二面性(少年+少女)

imi

第1話

 時刻は午後二時。

 それなりに大きな公園の外周に咲く桜と道路に挟まれた歩道をわたしは開放的な気分で歩く。

 今日行われた入学式。

 それは本来なら、わたし達一年生のために行われた式のはずだが、それが行われていた最中のことをわたしはほとんど覚えていない。

 なぜなら、式の最中、今日からわたしは華の女子高生なのだという高揚感よりも、花粉症のせいで込み上げてくる鼻水が鼻孔から出てこないように、すすったりなんだりするのに必死だったからだ。

 慣れないことはするものではない。だが、やらなければ慣れないのだ! と、今日から女子高生ということで意気揚々と化粧をしてみたのだが、そのせいで急いで学校に向かうことになった。そればかりか、急いでいて飲み薬や点鼻薬やらを家に忘れ、入学初日から鼻水たれ子というあだ名が定着しないように数時間の孤軍奮闘をし、祝辞も、校長の頭髪の有無も、担任の名前すらも、なにも覚えていないというのだから、はたして学校に行った意味があったのかどうか、それすら疑問である。

 そんなことがあって、式を終えて帰宅している今のわたしの気分は、拘束から解放されたかのように晴れやかな気分だ。

 高校の最寄の薬局で点鼻薬を買ってトイレで一発キメてきたおかげで、鼻水という枷からも解放されたし。

「ふふふふふんふーんふふふんー」

 普段はそんなことはしないが、これからのことを考えると、つい、鼻歌がでてしまう。

 今日は好きなマンガの新巻の発売日。

 可愛いけど生意気な少年キャラが主人公に手を貸す話が載っている巻なので、展開的にも、隠れ腐女子のわたしの妄想的にも熱い。

「ふんふふふんー」

 電車とバスを乗り継いで、ようやくここまで帰ってこれた。あとはわたしの身長よりも高い生け垣が茂るこの角を曲がれば、一軒家が建ち並ぶ住宅街。そのうちの一つのわが家! そして、待ってろ、マイ貯金箱!

 見ず知らずの土地ならいざ知らず、自分の家のご近所ということで、スキップしたくなる衝動を抑えて生け垣を曲がる。

「ふふんふふーんふ……」

 曲がった先、数メートル先に人がいるのに気付き、始めからなにもしていなかったように、吹いていた鼻歌をっとやめる。

 こちらに向かってくる二人。上品でゆるふわぁな雰囲気の女性と、その女性と手を繋いで道路と歩道を区切る縁石の上を歩いている男の子。

 その二人には見覚えがあった。

 赤い七分袖のセーター、歩くたびに揺れる白いロングスカートの女性、深水ふかみ癒守いやすさん。その隣を歩くのは、白い襟付きティーシャツに、裾を折った青のジーンズを穿いた男の子、深水ふかみ浸流ひたる君。

「こんにちはー」

 その二人に声を掛ける。

「? あらー、児輪囲こわいちゃん? こんにちはぁ」

 声を掛けられて初めて人がいることに気付いたらしく、癒守さんは縁石の上を歩く浸流君から視線を外し、こちらを数秒注視してから、空いている方の手を振って挨拶を返してくれた。そして、わたしのいる縁石の終わりまで来た所で浸流君にも「こんにちは!」と挨拶を返された。

「この前会った時と制服が違うし、お化粧もしてたから誰だか分からなかったわぁ。えっと、児輪囲ちゃんは高校生、で合ってるのよね?」

「はい、今日から、です。今丁度、高校の入学式が終わって、その帰りでして」

「そうなの? おめでとぉ。なんだか大人っぽく見えるし、似合ってるわよぉ」

「そうですか?」

 えへへと、自分の着ている制服を見ながら、つい、照れて後ろ髪をさする。

 会って早々、酷評を言う年上の人というのはあまりいないだろうが、それでもやっぱり、似合っていると言われると素直に嬉しい。

「えっと、癒守さんと浸流君は今からお出かけですか?」

 自分の制服から視線を戻して癒守さんを見るが、どう見ても、これからランニングに行くという服装ではない。どちらかというと、あまり動かない場所に行くようなイメージの服装だ。

「今日は私の定期健診の日で、少し遠い病院に行かなくちゃだから、お出かけといえばお出かけねぇ」

 夜には帰れるんだけどねぇ、と言いながら、癒守さんは自分の胸の辺りを指差す動作を付け加えた。

 浸流君がもっと小さかった頃、たまに、わたしのうちで浸流君を預かることがあって、そこらへんの話は母親から聞いたことがあった。

 当時のわたしは小学生だったので、癒守さんが定期的に病院に行く理由を漠然と教えられただけだったが、子どもながらに大変だなという感想を持った事だけは覚えている。

「病院に行っても浸流くんはヒマだと思うんだけど、今日は友達と遊ぶ約束してないみたいでねぇ」

「そうなんですか」

 きっと、浸流君の友達だって小学生のはずだから門限なりなんなりがあるだろう。

 そうなった場合、どうやったって最後には浸流君が一人でいることになってしまう。

 門限がない人とか近くに住んでいる保護者の代わりになれそうな人でもいればいいんだろうけど。

「……」

 ん? あれ? 一人該当者がいるな。んーでも、一応これはこれで、親子が一緒に外に出る機会なのだから出過ぎたまねだろうか。

 ……まあ、だめならだめでいいか。

「あの、もしよければ、わたしが浸流君と遊んでましょうか?」

 別に言わなくてもいい事なので、わたしのこれからの用事がマンガを買いに行ってハアハアするだけだということは言わないでおく。

「助かるけど、児輪囲ちゃんにわるいわぁ」

「えっと、わたしの方も、遊びに行く用事も急ぎの用事もないんで全然大丈夫です」

 まあ、マンガなら癒守さんが帰ってきてからでも、なんなら明日でもいいわけだし。浸流君的にもそのほうがラクだろう。

 とはいえ、もし、これで断られるようなら、「なんかわたしにできることがあったらいつでも言ってくださいね」とでも言って、こちらから身を引こう。うん、あんまりしつこいのもあれだしね、とまで考えたが、結果、案外あっさり癒守さんから、「じゃあ、おねがいしようかしらぁー」とお願いされたのだった。

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