第三節・第五話

 屋上で一人、空を眺めていた。


 まっさらな場所で仰向けになると、視界は空の青一色に染められる。

 身体が、空の中に放り出されたような錯覚に包まれる。

 自分がどこにいるのかさえ、判然としない。

 全てを吐きだした俺は、うつろな屋上で抜け殻と化していた。

 

 一人にしてほしい。


 俺の言葉を、鵠は無言で聞き入れてくれた。

 ただ、去り際に「保健室、来てね」なんて台詞を残していった。「左手、手当てしないと」とも。

 思い出して、左手を空に伸ばす。

 ひとまず流血は止まったようだが、放っておけば不味いことになるだろう。可能なら病院へ向かうべきだが、どうだろう。

 捜索願いを出されていたら、そのまま保護されてしまうかもしれない。

 もっとも、あの父親がそんな親の真似をするとも思えないが。

 そんなことをぼんやり思う。

 思考がまとまらない。

 頭の中に空白が生まれたみたいに、現実味を感じられない。

 空には雲ひとつない。空っぽだ。

 俺の中にも、もうなにも残っていない。

 初めてだった。誰かに、自分のことを話すのは。それも洗いざらい、生まれから今までの全てを。

 白みかけた頭で考える。

 なぜ、鵠に打ち明けたのだろう。

 問いかける鵠に、なにを期待したのか。


 知ってほしかったのか。

 許してほしかったのか。

 鵠も、なぜあんなことを。


 なに一つ、分からない。

 自分のことも、鵠のことも。

 鵠椎名は、いったい何者なのか。

 俺はなにも知らない。

 いつか、訊いてみようか。

 そうして、ゆるやかに目蓋を閉じる。

 一時、空に別れを告げる。

 ……少し、疲れた。

 傷ついた左手を抱くようにし、うずくまる。

 いつごろ眠りについたかは、憶えていない。

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