支払いは身体で~ツギハギの少女とバラバラな心~

蒼井 露草

プロローグ

0.バラバラな女


 薄汚れた昼光色の照明にぼんやりと照らされている室内。

 床にはところどころひび割れた灰白色のタイル。

 同じものが四方の壁にも均等にはめ込まれている。

 石室を思わせる無機質な一室――その中央に一人の女の姿があった。


 光源の真下に設置された真っ白な台。そこに横たわる女に着衣はなく、傷一つない滑らかな白い素肌を晒している。

 どこか幼さを感じさせる表情で目を閉じる美しい女。

 しかし、女のこめかみと首筋には角を思わせる無骨な金属棒が突き刺さっていた。


 ――――ヴゥゥゥゥン


 絶え間なく鳴り響く低い駆動音。

 金属棒から伸びる細長いチューブの先――巨大な装置から発している。

 その音を上書きするかのように、カツカツとタイルを鳴らす硬質な足音が響いた。

 暗闇の中から忽然と現れた男。部屋の中央へと歩を進めた男は、真っ白な台の上で横たわる女の前でぴたりと立ち止まる。

 しばしの間、女の身体を見下ろす男。その右手にはギラリと光る銀色のナイフが握られていた。


「…………」


 裸体の女とナイフの刃を逡巡するように交互に見遣る男。

 やがて腕を持ち上げた男は、おもむろにナイフの刃を女の右足に突き立てた。


 ――――ズブリ


 びちゃりと吹き出す液体。

 ナイフが動き出すと、みるみるうちに女の白い肌が赤へと染まっていく

 夥しい返り血を浴びる男。その表情に変化はない。まるで食用魚を捌くように、男は右大腿に埋没させた刃で肉を切り落としていく。


 ――――ぼとり、ぼとり


 そうしてすぐに肉を削ぎ落とし終えると、男はナイフを手放し、脇に置いてあった醜悪な形をした凶器を握りしめた。


 ――――ギュイイイィィィ!


 男の手に握られていたのは目の細い歯車のような形をした刃物。手元にあるスイッチと連動したシンプルな機構が、狭い室内に耳障りな音を発生させる。

 男はその回転する刃物を、肉を失った脚部へと近づけた。


 ――――ギョリギョリギョリ!!


 研ぎ澄まされた刃の鋭利さと止めどなく吹き出す血液が潤滑油となっているからだろう。

 凶悪な音を響かせながらも、高速で回転する刃がみるみるうちに人体の最も硬質な部分を削っていく。

 

 

 肉を裂き、骨を切り落とす。

 おそらく人が成し得る行為の中でも一際、異常性を孕んだ暴力と言えるだろう。

 しかしこの無慈悲な暴虐を受けてもなお、女は安らかな表情で眠り続けている。

 そうして男の手からゴトリと刃が手放される頃には、一面に広がる血の海の上に、切り離された女の右足が落ちていた。


「……ふぅ」 


 それまで無表情だった男が深いため息を吐き出す。

 男がその手に持った刃物を横に置き、だんだんと生気の赤が失われつつある女の頬に触れる。

 母親が子供を寝かしつけるように優しく撫でながら眺める男。

 それまで無表情だった男の顔に、初めて感情と呼べるような物が宿る。

 血と汗に塗れた顔は笑っていた。 

 もしこの場を観測するものが居るのなら、凄惨な現場と男の態度のちぐはぐさに、奇妙なおぞましさを感じることだろう。

 

 やがて男が再びナイフを握る。そして左足を同じ手順で右足を切断しはじめた。

 どこか吹っ切れたようにナイフを動かす男。

 今の彼には逡巡の欠片も見受けられない。

 先ほどよりも早く切断を終えると、今度は腕を切り落とし始めた。

 もはや小柄ながらも美しかった女の身体はもうそこにはない。

 長い長い解体作業の末、そこに残されていたのは完全に四肢を失い、ダルマとなった女の身体だった。


「ぜぇ……ぜぇ……っ」


 重労働に呼吸を乱した男が崩れ落ちるように椅子に腰を下ろす。

 傍に置いてあったミネラルウォーターを喉に流し込み、血と汗に塗れた顔を軽くタオルで拭う。

 それもつかの間、ギラギラと凶暴に光る眼光を宿した男は再びナイフを手に取った。


「…………」


 そしてまだ白い肌が見える胸部――なだらかな膨らみへと刃を落とす。

 新たな鮮血が男の顔を染め上げる。

 悪鬼を思わせる形相で薄い胸肉を縦に切り裂いた男は、肋骨を一本一本除去し、生温い臓器を取り出し始めた。


 もはや損壊の域を超え略奪と化した行為が、女の肉体から重要機関を次々と抜き取っていく。

 そうして男が解体道具から手を離した時には、台の上には刻まれた肉と皮、断裂した血管、そして隆起した骨の残骸のみが残されていた。

 もはや切り刻まれていない箇所は首から上しか存在しないだろう。


 男が未だ綺麗なままの女の顔をじっとみつめる。

 しかしそれも刹那、軽く女の頬に触れた男がどこか優しげな眼差しで新たな凶器を持ち上げていた。

 それは、かつてこの国で死刑執行を担っていた装置によく似た形をしている。

 男が装置の中央に女の頭を移動させ、ベルトと金具を使って女の頭を固定し始める。


 そして一歩後ろに下がると―――

 装置の脇へと手を伸ばした男は、ゆっくりとハンドルを手前に引いた。


 ――――ごとり


 あっさりと女の首が切り落とされる。

 完全にバラバラになった女の死体。

 それでも、女の生首はまるで人形のような穏やか表情を湛えたままであった。

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