第101話 1人の男の物語




明くる日、昨日召喚した銃をガンケースに入れ、持てるだけの弾丸を持った俺達ヴィルヘルムとロルフは、馬に跨り王都ペンドラゴに来ていた。


時刻は21:30。既に日は落ち、街灯タイプの魔法具が人工の淡い光を生み出している。 ボンヤリと人工の光に照らし出された道は何処と無く不気味だ。


ローブを纏った俺達はそんな不気味な道を馬に乗り、貧民街を目指して進む。

このローブは寒さ対策の為もあるが、直ぐにでも依頼に取り掛かれる様に下に着込んだ装備を隠す為でもあった。


レーヴェの弾薬バックやガンケースはこの際どうしようもないので、俺は極力意識しない事にした。



それはさておき。



待ち合わせの時刻10分前。

俺達は待ち合わせ場所の酒場、『ショット』の前に到着した。


「ここが『ショット』か。見るからに怪しいな」

「うん、如何にも悪そうな人達が集まりそうな場所だね」


ショットはある意味ボロボロな貧民街に相応しい見た目をしており、建物も看板も老朽化が進み、窓も幾つか割れ近寄り難い雰囲気を醸し出している。


この怪しさMAXな酒場に俺達を呼び出した人物が居るのか。


「よし、まずは俺が先に行って様子を見てくる。セシル達は俺が安全だって判断したら来てくれ」

「1人で大丈夫ですか?」

「問題無い‥‥‥と思いたいな。マリア、店内から嫌な気は感じるか?」

「ごめん、良く分からない‥‥‥貧民街自体が嫌な気に包まれてるから」

「そうだったな、わかった。一応警戒はしておくよ。行ってくる」

「気を付けろよミカド!」


俺は腰にぶら下げているベレッタに手を掛けて、ショットに入ろうとした。


その時。


「まさか、本当に来てくれるとは思ってなかったぞ。ミカド・サイオンジ」

「誰だ!?」

「「「「っ!」」」」

『グルルル!』


不意に物陰から姿を見せた人物は、確かに俺の名を言った。


その人物はフードを深く被っており、顔が分からない。 が、俺はこの声をハッキリと覚えていた。


「まさか、お前あの時の暗殺者か!?」

「おや覚えていてくれたのか?光栄だな」


嬉しそうな声を漏らしたその人物はサッと、被っていたフードを取った。

フードの下から現れた雪の様な白銀の髪と真っ赤な血を連想させる赤い瞳が闇夜に光り、頬に刺青を入れた男の素顔が露わになる。


聞き覚えのある声に頬の刺青‥‥‥ 此奴は俺達を襲った暗殺者のリーダーだった。


端整な顔立ちのこの男は目を細め、哀愁漂うか細い笑みを浮かべている。

その頭には、犬の様な垂れ耳が生えていた。


あれ、この耳は‥‥‥


「貴方何故ここに!」

「目的はなんだ!」

「返答次第では容赦しない‥‥‥ 」

『ん? 皆、少し落ち着け。此奴、様子が変だ』


ドラルやレーヴェ、マリアが警戒心を剥き出しにして太もものベレッタに手を掛けた。

今にもベレッタをぶっ放しそうな空気の中、ロルフがドラル達に待ったをかける。


ロルフが言わんとした事、それは直ぐ分かった。この男からは、以前感じた鋭い剃刀の様な殺気が全く出ていなかった。


「そこまで警戒されると流石に傷付くぞ。

まぁ、無理ないがな。 だが、依頼主にその態度はあんまりじゃないか?」

「お前が此処に居るから、もしやと思ったが‥‥‥ この手紙を出したのはお前なんだな」


俺は懐からボロボロの茶封筒を取り出して刺青男に見せつける。


「あぁ、そうだ。それは紛れもなく俺がミカドに出した依頼の手紙だ」

「何故手紙に依頼の内容や名前を書かなかったんだ」

「依頼の内容が少し訳ありでね。出来る限り事情を知られたくなかったんだよ」

「どう言う事だ」

「‥‥‥お前には関係のない事だ。 お前達は俺の依頼をこなしてくれればそれで良い」

「いや関係あるね。この際だ。お前には聞きたい事がある。 それを正直に話して貰おうか? 拒めば今回の依頼は受けないぞ」

「っ、卑怯だな」

「テメェに言われたかねぇや」

「仕方ない‥‥‥で、聞きたい事って何だ?」


俺の質問に答えなければ依頼は受けない。そう言われた刺青男は、仕方ないと息を吐いた。

男の様子を見る限り、今回の依頼はこの男にとって重要な物である事が分かった。


「お前、何で俺達を襲った?」

「前に言っただろう。俺はベルガスに莫大な金を差し出され、お前達を殺せと依頼され、俺はそれを了承したに過ぎない」

「お前達黒鷲の影は義賊って呼ばれてるのにか? 聞いたぞ。お前達黒鷲の影は確かに暗殺者集団だけど、殺した相手は全員暴力や権力で弱者をいたぶる悪人だそうじゃないか」

「そこまで、調べていたのか」


以前ミラから聞いた噂話‥‥‥ 此奴がリーダーを務めていたと思われる裏ギルドの暗殺者部隊、黒鷲の影。

その事を追求したら、殊の外此奴はアッサリとそれが事実である事を認めた。


「あぁそうだ。この話を聞いた時からずっと疑問だったんだ。 この話を聞いて、お前と俺が歩んだ道は違うけど、お前達は俺達と同じ‥‥‥弱い人達の味方なんだって感じた。

でも、それだと俺達を襲った理由が、金を差し出されただけだって言われても納得出来ない。お前、本当に金の為だけに俺達を襲ったのか?」


俺は真っ直ぐ男を見つめる。

しばらく間を置いて、男は観念した様に呟いた。


「‥‥‥正直に話す他ないか。わかった。あの依頼、少なくとも俺は受けるつもりは無かった」

「どう言う事か、話してくれるな?」

「あぁ、順を追って説明するから長くなるぞ。その為にはベルガスの依頼の件を話す前に、俺や黒鷲の影の事を話さないといけねぇ」


月明りが降り注ぐ貧民街に男の声が静かに広がる。

そして男は呟く様に、自分の生い立ちを話し始めた。


「俺は見た通り、犬獣人。人間じゃない。生まれは西大陸だが、俺達は幼い頃奴隷商人に捕まった。今から10年以上前だったかな」

「お前、奴隷だったのか‥‥‥」

「俺達って?」

「俺と妹の事だ」

「妹‥‥‥貴方、妹が居るんですか?」

「あぁ。俺や妹は物心つく前奴隷商人に捕まり、物の様に扱われた。人として扱って貰った事なんて一度も無い最悪な時期だった」


男は犬歯を剥き出しにして怒りを露わにする。それ程までにこの時期は耐え難い物だったのだろう。


「そしてある日、俺と妹は同じ様に捕まった奴等と一緒に、この国に連れて来られた。 そのままこの国で奴隷バイヤーをしている奴に引き渡される事になっていたんだが、そこに救世主が現れた」

「救世主‥‥‥」

「そうだ。その救世主は数多の種族からなる部隊を率いて、バイヤーに引き渡される直前の俺達を助けてくれたんだ。

其奴等を率いていたのが、アドラーと名乗る鷲人族の男‥‥‥初代黒鷲の影の隊長だった男さ」

「黒鷲の影の初代隊長、アドラー‥‥‥」

「あぁ、まさに救世主さ。この時の黒鷲の影ってグループは、知る人ぞ知る義賊だった。アドラーって男は、悪は悪を持って制すって考えの持ち主でな。

やってた事は人殺しだが、標的は何時も同じ。人を傷付ける畜生共や奴隷商人達だったんだ。アドラーはそんな糞ったれ共から奪った金品で、俺達を養ってくれていた」


アドラーと言う男性の名前を出した刺青男は目を細めた。声色も微かに柔らかくなっている。

アドラーはこの男にとってかけがえのない存在なのだろう。


「助けられた俺は、アドラーや皆からヴァルツァーって呼ばれるようになった。俺は初めて、1人の人として接してもらったんだ」

「ヴァルツァー‥‥‥西大陸の言葉だな」

「そうなの‥‥‥?」

「獅子の同族の言う通り。ヴァルツァーって言葉は西大陸の言葉で、強者、強い心って意味だ。 アドラー達は、小さい俺が糞みてぇな境遇にも負けない強い人間に育って欲しかったんだろ」


刺青男‥‥‥ヴァルツァーは静かに呟くと、微かに俯いた。

昔の自分の姿を。そして境遇を思い返しているのかも知れない。


「アドラーは狂戦士で悪人には容赦なかったが、か弱い善人には種族を問わず寛容だった。 助けられた俺や妹達は、アドラーが作った小さな村に連れてって貰って平和に暮らしていたんだ。

その村には俺達と同じ様に、奴隷商人に連れて来られた所をアドラーに助けられた獣人や龍人、エルフに小人グラッズ達が一緒に暮らしている、とても良い村だった」

「獣人大陸に帰ろうとは思わなかったんですか?」

「何度も帰ろうと思ったさ。でも無理なんだよ。俺達が生まれた大陸に帰るには、途中幾つも有る国の関所を通らなきゃならない。

でもこの関所は、俺達の様な元奴隷がすんなり通れるもんじゃないんだ。この大陸にある糞みてぇな条約の所為でな!」


セシルの言葉を聞きヴァルツァーは叫んだ。彼の言葉からはこれまでの境遇を体現するかの様な悲痛な想いが込められていた。


彼が言う糞みてぇな条約とは、【他大陸から連れて来た者は奴隷にしても良い】


平和条約に書かれているこの文の事だろう。なぜ平和条約と呼ばれるこの条約に、平和とは真逆な一文が載っているのか俺は知らない。


こんな胸糞悪い条約が無ければ、彼が奴隷商人に捕まる事は無かっただろう。

この国に無理矢理連れて来られる事は無かっただろう。


俺は奥歯を噛み締めた。


「悪い、取り乱した‥‥‥ 忌々しい奴隷商人共はこの糞条約の名の下、自由に各国を行き来してる。当然俺達もそこに目はつけた。 だが、俺達‥‥‥と言うよりアドラーは奴隷商人共に恨まれてたからな。奴隷商人共の手は借りれない。

普通の商人達に頼むって手も考えたけど、何十人も居る俺達亜人を助けてくれるお人好しな人間は居なかったんだよ」

「っ‥‥‥」

「 周囲に住む人間達が、常に気に掛けてくれたのが唯一の救いだったがな 」

「お前‥‥‥」

「そりゃ金が沢山あれば、奴隷商人共みてぇな格好をして関所を通り抜けられたかも知れねぇ。けど、アドラーは村の皆を食わせていくだけで精一杯、そんな金銭的余裕は無かったんだ‥‥‥話が逸れたな 」

「「「「‥‥‥」」」」


俺達は静かに聞く。

この男の物語を。


「小さかった俺はアドラーに憧れて、成人になると同時に当然の様に黒鷲の影に入った。 そして1年前‥‥‥ 俺が18になった時、アドラーは不慮の事故で亡くなった。

殺しをしている時に、敵の放った流れ矢が心臓に当たったんだ。随分呆気なかったな‥‥‥まさか俺達を救ってくれた救世主が、あんな死に方するなんて誰も考えてなかったからよ 」


ヴァルツァーは空を見上げる。

今は亡きアドラーの事を思ってか、ヴァルツァーは目を瞑り、数秒間口を塞いだ。


「そしてリーダーが居なくなった黒鷲の影の2代目隊長に、俺が選ばれた。

理由は‥‥‥ 悪を憎み、悪人を殺している時の姿がアドラーと瓜二つだったからだと。 それから俺は、自分は狂戦士アドラーだと言い聞かせて、妹や村の皆の為に‥‥‥ 悪意に怯えている人達の為に、悪人共を殺し続けた」

「だからあんな好戦的な言動を?」

「そうだ。始めは演技だったんだ。 アドラーを無くして絶望していた皆を奮い立せるように、不安にさせないように。だがそうしている内に、俺の心はどんどん麻痺していった。

それこそヘマをした部下を平気で殺せる位にな‥‥‥ 知らず知らずの内に、俺はアドラー以上に好戦的な人格になっていたみたいだ」


男は苛立たしげに奥歯を噛み締めた。

以前、俺達の目の前で殺した部下の事を思ったのだろう。


男の表情は、そんな行いをしてしまった自分に怒っている様に見えた。


「隊長がこれじゃ、部下達の心も当然荒れた。だが、やる事は変わらなかった。

始めは妹や村の皆の為、悪意に怯える人達を助ける為、奴隷商人に捕まった人達を助ける為に戦っていたが、俺達はいつの間にか、悪人に対する恨みで動く様になってた。

この頃からか‥‥‥ 俺達を本物の義賊と信じ、頼ってくれた人達の依頼で悪人共を殺す様になっていたのは」


自嘲気味に笑うヴァルツァーから出た皮肉は、俺の心を締め付けた。


「俺は目的と手段が逆になってたんだ。 その結果として、今でも黒鷲の影が義賊って呼ばれ続けてるんだから皮肉だな。

俺は皆や頼ってくれた人達の為じゃなく、自分の心の奥底で燃える悪人共への恨みに支配されて、殺しを続けて来たんだからよ」


白髪の犬獣人の男は自らを皮肉り、悲しそうに目を伏せる。

その姿は痛々しく、俺は彼を直視出来なくなっていた。


「それでも俺は力で黒鷲の影を纏め、戦い続けた。そして俺達の心が麻痺してから暫く経った頃、村の存在を何処からか聞きつけたのか、ベルガスの使者がやって来た。

その使者はこう言ったよ。

『お前達を元居た国に帰してやる。働き次第では相応の金も払う。だがその見返りとして、お前達黒鷲の影に依頼がある』ってな」

「その依頼が私達の暗殺だったんですか‥‥‥」

「あぁそうだ。部下達は即決でその依頼を受けようと言ってきた。依頼の内容を知る前だってのにな。

だが部下達の気持ちも痛い程分かった。 もう2度と帰れないと思ってた故郷に帰れるかも知れないんだ。どんな無茶な依頼でもやり遂げてやるって、皆口々に言ってたよ」

「っ‥‥‥」

「で、セシルだっけか? セシルが言った依頼の内容を聞かされた。 お前達を殺せってな」

「そうだったのか‥‥‥」

「アドラーが生きていたら、この依頼は受けなかったかも知れない。だが依頼の内容を聞かされても部下達の決心は揺らがなかった。心が麻痺した部下達は、今更罪の無い人を1人や2人殺しても罪悪感を感じなくなっていたんだ」

「そんな‥‥‥」

「俺はこの依頼を聞いた時、悩んだ。でも、部下や村の皆の希望に満ちた顔を見たら、断るなんて出来なかったんだ」

「その依頼の事、お前の妹は知っているのか?」

「詳しくは話してない。ただ、この依頼が成功すれば、俺達は獣人大陸に帰れるとだけ伝えた‥‥‥ 妹は優しい性格だから、無実の人を殺してまで獣人大陸に戻りたいとは言わない。そう思ったからだ。

それでも! それでも俺は! 奴隷商人共の影に怯えながら生きる妹が可哀想で‥‥‥不憫でならなかった!」


男は月が浮かぶ空を見上げ叫んだ。

その咆哮は、理不尽な世界に対する怒りと悲しみに満ちていた。


「俺はこれまで数えきれない人を殺して来たが、罪の無い人は殺していない。

誓っても良い。俺は悪人が憎い。でも、お前達は俺が恨む奴等とは対極の存在だ。

だから、何の罪も無いお前達を殺す事に抵抗を感じた」


男は紅い瞳を歪ませ、締め付けられる様な声を発する。


「だが、俺がこの依頼を断れば、今度こそ皆の心が折れちまう。だから俺は皆の希望の為に、妹の為に‥‥‥ ヴァルツァーと言う1人の意思ある者としてでは無く、皆や妹の為に生きる黒鷲の影隊長として、これまで以上に自分は狂戦士だと言い聞かせ、奴隷商人達の元で生きていたあの頃の様に‥‥‥ 心を殺してこの依頼を引き受けた」


この男‥‥‥いや、この男とその仲間達は精神的に追い詰められていたのだ。


男はこれまでの境遇、怒り、責任感、義務感に。 仲間達は終わりの見えない絶望に追い詰められていた。


様々な感情が彼の、彼等の心を蝕み、彼の人格を、理性を、そして心までも歪ませた。


「俺は部下や村の皆、そして妹を元居た国に帰す為に、お前達を殺そうとした。

これが、義賊と呼ばれる俺達黒鷲の影がミカド達を襲った本当の理由だ‥‥‥」

「お前‥‥‥」

「ミカドに敗れた後、悟ったよ。こんなのやっぱり間違ってるってな‥‥‥

お前達を殺して故郷に帰れたとしても、俺は自分達の幸せの為に無関係の人を殺した糞ったれになっちまう。憎い彼奴等と同類になっちまうってな」


しかし彼は、全てが手遅れになる前に悟ってくれた。

彼は俺に負けた事で、全てのしがらみから解放されたのだ。


「その後はミカド達の知ってる通りさ。黒鷲の影は壊滅し、俺も深手を負ってベルガスの依頼続行は不可能になった。なら、せめて最後くらい俺達を救ってくれたアドラーの様にベルガスに天誅を下そう。

ベルガスの欲望の為に死んだ人達の無念を晴らそう。 もうこんな事が起きない様に、汚れた俺の手でベルガスを殺そう。そう思ったんだ」

「ヴァルツァー‥‥‥」

「ヴァルツァーさん‥‥‥」


そう言うと、彼は静かに目を閉じた。

ヴァルツァーがベルガスにトドメを刺した時に呟いたあの言葉‥‥‥


『最後くらい本来の自分らしく動きたくなった』


あの言葉にはこんな悲痛な想いが込められていたのか。


俺は目頭が熱くなるのを感じた。


此奴等は確かに俺達の命を狙った。


だが、今の話を聞くと、怒りよりも何故彼等がこんな目に遭わなきゃならないんだと言う同情と、彼等をそこまで追い込んだこの世界へ対する怒りの感情が勝ってしまう。


「なら逃げる時に言ったあの言葉は‥‥‥」


そしてヴァルツァーはベルガスを殺した後、こうも言っていた。

『ここで捕まる訳にはいかない』と。


「村の人達の為、ですか 」

「っ‥‥‥そうだ」


セシルがか細く呟いた時、ヴァルツァーの目にハッキリと怒りの色が浮かび、ピリッとする殺気が滲み出た。


「もしかしてヴァルツァーの依頼って、村の皆に関係しているのか?」

「あぁ‥‥‥」

「‥‥‥話してくれないか? 依頼の事を」

「引き受けてくれるのか?」

「申し訳ないが、引き受けるかどうかは、依頼の内容を聞いてからだ。

でもヴァルツァーの話を聞いて、お前は心の底から悪い奴じゃ無いってわかった。だから俺はヴァルツァーと言う男を信じる。

だから話してくれ。力になれる事なら力になりたい」

「そうか、でもそう言って貰えて報われたよ」

「それとヴァルツァー。俺はお前を誤解していた。謝らせてくれ 」

「俺達は2度もお前を‥‥‥お前達を殺そうとした奴だぞ?」

「そうだとしても、ヴァルツァーや皆の想いは痛いくらい分かるんだよ。だから謝らせてくれ。

ヴァルツァー達を平気で人を殺す悪漢だと誤解して、すまなかった」


ヴァルツァー達の行って来た事は正しいとは言えないのかも知れない。


彼等の事をよく知りもしない俺に、彼等の行いが正しいとか、間違ってるとか言う資格は無い。ただ俺には彼等と共通している点が有る。



それは俺も彼等も、帰りたくても元居た場所に帰れないと言う事だ。



もし俺が誰かに【元居た世界に帰してやる。代わりに人を殺せ】と言われれば、心が揺らがないとは言い切れない。


だから俺は、彼等に同情や共感こそすれ恨むなんて事は出来ない。


俺はヴァルツァーの生い立ちや、事の成り行きを聞いて彼等に対する恨みや怒りは完全に消えていた。


ヴァルツァーも黒鷲の影の皆も俺達と同じ‥‥‥ 必死に今日と言う日を生きていただけなのだ。


悪いのは彼等じゃ無い。悪いのは弱者を虐げ、それがまかり通ってしまうこの世界の仕組みだ。


それでも今の俺に、この世界の仕組みを変える力は無い。


ならせめて、俺がこの世界に居る間だけでも彼等の様に、過酷な運命に抗っている人達の力になりたい。今と言う瞬間を、我武者羅に生きている人達の力になりたい。


例えそれが自己満足だとしても。例えそれがどんな未来をもたらそうとも。

俺は弱き人を守る為。

俺は助けを求める人達の為にギルドに入ったのだから。


改めて俺はそう思った。


「ミカド‥‥‥」


ヴァルツァーの声は微かに震えていた。

俯いているから表情までは分からない。


だから俺は野暮な事は言わない。


「泣くのは‥‥‥グスッ‥‥‥依頼の内容を話した後にしろよ」


だが、野暮な事を言うメンバーが1人居た。

レーヴェ、そこは触れないでやろうぜ。

それにレーヴェもウルウルしてるじゃねぇか。


「ふふ、同族の言う通りだ‥‥‥ミカド」


目に涙をためつつも何処か吹っ切れた様な、爽やかな笑みを浮かべたヴァルツァーは赤い瞳をこちらに向けた。


「お前に頼みたい依頼は、村の皆‥‥‥妹の救出だ」


言葉を放つヴァルツァーの目は、赤く、紅く燃えていた。


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