第三日目 最初の記憶を書く

2017年7月11日「最初の記憶を書く」

 ある朝目が覚めると誰もいなかった。隣にいたお母さんがいない。一緒の部屋で眠っていたはずなのに。どうして母の姿がないのか。

(おかあさんはわたしをおいて、いなくなっちゃった)

 こわくて泣いた。

 家の中はしんとしている。ますますこわい。

(おかあさんがいない)

 アニメのプリントの入ったピンクの靴をはき、泣きながら玄関を出た。

 走る――幼い足で。

 わずかな段差が命取りで、地面からのぞく敷石にけつまづいて転ぶ。

 いたくない。けどショックでまた泣いて、片方ぬげた靴もそのままに、もたもた走り続けた。

 家から駅までの道のり。もどかしくて。

 きっとここを行ったのだろう、この道しか知らない……。

「おかあさーん、おかーさーん!」

 階段をどうにか下りると――腹の下が冷たくなった。大人の足で十五分の駅までは、幼児には程遠い。戻ろうか、戻るまいか。走りながら迷った。

 結局引き返さなかった。

「おかあさん……」

 下半身がびちゃびちゃになりながら、さらに細かい階段を下っていくと、見晴らしの良い遠くから、母の姿が見える。

「おかあさん!」

 よちよち歩きで、せいいっぱい叫ぶ。母も急ぎ足で戻ってきてくれた。

 母は「おとうさんのおべんとうをとどけていたのよ」と。

 ああそうか、いなくなったんじゃなかったんだ。

 帰り道は母に背負われて。その背は暖かかった。もらしちゃったこととかどうでもよかった。

 しゃくりあげながら母にしがみついて、家に戻った。

 ――もう安心。涙はすぐにひっこんだ。

 落した靴も、母が拾って、私のお尻のしたでプラプラさせて持って帰った。

 私は二歳だった。

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