第97話 アッフェ討伐依頼



「おぉ! お待ちしておりましたよミカドさん!本日は依頼を受けて頂き感謝感激です。 いや〜 噂通り凛々しいお方だ!」

「いえいえ‥‥‥今日はよろしくお願いしますハールマンさん」

「「「よろしくお願いします!」」」


ミラからエルド帝国についての噂と、俺達を襲った暗殺者集団【黒鷲の影】の話を聞いた次の日。俺達は依頼の手紙を出してくれた牧場主、ハールマンと名乗る男性の元を訪ねていた。


手紙に書かれていた場所に着くと、獣人や龍人エルフ等、多種多様な種族の男女10名からなる召使いを引き連れた小太りの中年男性、ハールマンさんが友好的な笑みを浮かべ、広大な土地をバックに出迎えてくれた。


ハールマンさんの後ろで静かに頭を下げる召使い達を見た俺は、直ぐに彼等が他の大陸から連れて来られた奴隷だと分かったが、皆顔色は良いし身なりも綺麗だ。


これはハールマンさんが使用人達の体調面や衛生面をしっかり気にかけている証拠だろう。


このラルキア王国には奴隷に否定的な人が大勢存在している。ハールマンさんもそのうちの1人らしい。


ハールマンさんは多少馴れ馴れしいが優しそうな人物だ。彼は不幸な奴隷を引き取り、召使いと言う職を与えて面倒を見ているんだろうか。



さて、ここで改めてハールマンさんから届いた依頼の内容を復習する。



今回の依頼は【醜猿アッフェ】と言う魔獣の討伐だ。

この魔獣はチンパンジーの様な見た目の小型魔獣で、それなりの知能を持ち石や丸太を武器に使い、雄の個体をボスにした集団で行動する習性があるとか。


このアッフェはハールマンさんが所有する牧場に今月に入ってから毎日の様に忍び込み、家畜を襲ったり作物を食い散らかしているそうだ。ハールマンさんはこのままでは破産してしまうと考え、俺達に依頼を出したらしい。


アンナが言うには、アッフェは知能こそそこそこ高いが、岩熊ファルスベア鎧鰐クロコディールの様に硬い外殻や鱗は無く、筋力も人間並との事だ。

集団で囲まれさえしなければ、今の俺達なら問題なく狩れる筈だ。


「しかし何故俺達の様な出来て間もない部隊に依頼をして下さったのですか?」


などと考えつつ、俺は無粋だがハールマンさんに何故俺達を指名したのか理由を聞いてみた。

今まで俺達が受けてきた依頼は殆どが通常依頼で、(ミラの使命依頼は例外とする) 個人からの指名依頼は初めてだった。


指名してくれた理由が気になるのも仕方ない。


それにこのハールトンさんは広大な土地を持ち、数名の召使いを抱える牧場主だから俗に言うお金持ちな筈だ。

それなら俺達みたいな新設の弱小部隊に依頼せず、大金を叩いて部隊人数も経験も豊富な部隊に依頼する事も出来たのでは?とも思ったからだ。


「あはは、恥ずかしながら、アッフェの被害の所為で牧場の経営や彼等の面倒を見るので手一杯でして。こんな言い方をするとミカドさん達に悪いのですが、こちらの懐事情でミカドさん達を頼ったのです」

「なるほど。確かに懐事情は大切ですからね」

「勿論ミカドさん達は腕が立ち実践経験も豊富だと言うのも指名させていただいた理由ですよ! 私、先日の論功行賞式でミカドさん達の功績を聞いていましてから!」

「あ、そうなんですか?」

「えぇ! 迫り来る反乱軍を千切っては投げ千切っては投げ! 瞬く間に反乱軍を壊滅させたとか!

やはり仕事を依頼するなら、それなりの実績を持つ方々じゃないと不安でしてね」


ふむ。こう言った討伐系の依頼は、何も部隊を指名しなくても各地のギルド支部で依頼を掲示してもらえば、ギルド組員達がこぞって依頼を受ける。


だが、それだと依頼を受けるギルド組員達の実力にバラつきが出るし、依頼主に彼等の実力は分からない。

仮に複数の組員が依頼を受け、アッフェの討伐を成功させても報奨金の支払いは個人ごと別々に行うから、そう言った事後処理も面倒なのだろう。


だからハールマンさんは金銭面と、上記の様な不安や手間を払拭する為に、論功行賞式で知れ渡った俺達の経歴を聞きつけ依頼を指名してくれたんだな。


俺は改めて、通常依頼と指名依頼の違い。指名依頼制度の優位性を痛感した。



あと、いつの間にか俺達は反乱軍を壊滅させた事になっていた。

ユリアナ達を襲っていた反乱軍はフラッシュ・バンで戦闘不能にはしたが、それに変な尾ひれが付いて広まってるのか?


「そ、そう言う訳なら任せて下さい。では、早速仕事に取り掛かります」


まぁ気にしても仕方ない。

俺は早速仕事に取り掛かる事にした。


「まぁまぁ、その姿勢は有難いのですが、まだアッフェは姿を見せてませんし、まずは一息ついて下さい。

皆さん早朝からいらしてお疲れでしょうから、紅茶位ご馳走させて下さいな!」

「え? で、でも」

「ご遠慮なさらずに。さぁお前達、ミカドさん方を家にご案内しろ」

「「「「「かしこまりました」」」」」

「わかりました。折角ですから、ご馳走になります」

「さすがミカドさん! では、私は一足先に戻って紅茶の準備をさせておきましょう。

案内はその者達が。お前達頼むぞ」

「「「「「はい」」」」」


が、ハールマンさんはセシルに取りつく島を与えず口早にそう言うと、複数の使用人達を残して1人先に行ってしまった。


半ば無理矢理お茶をご馳走になる事になってしまったが、折角の好意だ。

断るのも悪いし、ここは有難くご馳走になるとしよう。


「良かったんですかミカドさん?」

「依頼主のハールマンさんがあぁ言ってるんだ。少し位なら大丈夫だろう」

「ん、どうしたんだマリア? んな顔してさ」


ふと、レーヴェがマリアの異変に気付いた。

そう言えば、セシル達がハールマンさんに挨拶した時、普段はしっかり挨拶するマリアが言葉を発していなかった気がする。


マリアは眉間に皺を寄せ、離れていくハールマンさんの背中を睨んでいる様だ。


「マリアちゃん。何か気になる事でもあったの?」

「ん‥‥‥」


マリアの顔をセシルが心配そうに覗き込むと、スッとマリアが静かに顔を上げる。


そして‥‥‥


「さっきのハールマン‥‥‥ 私達を捕まえた奴隷商人達と同じ気を感じた‥‥‥」



ハッキリとそう呟いた。


マリアを始めとしたエルフと言う種族は、人の発する気配を読み取ることが出来る。

特にマリアはそのエルフの中でも高い察知能力が有る。と、以前レーヴェ達が言っていた。


「「「なっ...... !?」」」

「それって...... 」


そのマリアが、自分達を捕まえた奴隷商人達から感じた気と同じ気をハールマンさんが発していると言った。それが意味する事は‥‥‥


「どうかなさいましたかミカド様‥‥‥」

「っ、い、いや。なんでも」


マリアから予想外の発言を聞き、信じられないと言った様子で目を見開くセシルやレーヴェ、そしてドラル。


そんな俺達を不審に思ったのか、ハールマンさんが案内役として残っていた召使いの中で、一際目を引く白髪の女性が俺達に赤色の瞳を向けていた。

プリムを付けた頭の上から生える犬耳と、腰から覗く尻尾が彼女が獣人族だと言う事を表している。


「左様でございますか‥‥‥申し遅れました。 私、ハールマン様のメイドを務めております犬人族のイーリスと申します」

「よ、よろしくお願いしますイーリスさん。私は‥‥‥」

「皆様の事は存じております。貴女はセシル様ですね。さぁ皆様、ハールマン様がお待ちです‥‥‥ 屋敷までご案内致します」

「 ‥‥‥ 」


先程のマリアの言葉を聞き、ハールマンさんに不信感が芽生えた俺はこの場に残ったイーリス達を改めて見渡した。


その時、初めて気が付いた事がある。


このイーリスと言う女性や、他の使用人達の瞳に輝きが無い事を。


その瞳は暗く澱み、生きている様でその実死んでいるかの様な。言うなら彼等から自我を感じない。そんな瞳をしていた。


「あぁ、案内を頼む。 行くぞ皆」

「う、うん」

「わ、わかりました」

「おぅ」

「 ‥‥‥」

「では此方になります‥‥‥ 」


一件優しそうに見えたハールマンさんの怪しい気配。外見こそ綺麗だが瞳に生気の色が無いイーリス達。


言い様のない不安感を感じながら、俺達はイーリスを始めとした複数の使用人達に囲まれ、広大な庭を歩き始めた。



▼▼▼▼▼▼▼▼



「わぁ〜 大きな家 」

「そうですね。まさに豪邸って感じです」

「すげぇ」

「あぁ、確かにすげぇな。敷地もデカイから家もデカイんだろうなとは思ってたが‥‥‥こりゃ想像以上だ」


依頼主ハールマンさんの使用人、イーリス達に案内されて歩く事凡そ15分後。

俺はレンガの塀に囲まれた立派な屋敷の前に立っていた。


これがハールマンさんの家か。

ハールマンさん本人は家って言ってたけど、こりゃ城と呼んでも差し支えないぞ。


ハールマンさんを警戒し、言葉を発しないマリアを除いたこれがハールマンさんの屋敷を見た俺達の感想だ。

この屋敷は少なく見ても、ノースラント村ギルド支部が使っている建物に負けず劣らずの大きさを誇っていた。


ノースラント村ギルド支部の建物は、確か古い小城を改装した物だった筈だから、一個人が有する家としては間違いなく最高ランクの家だろう。


「我が家へようこそミカドさん。ささ、皆さんどうぞ此方へ」

「えぇ、お邪魔します」

「「「お邪魔します」」」

「 ‥‥‥ 」


その大きな屋敷を見て驚きの声を上げる俺達に、屋敷の前の庭に置かれた豪華な椅子に腰掛けるハールマンさんが手を振ってきた。 彼の側には、俺達を案内してくれたイーリス達とは別の女性の使用人の2人居たが、この2人もイーリス達と同様に、瞳から生気を感じなかった。


ハールマンさんは顔をクシャクシャにして微笑みかけてくるが、マリアから聞かされた言葉が心に重くのしかかる。

この友好的な笑みを向けるハールマンさんは、人を蔑める事に罪悪感を感じない奴隷商人達と同じなのか。


微かに生まれた疑心を表に出さない様意識しながら、俺も微笑みを浮かべハールマンさんが促してくれた椅子に腰を下ろした。


「改めまして、本日は依頼を受けてくれてありがとうございます。私の牧場では家畜の他に茶葉なども育てておりましてね。

うちで取れた茶葉を使った紅茶を飲んで、少しでも皆さんの力になれればと」

「すみません、ご馳走になります」

「いえいえ! さぁお前達ミカドさん達にお茶をお出ししろ」

「「「「「かしこまりました」」」」」


ハールマンさんの声を聞き頭を下げ返事をしたイーリス達使用人の面々は、近くに置かれたワゴンからティーカップとポットを取り、俺達の前で紅茶を注ぐ。


淹れたてなのだろう紅茶からは白い湯気が上がり、仄かに甘い香りを奏で俺達を優しく周囲を包み込んだ。

ハールマンさんは淹れられた紅茶を早速一口飲んでいた。


マリアが言った言葉が言葉なだけに、俺もちょっとハールマンさんを警戒していたが、どうやら毒の類は入っていないみたいだ。


「良い香りですね。頂きます」

「私も、頂きます」

「ご相伴に預からせて頂きます」

「頂くぜ」

「‥‥‥頂きます」


セシル達もこの紅茶に変な物が淹れられてないと判り、一言声を掛けてティーカップを口に運んだ。


この紅茶は確かに美味しかったのだが、心にはハールマンさんへの不信感がある為、心からこの紅茶の味と香りを心から楽しむ事が出来なかった。


「美味しい紅茶ですね。それにしても、ハールマンさんは手広く商いをやっているんですね」


俺は湯気が上がるティーカップを片手に、軽くハールマンさんに探りを掛ける事にした。


マリアが感じる事の出来る【気】と言うのは、人間や動物など命ある者が放つ気配の事だ。 この気は生きていく過程で悪い事をすれば気は黒く淀み、冷たくなっていく。と、以前マリアが言っていた。


この気とはどんなに外見を取り繕ったとしても、エルフ族のマリアの前では隠し通せる物ではない。


それに奴隷商人達から感じた気とハールマンさんが出す気が同じと言う事は、このハールマンと言う男‥‥‥虫も殺さない純朴そうな顔をしてこれまで何をして来たのか判ったものではない。


ま、と言う理由は後付けで、本当は軽い好奇心でハールマンと言う人物の事を調べてみようと思ったのだ。


「それは彼女達の尽力のお陰ですよ。ちょっと前までは人手不足で家畜の世話で手一杯だったのですが、そこのイーリスや他の使用人達が此処に来てくれたお陰で事業を多方面に拡大出来たのですよ」

「あ、あの、イーリスさん達はその‥‥‥」

「セシルさんが言いたい事は解りますよ。

此処に居る使用人、イーリス達は皆、元々奴隷としてこの国に連れて来られた者達です。 私はそんな彼女達に使用人や雑用の仕事を与え、事業の手伝いをしてもらう代わりに彼女達の身を引き取り、生活の面倒を見て居るのです」

「なるほど」

「「「 ‥‥‥ 」」」


饒舌に語るハールマンさんの話を聞き、イーリス達と同様、奴隷商人に捕らわれた経緯のあるドラル達は複雑そうな表情を浮かべる。


この話の表面だけを聞けば、誰でもハールマンさん良い人だと言い尊敬し敬うだろう。

だが、俺達は彼が心に持つ黒い闇の存在に気付いてしまった。

だからハールマンさんの話を聞けば聞く程、疑問‥‥‥と言うか疑心感が強くなっていく。


この人は本当に善意でイーリスさん達の面倒を見ているのか? それに生気を感じないイーリスさん達の事も気になる。


何か裏がある気がしてならない。


ブモォォォオオ!!!


「「「「「!?」」」」」

「今のは動物の鳴き声‥‥‥」


好奇心から聞いた質問の答えを受け、更にハールマンさんへの不信感が強まった丁度その時、遠方から動物の大きな鳴き声が聞こえた。


考えるまでも無い。あの鳴き声は今日の依頼の標的が出たと言う事だ!


「おっ!よっしゃ出番か!」

「距離は余り離れていない様ですね‥‥‥ミカドさん!」

「ミカド‥‥‥」

「ミカド!」

「あぁ! ギルド部隊ヴィルヘルム!醜猿アッフェの討伐を開始するぞ!」

「「「「了解!」」」」

「と、言う訳ですので俺達は仕事に取り掛かります。紅茶、ご馳走様でした」


恐らくハールマンさんの家畜がアッフェに襲われているのだろう状況に、俺達は思考を切り替える。


其々が持って来た武器を手に取り、颯爽と椅子から立ち上がった。


今回は前回のクロコディール討伐とは違いHK416Dは持って来ていない。

依頼場所がハールマンさんの所有する敷地内だったからだ。 俺達が持っている武器は太刀にレイピア、そして短剣に戦斧、そして弓矢だが不安は無い。小型のアッフェ程度なら、コレだけでも充分だと判断したからだ。


しかし万が一に備え、俺とセシルの腰にはホルスターに入っているベレッタがあった。


「いえいえ。頼みましたよミカドさん!

あの鳴き声は家畜の声で間違いないでしょう。 家畜達はこの家の西側に居ます。それと家畜達を避難させる為にイーリスを連れて行ってはくれませんか?」

「え!?」


ハールマンさんの頼みに思わず素っ頓狂な声が出てしまった。


が、ハールマンさんの言っている事は俺も考えていた。俺としても、家畜が周囲にいる状況ではどうしても家畜達を気にしてしまいに満足に戦う事は出来ないだろう。


だからアッフェ達と戦う前に俺達が家畜を避難させようかと考えていた。


だがハールマンさんの方から提案してくれるなら話は別だ。多少危険はあるが、ここは普段から家畜達の世話をしているのだろうイーリスに同行してもらい、イーリスが家畜達を避難して貰っている間は俺達が彼女を守る。と言うやり方の方が此方としてはやり易い。


「まぁ‥‥‥ そう言う事でしたら」

「ありがとうございます!」

「 そう言う事だ。イーリス、危ないと思ったら真っ先に逃げろ。良いな?」

「かしこまりました‥‥‥ お世話になります」

「よし、急ぐぞ! 状況開始!」


イーリスは俺達の前に立ち、暗い目をこちらに向けていた。

そんな彼女に一言声をかけ、俺達ヴィルヘルムは家畜の声がした西の方へ走り出した。



▼▼▼▼▼▼▼▼▼



キィィイ!

ブモォゥ!?


「あれがアッフェか!」


身体能力強化を使い、韋駄天の如き速さで広い敷地を爆走した俺達は、ものの数分で50㎝程の木の柵に囲まれた広場に着いた。

この広場の奥に見える小屋は、ここに居る家畜達が寝る小屋だろう。


柵の中では、放し飼いにされている牛の様な見た目の白い獣に、小さな茶色い物体がいくつも纏わり付いていた。


その茶色い物体そこ、今日の依頼の標的アッフェだった。

体長は周囲を取り囲む木の柵より少し高く、70〜90㎝前後。長い手足が特徴的だ。数は6匹。其奴等は体長2m程の白い家畜の体にしがみ付いたり、噛み付いたりしている。


この6匹のアッフェの平均レベルは17と、レベルだけを見ればそこそこ高いが、これまで数多の魔獣を狩ってきた俺達なら負けるはずがない。

他にも家畜は居たが、今アッフェに襲われている個体以外はお互いを守る様に柵の隅に集まり、身を寄せ合っている。

この様子なら一箇所に纏まっている分、イーリスが避難させるのも容易いだろう。


俺達はまず襲われている家畜を助ける事に集中しよう!


「皆!敵は今家畜を襲っているあの6匹だ! セシル、マリアは先行して各自1匹づつアッフェに牽制攻撃! その後は直ぐに距離を取れ!」

「了解!」

「分かった‥‥‥」

「レーヴェと俺はアッフェが家畜から離れたら突っ込んでアッフェ達を蹴散らすぞ!」

「おぉ!任せろ!」

「ドラル!ドラルは周囲の警戒をしてくれ! アッフェがあの6匹だけとは限らない! 周囲を警戒しつつ、隙があったらアッフェに矢を打ち込め!」

「分かりました!」

「イーリス!イーリスは俺達がアッフェ達を引き付けている内に家畜の避難を!」

「はい‥‥‥」


俺はセシル達の能力を考慮し作戦を組み立てる。まずは運動能力が高く、身軽なセシルとマリアに敵を攻撃してもらい敵の注意を家畜から俺達に移す。


あわよくば、混乱してくれればめっけもんだなんだ。


それは兎も角、敵の注意を引き付けた後は抜群の攻撃力を持つレーヴェと俺が突撃し敵を葬る。セシルとマリアは俺達のサポートをしてもらい、ドラルには持ち前の弓の腕を買い周囲の警戒、並びに援護を。


これが今回の作戦だ。俺達の後方には家畜達を避難させるイーリスが居るから、少しの間背後を気にしながら戦う事になるが、イーリスには家畜達の避難を終えたら直ぐに逃げてもらうつもりだ。


だから避難が完了するまで持ちこたえる事が出来るかがこの依頼の肝となる。


「行くよマリアちゃん!」

「ん‥‥‥私は1番右のアッフェを狙う‥‥‥」

「なら私は1番左を狙うね。ふぅ、やぁぁあ!」

「ふっ!」


手筈通り其々標的を定めたセシルとマリアは、軽く深呼吸をしたと思った次の瞬間、弓の様にしなやかに‥‥‥それでいて豹の様に力強く、蛇が地面を這う様に軽やかな動作でアッフェ達に突っ込んでいった。


「たぁっ!」

「はっ!」


ギィ!?


一閃。


シュティーアを襲うアッフェ達がセシルとマリアの存在に気付いた次の瞬間、セシルの放つレイピアの突きは一筋の閃光となり、その細い剣先は1番左に居たアッフェの体をヌルッと貫いた。


そのやや右側ではマリアが短剣を右上から左下へ振り下ろし、アッフェの体を文字通り切り裂く。


ギギッ!?


突如として訪れた仲間の死。それを目の当たりにしたアッフェ達は、俺の思惑通りターゲットを家畜から俺達に変え、警戒してか数m後方に退いた。


そのアッフェ達は近くに落ちている石や太い木の枝を取り、牙を剥き出しにしながら俺達を睨む。 事前に聞いた通り、道具を使う程度の頭の良さはある様だ。


混乱こそ誘えなかったが、それでも油断しなければ絶対に負ける事はない!


「レーヴェ突っ込むぞ! セシル、マリアはサポートを! ドラルは警戒を続行しろ! イーリス、今の内だ!」

「っしぁ!行くぜぇ!」

「分かった!」

「ん、任せて‥‥‥」

「はい!」

「分かりました‥‥‥」


こんな状況下でも相変わらず人形の様に感情を感じさせないイーリスはテトテトと、身を寄せ合っている家畜達の元へ走り寄って行く。

アッフェに襲われていた家畜も、覚束ない足取りで群れの方へ向かう。


一先ずアッフェ達は俺達を警戒しているからイーリス達の方に向かう事は無いだろう。


「あ! 待ってくださいミカドさん! 右の方から何か来ます!」

「何だと?」


しかし、思惑通りに事が運び安心したのも束の間。周囲を警戒していたドラルが弓を構えながら声を荒げる。そしてドラルが言った方向に目を向けた。


ギギギ‥‥‥


目測で約50m程離れた林の陰から其奴等は出てきた。しかもふざけた事に、その中の1匹‥‥‥ 体長1.5mはあるアッフェは、誰かから奪ったのだろうレザーアーマーを身に纏い、右手に大きな鉈を持っていた。 其奴を中心にして10匹のアッフェの群れが此方を睨んだ。


「あの個体、この群れのボスか! って事は、さっきの6匹は子分達か」


アッフェは雄の個体を頂点に群れを形成する。


レザーアーマーを纏ったアッフェのレベルは19。周囲を囲むアッフェの平均レベルは15。ルディやフェルスベアにレベルは劣るが、中々凶悪そうな面構えだ。


状況とレベル。そして他のアッフェの倍は有ろうかと言う体格から判断するに、今現れたこの大きな個体は、さっきまで家畜を襲っていた6匹のボスと見て間違いないだろう。


今、周囲に居るアッフェの数は前方で家畜を襲っていた4匹と、右側に姿を見せたボスを含める10匹の計14匹だ。


( この状況‥‥‥ちょっと不利か )


このままでは前方と右側から挟撃を受ける事になる。イーリスは家畜達を率いて小屋に避難させている真っ最中で、直ぐに逃げ出せる状況ではない。


「ミカド! 此奴等がイーリス達に迫る前に倒しちまおう!」

「そうだな、よし! このままアッフェを狙うぞ! 」

「了解!」

「援護する‥‥‥」


アッフェを倒す事を優先すべきか、イーリスを守る事を優先すべきか。 少し悩んでいるとレーヴェが叫んだ。


レーヴェはアッフェを倒す事を優先したらしい。


確かにレーヴェの言う通り、此奴等さえ倒してしまえば何の問題もない。戦って感じたが、アッフェは数こそ多いが戦闘能力は高くない。互いに連携すれば大丈夫な筈だ。


俺はそう判断してレーヴェの考えに賛同し、セシル達に向かって叫んだ。


「ドラルは家畜を襲っていた4匹に狙いを定めて牽制しろ!」

「分かりました!」

「イーリス! ちょっとマズい状況になった! 家畜の避難が難しいと思ったら直ぐに逃げろ!」

「はい...... 」

「ヴィルヘルム! 依頼を終わらせるぞ!」

「「「「了解!」」」」


ギィィィィイ!!!


セシルとマリア、レーヴェが武器を構え駆け出した。 3人共、アッフェがイーリスに近づかない様にワザと真正面からアッフェに迫る。


セシル達の姿を見てボスは甲高い声で叫ぶと、群れを率いて突っ込んで来た。




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