童貞脳的ストラテジー

imi

第1話

 塾で夏期講習が始まり、それに行っていた学生達が家に帰る頃。

 風呂上りにティーシャツと膝丈の短パンというラフな格好で部屋に戻り、ベッドに置かれた携帯電話を確認すると、今から二分前にメールが受信されていた。

 送信者の名前は瑪瑙めのう

 隣の一軒家に住む同級生の幼馴染で、同じ職場で働くフリーターだ。

 その瑪瑙からのメールを開いて首を傾げる。

「んー?」

 メールには用件のみが書かれていた。

 その内容を読んで、自問自答する。

 はたして、怒られるようなことをしてしまっただろうか、と。

 しかし、いくら考えても怒られるようなことをした記憶はない。

 だとしたら、他のことだろうか?

「うーん、話があるってだけ送られてきもなあー。簡潔過ぎるせいで、むしろ色々考えちゃって怖くなってくるっつぅの! でも、メノがメールを送ってくるってことは明後日、月曜日じゃだめなことっぽいから怖いとか言ってらんないし……」

 瑪瑙がわざわざ連絡を寄越すというのは珍しい。

 それは、用件があれば職場や帰り道に言えるからだ。、

 ということは、話とやらは月曜日では遅いなにかということになる。

「まあ、返事を返せば解決か」

 こんな用件のみの短いメールを見つめていても本文以上の意味は読み取れない。

 なので、とりあえずベッドに座ってこちらも短文のメールを送る。

「……………………早っ!」

 すぐには返ってないだろうとは思いつつもそのまま携帯電話を持っていると、ものの数秒で手のひらが振動した。

 今度のメールに書かれていたのは場所の名前だけだった。

「ベランダ、行くかー、よいしょっと」

 座ってすぐに立ち上がるのを億劫に感じつつも、再び腰を上げて瑪瑙から指定された場所に向かう。

 途中、肌寒くはなかろうかと簡素なハンガーラックに掛けられた薄手のパーカーを見やるが、窓を開けた際に部屋の中に入ってきた空気から、そのままの服装で大丈夫そうだとサンダルを履いて出る。

「ようっ、トー」

 ベランダに出るや否や、気さくに声を掛けられた。

 声のした方、隣の家のベランダを見ると、下半身はへいに隠れて分からないが、カチューシャで前髪を留めているティーシャツ姿の男、瑪瑙が立っていた。

 うーむ。久々に会うなら、久しぶり! 元気? などというつまらない切り出し方が使えるが、相手は週五で会う人間。それも瑪瑙だ。どうもこういう場合にはなんと言えばいいのか、文字通り挨拶に困る。だからといって、こんばんは! と律義に挨拶を交わすような間柄でもない。

「あー……、ようっ、メノ!」

 考えあぐねた結果、同じような言葉を返して瑪瑙の近くに寄っていく。

「んで、メノ。話ってなに? 職場じゃ話せないような内容なの?」

 ベランダの塀にもたれ掛かり、忘れないうちに本題を尋ねる。

 すると、急に瑪瑙は目を逸らしたりと少し悩むような仕草してから、

「えーっと、だな。職場で話せ――なくはないけど、あまり人に聞かれたくはない話、かな」

 と質問に答えた。

「へー、珍しいね、そういう言い方」

 いつもならしない、もったいぶったような言い方に素直な感想を言う。

 同時に瑪瑙の雰囲気から、怒られるということはなさそうなので軽く胸を撫で下ろす。

「うん。ちょっと事が事だけに人に聞かれるのは……その、少しアレなんだ……」

 どうやら話とやらは真剣な話のようで、言いながら徐々に瑪瑙はまじめな表情になっていった。

 その顔は、机に肘を着いて一大プロジェクトの開会を宣言する人間のような顔。

 自然、瑪瑙に合わせて、こちらもシリアスな話を聞く体勢と顔になる。

 それから、瑪瑙はベランダに呼び出した理由をゆっくりと順を追って語り始めた。

「これはさっき起こったことなんだが」

 と前置いて。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る