第六日目 一瞬を書く
一瞬の出来事を長く、あるいは静止しているかのように書く
第二ボタン(第三稿)課題付き
数えきれないほど出会いはあったけど、どれも今一つピンとこない。
君を想ってしまうからかな……「まだ」
曖昧な言葉探して、目の前に見えない壁作ってさ。
オレ、やっぱり君を見ていたいんだと思う。ぜったいそうだ。
友人とおしゃべりをして、はしゃいでる君を、他のものが目に入らなくなるほど見つめてる。自分のものにしたいんだろう。自覚してるし、傍から見てわからないほうがおかしい。なんでこうあからさまかな。
君は幸せそのもので、笑う、怒る、戯れる。いいよなあ。
だけど授業は真剣。
ああ、まいったなとオレはこっそりとまた君の方を見る。先生の上背で板書きが見えない。気づけば君を追いかける目。
そうだ、オレは君から借りた社会科のノート返してないのだ。年号を憶えるの苦手で君に頼みこんだけど。苦手なものはやっぱり苦手なまんま。
はじのとこにあるパラパラ漫画に爆笑して、なんだか返したくなくなってしまい――人のせいにすんなよ。わかってる。
今日も一人、選択授業に向かう。孤独だぜ。
性に合わない物理のテストが返された。
「十五点……」
平均点が低いのはこりゃオレのせいだな。でも赤点じゃない。奇跡は無駄におこるものだ。
レポート作成するからまた頼むな、相棒。なんて同じグループの男子をがっちりホールド。かわいそうな「相棒」。笑ってやれ。すまん、やけだ。
しかたないだろう? いい加減な姿勢を反省するでもなく、内心オレは思ってる。
――世の中には、オレが持ってないものをたくさん持ってる奴がいるものだ。いや、でも努力はしたほうがいいんじゃないかな。そう思うけど。
それぞれ補い合って、連帯責任をどうにか免れよう。そんな姑息な姿勢がオレもみえみえ。
オレだって自分のゴールくらい決められるが、それとこれとは別問題だ。呆れかえってるぜ、「相棒」。しかたないよな。三十点以下はレポートで点数稼ぐんだ。
志望校は望み薄だけど、それはオレ自身のせいだし。ランク落とすか頑張るか。カッコつけてないでさっさと降りろよこの勝負。オレは盛大に言いたい。
みんな諦めろ――オレはまだひっかかってる方なんだ。これで。
君は女子大志望。
きっとモテるだろうな。
オレのこと忘れてしまうかな。そうだろう。
つきあってくれと言うべきだったかな? なにはともあれ、言うだけならただなんだからさ。
そんなとき、君とすれ違った。運がいいね。
いいにおいがした。いつも思うけど……。胸に吸い込んだふくいくたる花の香りがオレの心を満たした。潮騒の音がする。いやこれは心臓の音だ。追いかける本能が目覚め、オレは振り返らずにいられなかった。
胸が痛いほどにうずく。心臓を破られるかのような動悸。自然とオレの目は君を追いかけた。さらさらと流れる君の黒髪をまるでなぶるかのように風がまつわる。
――触れたい。
オレは知らず、指先を震わせ、さしのばしていた。
はっと気がついてひっこめる。わだかまる息苦しさ。なんてことを。君に触れたいだなんて、大それた……。
振り返ると、だけど君はオレの方を見ていて、ふいに「君の第二ボタン予約ね」って柔らかそうなピンクの唇でそっと。
気のせいじゃないよな? オレは目を見張り、顎を突き出して思わず呆けた。
君のやさしい唇が動いた。それだけでもう、奇跡みたいなもので。
わかってたけど、オレって単純! 笑っちゃいそうだ。
舞い上がっていいのか? やっぱりそういうことなのか? って、そうだよバカ! 顔面が紅潮するのが分かった。
もっと早く言えよ。オレだって君を想っていたのに。まるでバカみたいに想い続けていたのに。
オレはありったけの気持ちをこめて吐き出した。
「全部! ボタン全部やるよ!」
負けてたまるか! 惚れさせてみせる! そんな気持ちで……!!
君はくすっと笑って、ありがとうって、言ったんだ……。
もうオレは踊りだしたいとばかりに拳を突き上げ、心の中で喝采をあげていた。
END
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