4 ひとりぼっちのユメミ

「オオクニヌシさま! ちょっと待ってくださーーーい‼」


 ドテーン!


 わたしは手をのばし、「夢守ゆめもり」の仕事をおしつけた神様の名前をさけんだ。


 その直後、わたしはブランコから落っこちて、地面とキスしてしまっていた。


「え? 公園にもどってる? ……ああ、なぁ~んだ。やっぱり、変てこな夢を見ていただけかぁ~」


 神様に、夢の世界を守る役目なんてわたしがまかされるわけないよね。よかった、よかった。


 わたしがホッとため息をつくと――。


「おい、ヘタレ妄想もうそう女子」


 凶悪な笑みを浮かべたハクトちゃんが、ふんぞりかえりながらわたしを見下ろしていた。


「今日から、あたしがあんたをビシバシしごいてあげるから、覚悟かくごしておきなさいよ」


「え……。さ、さっきのは夢じゃなかったの?」


「そう、夢の世界でのできごとよ。でも、あんたが夢守の少女となったのは、まぎれもない事実」


 つまり、いわゆる「夢だけど夢じゃなかった!」っていうやつ? ま、マジでか……。


 がじがじ、がじがじ。バクくんがわたしの後頭部をんでいる。


 頭が痛いのは、噛まれているせいか、あまりにひどい超展開ちょうてんかいについていけないわたしの頭が悲鳴をあげているせいか……。


「とりあえず、いまは学校に行ったら? なにか事件が起きたら知らせるから。こんなところで油を売っていると遅刻するわよ」


「え? ……あっ、そうだった! が、学校!」


 あわてて腕時計を見ると、わたしが公園に入ってからだいたい3、4分がたっていた。


 神様とけっこう長い時間話していたと思っていたのに、それほど時間はすぎていなかったんだ……。


 でも、わたしの体力と歩くスピードだと、これ以上ここにいたら遅刻するかもしれない。


「い、急がなきゃ! ……あれ? ハクトちゃん?」


 わたしが立ち上がってスカートについたほこりをはらっていると、ハクトちゃんは知らぬ間に消えてしまっていた。


 ……やっぱり、ハクトちゃんもただの人間じゃないみたい。たしか、自分は因幡いなば白兎しろうさぎだとか言っていたよね? 本当の姿はウサギだったりするのかなぁ?






 それから20分後。


「はぁ……はぁ……。や、やっと着いたぁ~……」


 わたしは、やっとのことで中学校にたどりついた。


 予鈴よれいが鳴るぎりぎりの時間だから、もう生徒たちは校舎内にいるのだろう。校門前には、わたしと、わたしの頭をむしゃむしゃ食べているバクくん、それから、あくびをしている野良ネコしかいない。


「も、もうダメ……。完全にグロッキー状態……」


 ふつうの人なら、公園から学校まで半分の10分で行ける。


 でも、わたしはノロマだし、体力ないから途中で何度も休憩きゅうけいしちゃうし、空に浮かんでいる雲がケーキみたいな形をしていたら、ケーキをたらふく食べる妄想をして、ヨダレをたらしながら立ち止まっちゃうし……。


 う~ん、明日からはもうちょっと早く家を出たほうがいいかも。


 わたしはそう反省しながら、校門をくぐるのだった。


 わたしの教室は、1年C組。転校生でも何でもないから、ふつ~に教室に行き、ふつ~に自分の席にすわる。


 ありがたいことに、生徒たちの机にはそれぞれの名前が書かれたシールがはられていた。おかげで、教室でわいわいとさわいでいるクラスメイトたちに「わたしの席はどこでしょうか?」とおそるおそる話しかけなくてもすんだ。


 え? 学校で友達をたくさんつくりたいんじゃなかったのかって?


 た、たしかにつくりたいけれどさ……。


 でも、いままでずーっとひとりぼっちで、小説やマンガだけが友達だった、そんなコミュニケーション能力ゼロのわたしには、自分から話しかけるのはすごくハードルが高いんだよぉ~。


 はぁ~、ドキドキ。


 クラスメイトのみんなは、入学から1か月以上も学校に来なかったわたしのことをどう思っているのかな?


 学校をサボっていた不良だとかかんちがいされていたら、嫌だなぁ……。


 少なくとも、わたしの頭にしがみついているバクくんのことは見えていないみたい。幼児を頭の上にのせた女子が教室に入って来たら、騒然そうぜんとなるもんね。やっぱり、バクくんはふつうの人には見えないんだ。


 それはつまり、わたしがふつうの子ではない、ということにもなるんだけれど……。


 夢想力むそうりょくだっけ? わたしは、その夢の世界で活動する力が強いから、夢の住人であるバクくんの姿が見えるのかな?


「…………なんだろう、さっきから四方八方しほうはっぽうから視線を感じるような……?」


 机に顔をつっぷしていたわたしは、顔をあげて、周囲をきょろきょろと見回した。


 すると、わたしの席のすぐ近くにいた女子2人と、目が合った。


 バッ! バッ!

 しかし、2人は素早く目をそらした!


 次に、黒板の近くにいた男子3人と、目が合った。


 バッ! バッ! バッ!

 しかし、3人は不自然に目をそらした!


 さらに、窓際にいた女子2人、男子2人のグループと、目が合った。


 バッ! バッ! バッ! バッ!

 しかし、4人はいっせいに目をそらし、外の景色をながめているふりをはじめた! 息ピッタリだ!


 な、なに……? わたし、もしかして、さけられてるの?


 な、なんでだろう? やっぱり、学校をサボっていた不良だと思われてるのかな?


「は~い、朝のショートホームルームをはじめま~す! 席にすわって~!」


 わたしの不安が限界突破げんかいとっぱしてそろそろストレスで毛がぬけはじめるかもと思ったとき、教室に若い女の先生が入って来て、元気な声でそう言った。一度、病院にお見舞いに来てくれたことがあるから、知ってる。担任たんにん望月もちづき先生だ。


 生徒たちは、みんな、「は~い!」と返事しながら自分の席にすわる。


 ホッ……。


 わたしは、安堵あんどのため息をもらした。


 みんなからじろじろ見られているのに、目が合ったら視線をそらされる、罰ゲームみたいに気まずい空気からようやく逃れることができた……。


 中学校に入ったら友達をたくさんつくろうと心に決めていたけれど、いざとなったら気後きおくれしちゃう。


 このままだと、病院にいたときと何も変わらないことぐらいはわかってるよ。


 でも、わたし、友達のつくりかたとかわからないから……。


 夢や妄想の中でなら、友達100人いたし、彼氏とのデートも経験済みなんだけれどなぁ~。


 やっぱり、現実ってキビシイ。


 とりあえず、今日のところは、ひっそりと息を殺して、悪目立ちしないようにしよう。


 わたしは、そう思ったのだけれど……。


「昨日の帰りのホームルームでもお話しましたが、病気のためお休みしていた浮橋うきはし夢美ゆめみさんが退院し、今日から登校できることとなりました。みなさん、浮橋さんが何か困っていることがあったら助けてあげてくださいね」


 望月先生がわたしのことをそう紹介してくれて、


「浮橋さん、自己紹介お願いね!」


 と、ふられてしまった。


 目立たないにしようと決めた直後なのに~!


 わたし、何を話していいかわからないんですけれど……。


 でも、たぶん、4月の最初のホームルームでみんなやったんだろう。わたしだけ自己紹介をしないわけにはいかないよね。


 めちゃくちゃ緊張するけれど、ここで変てこな自己紹介をしてしまったら、わたしの一年間が即終了してしまう可能性がある。


 なるべく、無難ぶなんな自己紹介をしなきゃ。


 わたしはのそのそと席を立ち、猫背ぎみの姿勢で、


「え、ええと……わたしの名前は浮橋夢美です……」


 と、の鳴くような小さい声で名乗った。


 そして、無難かつ簡潔かんけつに「趣味は読書です。よろしくお願いします」と言おうとしたのだけど、頭の上のバクくんの重みで体のバランスをくずしてしまい、


「う、うわわっ⁉」


 ズデーーーン‼


 みっともなく、前のめりにたおれてしまった。


「きゃーーーっ! 浮橋さんがたおれたーーーっ‼」


「きっと、病気が再発したのよ!」


「大変‼ 救急車を呼ばなきゃ‼」


 クラスメイトたちは、わたしがトートツにたおれたのを見て、大パニックになった。


 ち、ちがうの、みんな! そんなにおどろかないで!


 ただ単にズッコケただけだから!


 望月先生! ケータイで救急車呼んじゃダメーーーっ‼






 あの後、わたしは必死になって「ただズッコケちゃっただけなんですぅ~!」とみんなに説明し、パニックは何とかしずまった。


 とほほ……。悪目立ちどころか、教室が騒然そうぜんとするほどの注目をあびちゃったよ。


 人さわがせなやつだって、みんなに嫌われたかも……。


 バクくんはわたしの頭に噛みついたままずっとはなれてくれなくて、頭痛い&重いの二重苦。


 おまけに、神様から「夢の世界を守る」というお役目を押しつけられたうえに、何をしたらいいのかさっぱりわからないし……。


 ホント、今朝からふんだりけったりだ。


 わたしは、憂鬱ゆううつな気分で、午前と午後の授業を受け、あっというまに6限目になった。


 授業中は、休んでいたぶんの遅れを取りもどさないといけないから、わたしも一生懸命いっしょうけんめいに先生の話を聞く。


 そして、休み時間は、憂鬱な気持ちをなぐさめるために、自分の席でボーっとしながら妄想もうそうの世界にひたっていた。


 妄想の内容は、この教室にいるみんながわたしの友達で、わたしはクラスメイトたちにかこまれて毎日の学校生活をわいわい楽しくすごすという、現実とは180度ちがうもの。


 ……こういう「逃げ」の妄想はよくないなぁ。つかれた心をリラックスさせるためというよりは、ただの現実逃避とうひだもん。


 わたしにとっての妄想は、心をリラックスさせるための薬。


 でも、何もがんばっていないうちから妄想の世界に逃げこむのは、きっとよくない。


「そうだよ、がんばらなきゃ……。勇気を出してクラスメイトに話しかけて、友達をつくろう! そして、お父さんやお母さんを安心させてあげるんだ!」


 キーンコーンカーンコーン。


 6限目終了のチャイム。


 あっ……学校終わっちゃった。


「………………明日からがんばろう」


 わたしの決意は、たった3秒でしぼんでしまった。


 放課後になると、クラスメイトたちは部活に行ったり、街に遊びに行こうと誘い合って教室を出て行ったり、それぞれが楽しい時間を満喫まんきつしているみたいだ。


「さて、わたしはひとりさびしく家に帰りましょうかね……」


 わたしがブツブツひとりごとを言いながら、カバンに教科書を入れていると、


 ぽとり


 と、わたしの足元に何かが落ちた。


 うん? 何これ?


 わたしは、ヨイショとかがんで、それをひろった。


 わぁ、ネコのキーホルダーだぁ。デフォルメされた白ネコの頭にはピンクのリボンがついていて、とっても可愛い。


 どうやら、さっき、わたしの横を通りすぎた女の子(たぶん、わたしのうしろの席に座っていた子)が落っことしっていったようだ。


 わたしが顔を上げると、キーホルダーを落とした女の子はちょうど教室を出て行くところだった。


 ボブカットがよくにあう、ちょっと大人びた雰囲気の彼女は、何となく元気がなさそうで、うつむき加減に歩いていた。


 追いかけて、キーホルダー落としましたよって言わなきゃ。


 でも、極度きょくどな人見知りのわたしは、声をかける勇気すら出すことができず、一歩も動けない。


 う、うう……。どーしよう……。このままじゃ、あの子、帰っちゃうよね?


 もしかしたら、このキーホルダーは彼女にとってとても大切なモノかもしれないのに。


 早く渡してあげなきゃと思っていても、足がすくんでしまって……。


「ユメミは、ほんとう、なさけないやつばくぅ~! ずっとだまってみていたけれど、イライラするばくぅ~!」


 わたしが、どうしよう、どうしようとあせっていると、いつのまにかわたしの頭から離れて机の上にあぐらをかいていたバクくんが、わたしをにらみながらそう言った。


 見た目が可愛いわりには、発言はけっこう辛辣しんらつ……。


「ともだちがほしいのなら、いまがそのチャンスばく。そのキーホルダーをわたしたら、それをきっかけに、ともだちになれるかもしれないばく」


「そ、それはそうかもしれないけれど、話しかける勇気が……」


「バクにはうざいくらいせまってきて、だきついたくせに、クラスメイトにはゆうきがでないばく?」


「あ、あれは夢の中だったからで、本当のわたしはあんな積極的な性格じゃないよ……」


「それはちがうばく。ユメの中のユメミこそが、ホントのユメミばく。ユメのセカイは、ヒトのホントのこころがにょきにょきっとあらわれるところばく。ホントのユメミは、うざいくらいにヒトなつっこくて、あかるいばく。ユメミは、ほんのちょっとのゆうきで、ともだちをつくれるばく」


 バクくん……もしかして、わたしをはげましてくれてる?


 わたし、バクくんの力をうばって迷惑をかけちゃったのに、どうして?


「か……かんちがいするな、ばく。あんまりにもウジウジしているから、みているこっちがイライラしちゃっただけばく」


 わたしがバクくんをじっと見つめると、バクくんは赤面してプイと顔をそむけた。



 つ……ツンデレか? これがツンデレというものなのか⁉


 か……かわいい‼


「……ごちそうさまでした」


「なにをいってるばく?」


「バクくんのおかげで、話しかける勇気がわいてきたような気がするよ。バクくんの言うとおり、わたしは、妄想だけでなく、実在じつざいしない友達と遊ぶ夢をよく見ていた。それは、わたしが『友達がほしい』と強く願っているからだよね。わたし、夢を現実にするためにがんばる!」


 わたしはそう宣言すると、バクくんを抱きかかえ、さっきの女の子を追いかけて教室をあとにするのでした。


 ど、ドキドキ……。

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