4章 至福

そらをとびたかった

 ギシギシ。

 軋む。

 心の歯車が悲鳴をあげながら、マワッテている。


 うわべでは喜怒哀楽が表現できていても、心の奥底では、何も感じていない。


 アリア以外の有象無象は、敵である。


 1つ。

 悪意は見えないところで渦巻いている。

 全ての始まりは、魔法学校での出来事。

 貴族の世間体を守るためか、私は知らぬ間に冤罪をかけられ、人生を台無しにした。

 ついこの間、アリアは自分のせいだと言ったが、アリアも被害者だ。

 犯人であるはずがない。

 エルフィード王国の第三王女であるアリアは、指名手配されている。

 おそらく、王城の中で継承権がどうのこうのといった問題で、アリアが邪魔だったのだろう。

 街を歩けば手配書だらけ。

 出歩くことすらままならない。


 予想はいくらでも可能だが、私たちをおとしめた悪意の真実は、不明。

 誰が敵なのか分からないということは、すなわち全員が敵だと想定して良い。


 2つ。

 善意は否定される。

 困っているひとを助けるのは、果たして善行なのだろうか。

 リオ・ビザールと呼ばれる貴族は、己の快楽を満たすためだけに、善意ある冒険者を罠にはめる。

 私たちはそれにまんまと引っかかり、忘れられない苦痛を味わうことになった。


 ひとを助けても、必ずしも良い見返りがある訳ではない。

 それなら、最初から関わらなければいいのではないか。

 もしくは、こちらが絶対的強者の位置に立ち、力で相手を屈服させる方が、ずっと楽だ。


 3つ。

 ひとを信用してはならない。

 蛇の洞窟で学んだこと。


 ダンジョンの中に隠された街は、オモテで暮らせなくなった犯罪者が隠れ住む街だった。

 私たちは、街に入ったら一生出られない決まりを、そこに迷い込んでから知ることになる。

 私は、最大限に譲歩して、門番に外に出してもらえるよう、交渉を重ねたのだが。

 犯罪者どもは、そうして私が目を離しているスキにアリアを拉致・監禁し、街に閉じ込めるための洗脳を行なっていたのだ。


 しかも、これまで共に旅をしてきたユリア・マリオンが犯罪者に加担していた。

 裏切ったのである。

 ヤツらは、犯罪者にアリアを引き渡す仲介役をしていた。

 私が冒険者に問い詰めたことで、明らかになったのだ。


 アリアを助け出した時の表情が、今でも鮮明に思い出せる。

 丸刈りの男と赤髪の女が、アリアを場末の酒場に連れ込み、監禁していたところ。

 犯罪者を仕留めた時の、アリアの安心した表情と、驚きに満ちた表情。


 あの事件のおかげで、アリアはおかしくなってしまったのだ。

 それまではベタベタくっついてきて、可愛いものだったのに、最近ではどこか遠くを眺めている印象。

 私とアリアの距離が、遠のいてしまったかのよう。

 アリアを取り戻すために、思いの丈を語って見せた。


 でも、戻ってこない。

 きっと、周りがアリアの邪魔をしているから。

 アリアを騙し、汚そうとするひとたち。


 これ以上アリアを汚さないためにも、他人を簡単に信用してはならない。

 親密になったと思っても簡単に裏切られるため、仲間すら信用できなくなった。


 数々の問題に打ちのめされて、私の心は凍りついてしまったらしい。

 信用できるのは、アリアだけ。

 私はアリアのために生きている。


 アリアが危険にさらされれば、無我夢中で助けるだろう。

 アリアが喜んでくれれば、もっと喜ばせたいと思う。


 すぐそばで歩いているアリアは、それだけで絵になる。

 見栄っ張りの貴族が芸術品を買い占めるように、私はアリアを掴んで離さず、独り占めしたいのだ。

 邪魔するモノは、決して許しはしない。


 次の目的地は、私の故郷。

 でも正直、全く期待はできない。


 私が冤罪をふっかけられて貴族位を失った経緯は、しっかり覚えている。

 ノーザンスティックス領主が、リルフィという小娘と縁を切ったことが、退学の決め手だったのだ。

 つまり、私は両親に捨てられたということ。


 そんな最低な両親との再会に、一体どうして期待できるのか。

 実は学校側が勝手に言っていただけで、両親は退学のことを知りませんでしたーって、そんな馬鹿げた話でもされるのだろうか。


 それはとても面白い話だ。

 ぜひ聞いてみたい。




 ——アリアと手を繋いで、ノーザンスティックスの村へ続く街道を進む私たち。

 ここは、私の知っている道であり、目的地がすぐそこだ。


 私たちは村に入れるのだろうか。

 退学の話が本当に伝わっていないのなら、アリアさえどうにかすれば、入れる。

 ダメだったら、まあ、すぐに諦めて進めばいい。

 歯向かってくるなら殺せばいい。


「あ、リルちゃん、ちょっとやすみたい」


 急に手を引かれて振り返ると、すでにアリアが腰を下ろしている。

 ぽてんと女の子座りをして、隣に座るように地面を叩く。


 ああ、なんて可愛らしいのだろう。

 村はもうすぐなのだが、仕方なくアリアの横に座る。


「ふふっ」


 アリアが宙空を見て笑う。

 ダンジョンを抜けてからのアリアは、やっぱりどこかおかしい。

 こうして笑っていないと、犯罪者の街で怖い目にあった記憶がよみがえってきて、自我を保てなくなるのだろう。

 私はアリアの笑顔がフビンでならなかった。


「アリア……っ」


 そんな記憶をどこかに吹き飛ばしてやろうと、アリアをきつく抱きしめた。

 全部、私の色に染まればいい。

 他のことなんて思い出せなくなるほど、刻み付けてやらないと。


「ぁちょっとリルちゃん! あぶないよ!」


 私の背後で、突風が吹き荒れる。

 おだやかな今の気候の中、そんな現象を起こせるのは風の魔法だけ。


「何してるの」

「えっと、なにかなー……?」


 どうして魔法を使ったのか、自分でも分かっていない様子のアリア。

 魔力を自在に扱えるアリアにとって、魔法を使うのはひとり遊びのうちに入ってしまうのだろう。

 私には理解できない感覚。


「……ほどほどにね」

「う、うん!」


 魔力を使いすぎて、あとあと動けなくなったら目も当てられない。

 今のところ、ノーザンスティックス領で戦闘になる可能性は否定できないのだから。


 木々に囲まれたのどかな街道で休んでいると、これからイヤなことが起こるのなんて、ありえないと思う。

 でも、いつだって予想は裏切られる。


 魔剣エリスフィアを顕現させて、刃がするどく光るのを確認する。

 心の安寧を保つには、これが一番。


 私がこの魔剣と契約している限り、エリスには私がどこにいるかバレバレな状態だ。

 それでも姿を現さないのは、私が仲間に敵意を向けたせいだろう。


 みんなは私を見限ってどこかに行ってしまったけど、位置が知られているからには、警戒を怠ることはできない。


「リルちゃん、行こう」


 一通り遊んで満足したのか、アリアが立ち上がった。

 そのままだと小さい子のようにひとりで駆け出してしまいそうで、すぐに手をとって逃げられないようにしておく。


「ウチにはもうすぐ着くから、そんな急がなくてもだいじょーぶ」


 道化を演じる。

 アリアが好きな表情を作って、アリアが好きな喋り方をするのだ。

 簡単な作業である。


 この道は知っている。

 幼い頃に王都に送られ、これまで寮暮らしだった私だけど、この街道はまだ記憶に残っていた。

 昔よく探検に出かけていたから、ここは幼い私の行動圏内だったのだ。

 つまり、それだけ村が近いということ。


 休んだところから少しだけ進んで、若干のカーブをこえると、村の門が見えてきた。

 目をこらすと、門の前にひとが立っているのが分かる。


 いつでも魔剣を出せるよう意識する。


 だんだんと近くにつれ、ひとの姿がハッキリと見えるようになった。

 ……数はふたり。


 片方は小柄、もう片方は平均的な男の身長。

 小柄な方は、女だろうか。


 不審な動きをして警戒されないように、さらに接近する。

 相手の装備を確認。

 持っている武器は……ない。

 剣を弾くような鎧も、着ていない。


 それもそうか。

 国の端っこのド田舎には、検問もなにもない。

 そもそもひとが来ないから。


 馬車もなしにここまでくるような、悪意を持った犯罪者がいれば、その時は村が終わる時だ。


 ……その犯罪者は私になるかもしれないね。

 ははは。


 もっと近づいていくと、相手の表情まで把握できるようになる。

 男の方は金髪。

 女の方はどこにでもいる茶髪。


 なんだか、見たことのある組み合わせ。


「ようこそ! ノーザンスティックス領へ!」


 私たちの姿をしっかり視認した男が声をあげる。


「そしてお帰りなさい、愛しの我が娘……」


 女が私の方を向いて静かに言う。


 そうか。

 ふたりは、私の両親だ。


「えっ! リルちゃんのお父さんとお母さん!? どうしよう、あ、あいさつしなきゃ!」


 アリアが興奮して、駆けていきそうになるのを止める。

 まだ。

 警戒を解いてはならない。


 私は両親の目の前に立ち、相手の出方をうかがった。


「そんなに構えないでおくれ。リルフィが辛い思いをしてきたことは、知っているよ」

「私たちはリルフィの退学には、一切関わっていないのよ。娘を拒む理由なんて、どこにもないの」


 ああ、さっき私が想像した通りの笑い話。

 ギシ、ギシと。

 胸が痛い。


「村はすぐに出ていきますから、食料と装備だけ整えさせてください」


 関わるだけ時間のムダ。

 今まで生きてきた中で、両親と過ごした時間は短い。

 王都で暮らしていたから、実はアリアと一緒だった時間の方が長いかもしれない。


 顔見知り程度の関係である両親に、特に思い入れはなく、目を合わせないように村へ入ろうとする。


「ちょっと、リルちゃん! 家に! リルちゃんのおうちにいきたい!」


 目がマジなアリアが、私を両親と引き合わせようと行く手をハバむ。

 ハァハァと息を荒げて、視線が向こうとこちらを行ったり来たり。


「こ、個性的なお友達を作ってきたようだね!」


 父親が引いている。

 普段からこんなものだから、常人の反応を見ると新鮮だ。


「リルちゃん……! リルちゃんの部屋!」

「あーもう分かったから」


 仕方なく、折れることに。

 大切なアリアのお願いを無下にするワケにはいかない。

 人里に身を置くことの危険性は十分に考えられるが、アリアを満足させてあげる方が先決。


 蛇の洞窟でさんざん魔物を倒してきた私には、そこらの人間なんて余裕で仕留められる。

 村に入りたくない理由は、騙したり騙されたりとか、そういうのが面倒だったのだ。


「……少しだけ家にお邪魔します。なるべく迷惑をかけないようにしますので、放っておいてください」


 両親という記号を持つふたりは、私のそっけない言葉に肩を落とす。

 それでいい。

 強いていうなら、いきり立って追い出してくれればもっとラクなのに。


 しかし両親は、気を取り直して笑顔を取り繕った。

 私の手を取られそうになったから、すかさず避けると、代わりにアリアを引っ張って村へ連れていく。


 母親とうれしそうに手を繋いでスキップするアリア。

 そのアリアに牽引される私。


「アリアちゃん、でいいの? リルフィと仲良くしてもらってありがとねぇ」

「そ、そんな……! 当たり前のことだよ……!」


 アリアは顔を真っ赤にして、私の母親と会話を始める。

 アリアが他のひとと話しているところって、意外と珍しい光景だ。


「リルフィは学校での暮らし、楽しかったかな?」

「…………特に」


 手持ち無沙汰の父親が、場をつなげるために私に声をかけてきた。

 興味のない話題。

 適当に返事をすると、父親は慌て出す。


「す、すまないね! 嫌なことを思い出させてしまった! 旅の話でも聞かせてくれないかな!」


 前提からして間違っている聞き方に、怒りを覚える。

 学校でもここまでの旅路でも、いいことなんてないんだけど。

 愉快な思い出があって当然みたいな言い方をしないでくれないかな。


 デリカシーのない父親の言葉は、無視だ。


「……すまない」


 私に会話をする気がないことを悟った父親は、しゅんとうなだれて、それっきり黙った。

 父親から繰り出されたため息が、私の髪を揺らす。

 ぞわりと嫌悪感がわく。


 同じ空間で息をしないでほしい。


「リルちゃん、はんこーき、なんだね!」


 母親に何かを吹き込まれたのか、アリアが変な言葉を覚えてしまったようだ。

 やめて、アリアを汚さないで。


 しかしアリアは、自分から母親に向かって行ってしまう。

 取り戻さないと。


「アリア、それより、この村のジジイどもはヘンタイばっかだから、近づいちゃダメだからね」


 我ながら強引な話題のそらし方だと思う。

 無難な言葉を選んだら、こうなってしまったのだ。


 ただヘンタイなのは確か。

 母親も何回シリを触られていることか。


「リルちゃんが守ってくれるでしょっ!」


 ウインク。

 その仕草に胸を撃ち抜かれたような衝撃を受ける。


 可愛すぎんべ、これぁ!


 ……思わず封印していたノーザンスティックス訛りが出てしまうほど。

 アリアを取り戻すどころか、釘付けにされてしまった。


 どうしてそんなに可愛いのか、分析をしないと。

 アリアの流れるような黒髪とか、溢れそうな長いまつげとか、萌えポイントを一つずつ列挙する。

 すごく幸せ。


 そうこうしているうちに、アリアの動きが止まった。


「わぁ! ここがリルちゃんのおうち……!」


 目前に現れた、数年ぶりの我が家。

 ノーザンスティックス領を統治する、貴族の館だ。


 村の中で、もっとも大きい建物。

 だけど、王都のもっとすごい建物を見てきた私には、小さく見えた。

 何も知らなかったときは、こんな家でも迷うくらいだったのに。


 懐かしさに浸るよりも、なぜか残念な気持ちになった。

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