ありきたりな形

いある

第1話 契り

「わかった?約束だからね!ぜったい、ぜっっったい私たちはケッコンするの!」

「わかったわかった…約束でも何でもするからくっついてくるなよっ!人に見られたらどうするのさ!」

「いいじゃん!夫婦なら普通の事だよっ!」

「まだちがうだろっ!気が早いって言うんだぞ、そういうの。兄貴が言ってた!」

「むぅ…冷たい男の子はきらわれるんだよ?」

「き、きらいとか言うなって…」

突如少女の言葉を引き金として突っぱねていた側の少年の表情がかげった。深い衝撃を受けたように目は少女がいない方向を円を緩やかに描いて泳ぎだす。

「うっそだよ!ごめんごめん、きらいなんかじゃないって!だいすき!」

沈みかけの夕日が二人の表情を照らし出す。地平線の先に沈もうとしながらも名残惜しそうに地上をその温かみのある色で染め上げ、最後の一瞬まで光を放ち続けていた。

そして名残惜しそうだということは少年と少女の二人にも言えることだった。

齢は8、9歳だろうか。よく考えればこっ恥ずかしいセリフを堂々と言い合う小学校低学年程度の年齢の少年少女は、社会の喧騒に慣れきってしまった大人たちから見ればこれ以上なく眩しく感じられることだろう。

忘れてしまった幼心と恋心。忙殺されてしまった感情は二度と手にすることができぬ価値あるもの。

だけれどそれを大事にするには子供というには幼過ぎる。

幼心を守ることはできない所以がその幼心なのだ。貴重なものという概念を得られない子供特有の感性がそれを消し去ることを拒まないのだから。

『ある』からこそ『消える』。一見して矛盾すら感じさせる表裏一体の関係が心理学では立証されるのだ。

「じゃあまた明日ねっ!ばいばい!」

「おー…!また明日だな!」

少女の方は人一倍元気よく。少年の方も躊躇いながらつられるようにして手を振り返す。先刻からやや距離があいて見つめ合うような形になった二人の顔が朱色に染まって見えたのは沈みゆく夕日のせいか、それとも若かりし恋心のせいか。

とまれ、この二人は結ばれる運命にある。そう思わせるにふさわしき光景。映画で言うならばラストシーン、クライマックスシーンと呼ばれる山場にあるべき光景。

他者の介入を絶対的に拒むオーラを放つ二人。周りに人の目は無い。

…二人が子どもでなければ起こり得たイベントがあったかもしれないが、些かその段階に踏み込むのは早すぎるので発生しなかった。


結局二人は各々の帰るべき方向へ踵を返す。離れる事を拒むかのように足取りは重く、決して軽やかなものではなかったが、それでも歩を進める。

少年少女にとって、これは僅かな、数時間の別れになるはずだった。そう信じて疑わなかった。だからこそ足を踏み出せた。明日になればまた会える。変わらぬ笑顔がそこにある。

故に胸中に一抹の寂しさはあったものの、迷いや葛藤と言った感情は無かった。

その一抹の寂しさすら断ち切るように二人は足の動きを駆け足へと変え、速度を上げて意味もなく自宅へ急ぐのだった。








――少年の引っ越しが決まり、挨拶もままならぬまま

     移動しなければならなくなるとは、幼き婚約者たちはまだ知らずに。

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