シーンE『出発点』


■ シーンE『出発点』



「間もなく、2番線を、列車が通過いたします」

 駅のホームに響くアナウンスが、遠く聞こえる。急行列車が近づいてくるのが見えた。

 ホームから線路のほうへ、足を進める。「危ないですから、 黄色い線の内側で……」という注意をよそに、点字ブロックを踏み越える。


 願いごとなんて何もない。私の願いは、結局何も叶わなかった。


 右足が、ホームの縁に届く。電車が警笛を鳴らして、こちらに迫ってくる。

 このまま左足も踏み出せば、私は──。



「おかあさん!」


 ──誰かに、呼び止められた気がした。



 電車は私の目の前を通り過ぎていった。

 振り返ってみた。誰もいない。もう私を呼ぶ声も聞こえない。だけど。

 私はここで死んではいけない。そう思った。

 私の願いは叶わなくても、私がいることで、叶う願いがあるのなら。


 ──生きたい。あの子のために。


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