好物のハチミツを見つけた時の熊に見えた。


「宿代を心配しなくても良いってことは、食い物にも酒にも金が使えるじゃねーか。よっしゃ、思う存分に飲み食いしてやる」


 握り拳で力説する浪司に、みなもとレオニードは呆気に取られて口を閉ざす。

 それから互いに見合わすと、各々に肩をすくめて苦笑いした。

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