訳アリ中小企業に勤めています

イコ

第1話 平凡

平凡、これといったすぐれた特色もなく、ごくあたりまえなこと。また、そのさま。


 テストでは平均点を取り続け、クラスでは身長体重平均値、顔も平凡で取り柄は何も無い。そんな鈴木スズキ 太郎タロウが目指した職業はサラリーマンだった。

 中小企業の中間管理職、自分にはお似合いの平凡な毎日が待っていると思っていた。就職した中小企業が普通であったならそれは叶うはずだったのだ。


「鈴木係長。今日の仕事も終わりましたので帰っていいですか?」


 派遣社員の黄島キジマ 望ノゾミが定時になったことを告げて帰宅を促してくる。


「もちろんだよ。望ちゃん、ご苦労様。今日もありがとう」


 正社員は全て係長からスタートする。そのため鈴木は入社したときから係長であり、中間管理職なのだ。係長以上が社員であり、それ以外は派遣社員で賄われている。そのため係長の仕事は派遣社員の管理が主なものだ。


「係長も残業ばかりしてないで、たまには飲みに連れてってくださいよ」

「ははは、こんなオジサンと飲んでも楽しくないさ。若い子は若い者同士で行きなさい」


 黄島 望は鈴木の管理する唯一の派遣者員だ。鈴木は第二総務課と呼ばれる会社の雑用を受け持つ課に属しており、仕事自体はそれほど難しくはない。黄島は、中小企業に勤めている派遣社員とは思えない容姿をしている。


 イギリス人と日本人のハーフで、目が大きく鼻がスラリと高い。顔は小さく全てのバランスが整っている。黄島の性格を一言で表すのならば、無邪気という言葉が浮かんでくる。

 明るい性格で彼女が笑顔になれば、太陽のような温かみのある雰囲気を作り出す。また人を引き付け、人に愛される。鈴木にとって黄島はそんな存在だった。総務課でも黄島が派遣社員として働くようになって、仕事が変わってきている。


 基本的に雑用と会社に送られてきた郵便の仕訳をしていたが、黄島が勤め出してから、広告部から黄島を使わせてほしいと言われたり、営業部に飲み会に黄島を参加させたいなど、黄島のマネージャー的なことをしている。そんな黄島 望を見ていると、平凡な自分では一生かかっても相手にされない別世界の存在だと鈴木は思っている。


 黄島の冗談に鈴木は気軽な上司として普通の答えを返しておく。鈴木も今年で30歳になり、社会人としての嗜みは心得ている。


「はーい。じゃあ若者は帰ります」

「お疲れ様」


 黄島を見送り、鈴木はデスクから立ち上がってネクタイを緩める。ロッカーに入れていた作業着を取り出してスーツの上から羽織ると、身が締まる思いがする。正社員には派遣社員の管理以外に、大事な仕事がもう一つある。各階に派遣社員が入れない通路があり、正社員が社員証を提示することで開かれる扉、その奥には社員専用エレベーターが備え付けられているのだ。


 エレベーターに乗り込んだ鈴木は地下へと下りるボタンを押して息を吐く。


「今日も残業だな……」


 地下50階まで作られているエレベーターの、30階でエレベーターが停止する。扉が開けば、鈴木と同じような作業着を着た男達が集まっていた。


「鈴木君、遅いよ~」


 170cmに足りない身長で、胴回りは身長と同じぐらいあるのでないかと思うほど突き出した中年太りの前川マエカワ 太フトシが小走りで駆け寄ってきた。前川は総務課課長であり、鈴木の直属の上司だ。歳は今年45になるはずで、見た目的にはもっと老けて見える。


「すみません、課長。望ちゃんが帰るのを見送っていたので」

「黄島君かぁ、彼女は我が社の顔だからね。まぁそれじゃ仕方ないけどねぇ。君はこの中では一番若手なんだよ。なるべく早く着ておくにこしたことはない」


 総務課はあまり人材を必要としないため、鈴木よりも後に入った社員はいない。鈴木の部下は黄島だけなのだが、前川からは丁重に扱うようにと指示を受けている。だからといって年下で派遣社員の黄島に敬語を使うのは変な感じがしたので、今のように上司としての軽口で対応するようにしていた。


 鈴木が黄島のことを考えながら、前川の方を見ると前川の説教が未だに続いていた。前川は説教が好きだ。会う度に説教をされる。嫌な人ではないと鈴木は思っている。何より内容は本当に鈴木のことを心配して言ってくれているのだ。


「はい。本当にすみません」

「おっ、社長がいらっしゃった。とにかくこれからは気を付けて」


 社長の登場で前川も一区切りつけて説教を終える。


「はい」


 課長の説教が終わると社長の吉川キッカワ 正志マサシが作業着で入ってきた。


「え~皆さん。残業ご苦労様です。今日は前回の損害で、修復しなければならない箇所が山のようにあります。皆さんもお疲れだと思いますが、これも地球を守るために必要なことなので頑張ってください」

「「「はい!!!」」」


 今日も鈴木は残業に励む。明日の世界を救うために……巨大なロボットを見上げて溜息を吐いた。

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